連休
大量の荷物を抱えて電車に乗ること早2時間。
目的地まではあと2時間とさらに違う電車で1時間。
「.......遠いな」
「一生つかなければいいのに」
葉月はいつもと同じ表情だが目が虚ろだ。
「.......なあ、宿題やった?」
「カバンの中よ」
いよいよ大変だ。すんなり見せてくれるなんて相当おかしい。
「.......あの、あっちに行けばゆかりん居るよ?」
「そうね、楽しみね」
「.......今回は花田さん達もいるし」
「そうね、楽しみね」
「.......第九隊と合同だし」
「そうね、楽しみね」
「も、もしかしたらいい感じの妖怪退治もできるかも!」
「そうね、楽しみね」
泣くぞ。電車で泣くぞ。
「.......和臣。私達は仕事に行くのよね」
「お、おう! そうだ!」
やっと話してくれた事に安心する。
「死ぬ気でやるわ。周りなんて見えないほど」
「そうかそうか! それがいい! .......え」
待て。葉月は一応俺の部下。葉月が働けば働くほど俺も忙しくなる気がする。なぜなら。
「海での仕事なんてすごいわね。私、簡単な呪術しか出来ないから、手伝ってちょうだい。私のお師匠さん」
「.......ゆっくり、程々に.......」
「死ぬ気でやるわ」
「.......ひぃん」
今回の仕事は第九隊と合同でやる。
夏前の海の妖怪退治に加え、九条が得意とする呪術の補助。新しくかけ直す物と、大昔にかけられたとてつもなく大規模で巧妙な呪術の更新。
特別隊ができるまでは、毎年当番の隊が手伝いに来ていた。それほど大きな仕事。正直帰りたい。
さらに、俺は第九隊の隊長と九条の当主に嫌われている自信がある。本気で帰りたい。
「.......ゆかりんとか呪術得意かな?」
「私は得意ですよ? 和臣隊長!」
「ひっ!!」
いつの間にか俺の隣りに座っていたのは、メガネをかけた化粧が濃いめの女性。
「な、中田さん!? なんで!?」
「隊長、すいません.......! 食い止められずっ!」
スーツケースを引きながら現れた花田さんは、悔しそうに目元を押さえた。
「和臣隊長、1週間も泊まりなんて.......年末を思い出します」
「そ、そうですね」
「あの時の続き.......楽しみですね」
「ひっ」
葉月が小声で聞いてくる。
「続きって?」
「何も始まってないのに! 続いてることになってて!」
「はぁ?」
ずいずいと距離を詰めてくる中田さんから逃げようもなく、花田さんに目線を送る。
「車で行こうって、言ったんです.......。でも、この電車に乗ってるはずだからって.......」
「花田さん.......」
「すいません、隊長っ! 隊長達にもお車出そうと思ったんですが.......! 手配が行き違いましてっ!」
「いいんです、いいんです花田さん.......お気持ちだけでも.......!」
その後約3時間で、気力も体力も全て持っていかれた。
「ちょっと和臣、急ぎなさい。町田さんはもう着いてるらしいわよ」
「.......」
中田さんが常に俺から3センチの距離を保って着いてくるのを、花田さんが無理やり引き剥がしても5分も経たずに距離が縮まる。泣きそうだった。
「.......もう知らない」
「ちょっと和臣? .......え、」
ダッシュで葉月に近づいて、荷物を持っていない方の手を握る。そのまま走って走って、潮風の町を駆けていく。
「和臣隊長ー!?」
「隊長!! ナイスです! そのまま走り抜けてください!」
葉月をぐいぐい引っ張って、知らない町を走っていく。
「か、和臣! ちょっと!」
「.......」
中田さんが見えなくなった所で、だんだん恥づかしくなってきた。じっとりと手に汗はかくし、荷物は重いし、葉月の手は柔らかいし。
ぐいっと手を引っ張られ、その場に止まる。
「和臣、ど、どうしたのよ? 急に、手、とか.......」
「.......は? 可愛いかよ.......」
思い切り蹴られた。
うずくまって痛みに耐える。離した手の感触は、まだ残っている。
「.......和臣。あなた、ここがどこかわかるの?」
「.......」
「目的地は向こうよ」
すっと手をとられて、葉月が早足で進む。
「.......あなた、すぐ迷子になるじゃない。だからよ、はぐれないように!」
「.......」
やっぱり俺がヒロインかもしれなかった。
第九隊の宿舎まで行くと、ぱっと手を離された。
胸がぎゅっとなった。ヒロインも真っ青の乙女か、俺は。
静かにダメージを受けていると。
「七条和臣、遅かったじゃない」
「.......ああ、ゆかりん」
「ちょっと、アイドルに会ってその反応なの?! 私のファンよね!?」
「.......サインくれ」
「いくらでも書いてやろうじゃないっ!」
「やったー!!」
葉月が砂だらけのクラゲを見る目で俺を見た。
俺が急いでカバンからペンを出していると。
「.......おい」
「まってゆかりん。絶対ペン持ってきたから」
「おい.......!」
「あれ? おかしいな、消しゴムはあるけど.......」
「おいっ! この、アホボケ隊長!」
「へ?」
「まずは到着の報告だろうが!!」
俺の目の前に立つのは。
サラサラとした長い黒髪を、高い位置でひとつに結って、華奢な体を黒い着物で包んだ女性。
着物の胸には、「九」の染抜きと袖に2本の線。
第九隊隊長、九条
「あ、どうも。今回はよろしくお願いします」
「お前.......っ!」
「すいません、もうすぐ全員来るので」
「このっ.......! つくづく気に食わねぇ.......!」
「あー。あの、仕事って今日からですか?」
「今日の夜からだ! くそ、なんでこんな奴が.......!」
花田さんと中田さんが到着して、夜まで待機ということになった。
俺は一応隊長ということで、九条隊長の所へ確認をしに行く。
「俺、偉いな.......。すごい仕事熱心」
宿舎の中を歩き回ること10分。
既に自分の部屋がどこかも分からなかった。
「.......取り敢えず、誰かに会えば大丈夫だろ」
また長い廊下を歩く。そこで、謎の人だかりを見つけた。全員第九隊の隊員で、ひとつのドアに群がっている。わずかなドアの隙間から、何かを見ているようだった。
「あのー。すいません、隊長さんに会いたいんですけど」
「「なっ!!」」
声をかければ、全員が一斉に振り向く。
「あの、隊長さんのお部屋ってどこですか?」
ガタンっと部屋の中から音がした。
「「に、逃げろー!!」」
「は?」
隊員達が走り出そうとした時。
思い切りドアが開いた。
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