挨拶

「いやぁ! すみませんね、隊長!」


「いえいえ。経理部、大変そうですね」


「いやぁ、年末年始の騒動で、相当ごたつきましてね! 地方からも領収書も多く……本部から出られそうにないんです」


「今回の仕事は人数はいらないので、大丈夫ですよ」


「……中田は、行く気満々なんですが」


「無理しないで!! 無理しないで!!」


「……今、物凄い勢いでパソコン打ち込んでます」


「大丈夫ですから! せめて花田さんと一緒に来て!」


「……食い止めてみせます」


「……頼みましたよ」


 電話を切って、もう一度真っ黒な封筒の中身を確認する。

 色々小難しいことが書いてあるが、内容は恐らく問題ない。通常の部隊の手が回らないお零れの仕事だろう。

 難易度は高くないが、場所と手間が面倒なだけの仕事。


「……」


「あんたなに真面目な顔してるの?」


「うおっ! ゆ、ゆかりん!?」


 なぜかいきなり俺の部屋にゆかりんがいた。今流行りのV Rか。

 V Rゆかりんは普通のジーパンを履いていた。素肌の部分はないが逆に脚のシルエットが出ていて合格。やっぱり君は最高だよ。


「……変態」


 後から部屋に入ってきた葉月が呟いた言葉を、俺は聞き逃さなかった。泣いた。というかやっぱり目の前にいるのは本物のゆかりんか。


「ねえ、七条和臣。仕事だって言うから来たんだけど」


「……そうですね。仕事ですね」


「私、来週までテレビの仕事がオフなの。こっちの仕事はいつ?」


「早いに越したことはないから……明日行こうか」


「了解よ! ……でもまさか、七条和臣が隊長なんて」


 ゆかりんが腕を組み、じっとりと俺を睨む。


「二人とも、敬ってくれてもいいぞ!」


「「バカね」」


 大人しく涙を飲んだ。


「……じゃあ、明日仕事だから、準備してきてね……」


「和臣、準備ってなにをすればいいの?」


「着替えて、札だけ持ってきてくれ。特別なことはしなくていい」


「七条和臣、明日の仕事ってなんなのよ」


「あれ? 聞いてない?」


 二人がそろって頷く。

 妖怪退治が好きな二人には悪いが、今回はそんなに荒っぽい仕事ではない。



「明日は、龍に会いに行くんだよ」





 次の日。まだほとんど着ていない袖に白の二本線がある黒い着物に着替えて、家の門に体重を預けながら二人を待っていた。


「七条和臣! 待たせたわね!」


「お、二人ともおはよう。じゃあ、行くか」


「ねえ、七条和臣。なんで今日電車移動なの?」


「場所が近いし……うちの隊の副隊長が経理部長だって事を忘れるなよ。無駄な経費は落ちない」


 バスに乗って、駅まで行く。普段は使わない小さな改札をくぐって、誰もいないホームで電車を待った。


「来ないわね……」


「1日に3本しかないからな。あと10分くらいでくるぞ」


 これまた誰も乗っていない電車に乗って、何も無い田舎を窓から見ながら電車に揺られていく。くあ、と思わずあくびが出た。


「ねえ、そもそも龍ってなんなのかしら? 妖怪?」


 田舎の景色に飽きたらしい葉月が口を開く。そういえば葉月に龍の説明をしていなかった。

 俺が答える前に、ゆかりんがドヤ顔で答えた。


「日本の龍って言うのはね、西洋のドラゴンとは違うの。神様に近いものなのよ!」


「神様……?」


「そう、位が高いのよ。私たちよりずっとね」


 ゆかりんが自分の頭の上でひらひらと手を振った。


「今から俺たちが会いに行くのは、向こうの山にある滝の主なんだ」


「ヌシ、か……。七条和臣、本当にこのまま行って大丈夫なんでしょうね?」


「大丈夫。下手なことしなければ向こうも何もしないよ」


「下手なことって?」


「普通にしてれば平気ってこと。そんなに気性が荒いわけでもないし、構えなくていいよ。今日は挨拶して、ちょっと周りを調整して来るだけだから」


「調整?」


「あの山は、近くにうちの裏山……大きな霊山があったから、昔の人がいじったんだ。だから、たまに調整しに行かないといけない」


 葉月とゆかりんは顔を見合わせ、同時に首を傾げた。


「そんなのやったことないんだけど」


「私もよ」


「ああ、術とか調整は俺がやるよ。今回は見てて。今度からは任せるから」


 1度やればもうやらなくていいのだ。今回は我慢しよう。


 そのまましばらく電車に揺られて、電車を降りた後もまたしばらく歩いた。

 小さな山の前まで来て、山に入る前に一礼する。


「入るぞー」


 細い道をザクザク進んで、どんどん奥に入っていく。


「七条和臣! 本当にこっちであってるの!? もう道じゃないけど!」


「和臣! 迷子なら正直に言いなさい、怒らないから!」


「大丈夫だって、すぐ着くよ」


「「.......」」


 春の山は嫌いじゃない。新芽の柔らかい緑色が好きだし、うちの裏山も、この山も、桜が咲くのだ。

 山一面という訳では無いが、所々に桜の木が集まっている場所がある。俺は、そこに居るのが好きだった。


「もうすぐ咲くな、蕾がピンクだ」


 見つけた桜の木を見て、春を感じた。


「本当に大丈夫なんでしょうね! 山くだってる気がするけど!」


「和臣、戻りましょう?」


「もうすぐ着くから。それに、降ってないよ。登ってる」


「「.......」」


 2人の破れた紙風船を見るような視線を無視して進む。


「七条和臣! これ以上進まない方がいい気がする!」


「和臣! 帰りましょう! 早く!」


「大丈夫。ゆっくり息を吸ってごらんよ」


「和臣、ここ、おかしいわよ!」


 かなり山の深くまできたところで、2人は顔を青くしていた。


「はははっ! 怖い?」


「「何笑ってんのよ!」」


 ゆかりんに腿を蹴られ、葉月に頭を叩かれる。

 その場にうずくまって痛みに耐えた。


「痛い……。なんでそんなに暴力的なの? 俺が可哀想じゃん」


「「バカじゃないの?」」


「……ひぃん」


 涙が出た。


 突然。

 山の中に、さわさわっと、冷たい風が吹いた。水の匂いが流れてくる。


「ああ、お気に召したみたいだな」


「「は?」」


「二人とも、まだ怖い?」


「「え?」」


「おいでって、言ってるんだ」


 立ち上がって進む。しかし二人がその場から動かないので、そちらを振り返り手招きして呼んだ。


「ほら、主に挨拶しよう」


 背後には、いつの間にか美しい滝が冷たい水を流していた。

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