第43話 下見

 大荒れの会議は2週間ほどでまとまった。

 この会議で対応の細かな動きまで決まり、俺はマレーバクの絵までマスターした。大変有意義な時間であったと言えよう。


 そして今日の夜は、現場へ下見に向かう。

 会議で決まった内容が実現可能かどうか、より効率的な動きはないかを確認し、明日から実際に準備に入るのだ。


「和臣、もう出るぞ! 急げ!」


 部屋に俺を呼びにきた兄貴の後について、宿の外に出て下見に向かう。

 日が落ちたあとに、こんな強面まじりの黒い和服集団、しかも1人はゴスロリ少女が歩いていたら、職務質問、または通報されるのではないか。

 そんな心配をよそに、誰にも止められることなく目的の場所まで辿り着いた。安心すべきなのか治安を心配すべきなのか。


「皆さん、今日は頂上まで登りますから、充分気をつけてください!」


 今日の下見を仕切るのは、第八隊の隊長。

 全員のフォローは五条の当主が担当する。


「全員に、札は張る。ただし、完全に安全ではない」


 五条の当主の手から、ふわりと札が飛ぶ。

 全員にぴったりとついたそれは、命綱兼移動補助だ。札が全員についたことを見届けた八条隊長は、にこやかな顔をに向けて。




「では、登りましょうか!! 天に1番近い所まで!」




 俺達が今から登るのは、この国で1番天に近いところ。

 この国で1番高い山。


 日本最大の霊山、富士山だ。


 落ちた天とはじめに触れるのは、この山の頂上。

 俺達術者は、この山で戦うことになる。

 ここで食い止められれば、ここより下にある場所への影響が最小限に抑えられるからだ。


「七条、先頭で道を開け」


 五条の当主が兄貴に声をかける。さっと先頭に向かった兄貴は。


「了解です。父さんは最後尾を頼む」


「わかった。和臣は真ん中だな」


「おう」


 真ん中で何をすればいいんだろうか。みんなの応援かな。


「和臣! 俺の後ろにいろ、疲れたら言えよ!」


 きらきらと目を輝かせた釘次先輩が、張り切ったように俺の前を歩いた。


「先輩、今日気合い入ってますね」


「もともと山ってのは嫌いじゃねぇ。それに、こんだけ力が満ちてるところなんてそうそうねぇからな」


 にこやかな釘次先輩は、なんだか楽しそうだった。


 この2週間、この人はなんだかんだと俺の世話を焼いてくれた。口うるさい兄貴が口を挟む暇もなく、会議の前に部屋まで迎えに来てくれたり、食事の時には自分の分を分けてくれたり、隙あらばお菓子をくれたりした。

 暇な時にオセロまで相手になってくれて、やっぱりこの顔の怖い大男は大変愉快な人だった。


 俺は、この人が結構好きになっていた。


「先輩、これ何時間くらいで登るんですかね?」


「下見だからな。日の出までに登れば上出来だろ」


 先輩の言葉に気の抜けた返事をしながら、自分たちの列から少し離れた場所に目をやった。暗闇の中で、何かが動いている。


「……ここって凄い妖怪多いですよね。天が近いからですか?」


「いや、それもあるがそれだけじゃねえ。ここは山の力が強すぎて、たまにが開くんだとよ」


「その、門って.......」


「そうだ、黄泉の国ってやつだな」


 死者の行く国。生者には決して開かれることのない、暗い暗い国の門。


「先輩、それじゃあもしかして、ここにいる妖怪は.......」


「半分は霊かその成れの果てだろうな。どっちみち、だからな。気をつけとけよ。チョコ食うか?」


 先輩の大きな手が、小さなチョコレートをたくさん乗せて差し出される。


「あ、貰います。俺、飴持ってますけど、いります?」


「ほしぃー! 和臣、私にもちょうだぁい!」


 いつの間にか、小さなゴスロリを着たハルが俺の横を歩いていた。


「五条! てめぇ、列を乱してんじゃねぇよ!」


「まだつかないから大丈夫だよぉ! 私もチョコほしぃー!」


 ハルは苦々しい表情の先輩からチョコを貰い、嬉しそうにニコニコして列に戻っていった。


「……僕にも……飴、ください」


「あ、どうぞどうぞ。喉乾燥します?」


「.......まあ、結構」


 第六隊の隊長、六条詩太うたさんは、会議中俺がクジャクの絵をマスターしたことで話しかけてくれるようになった。なんとゆかりんのファンでもあるらしく、なかなか気が合う。

 詩太さんのお姉さんだという、六条当主の調唄しらべさんは1度も声を聞いたことは無いが、俺がミーアキャットの絵をマスターしたことでメル友になった。


「貴様ら!! 真面目にやらんか!! これだから若造は.......」


 八条の当主はずっとこんな感じで、俺だけでなく誰にでも怒鳴っている。もはや気にならない。

 問題は他の人達。

 一条の2人は元々無口らしく、誰とも話さないので気にしないことにした。

 ゆかりんが所属している三条の2人は、何故か俺をずっと見ている。

 睨まれているというわけでは無さそうだが、なんだか気まずい。しかし、今日隊長の鞠華さんがゆかりんと同じ袴を着ていたので全て問題ない。むしろ1番好印象だ。

 四条と九条はたぶん俺のことが嫌いだ。

 会うと舌打ちか、顔を顰めるかどちらか。

 五条の当主、ハルのお父さんは誰に対しても感情を出さない。ハルとは全く似ていなかった。


「はじめのポイントに着きました! ここが持ち場の隊は確認をお願いします!」


 八条隊長の声に促され何個かのポイントを確認し、頂上まで登る。

 そこらに雪は積もっているし、途中から道は険しかったが、五条当主の札の補助のおかげでペースは落とさず進むことができた。


「頂上です! 皆さん、確認を!」


 俺も他の人たち同様、自分の持ち場を確認する。

 その後はスムーズに山を降りて、直ぐに会議が始まった。


「皆さん、明日からは隊員達を配置し、結界と術を張ることになります。何か変更点はありますか?」


 八条隊長が問えば、部屋の中は一斉に騒がしくなる。


「思ったより妖怪が多かったな。七条、もう少し人員をよこせ」


「うちはもうギリギリです」


「若造が舐めた口をきくな!!」


「じゃあ、うちの勝博をかしてあげるぅ! ちゃんと使ってねぇ!」


「.......第九隊からも少し増やす。その代わり天の対応は任せたからな」


「天については、実際のところよく分かりませんからね。できるだけ余裕を持って当たりたいのですが」


「しょうがねぇだろ!! 人だって限られてんだ!」


「いっその事増員してみては?」


「下手な術者なんているだけ邪魔だろ。死体処理に人をさく余裕はないぞ」


「てめぇ.......!!」


「おい、やめないか! 明日からは隊員達も来るんだぞ、我々が揉めていてどうする!」


 またもや乱闘になりそうな空気だったが、先輩が人を噛み殺しそうな顔だけでなんとか踏みとどまり、荒々しく椅子に座った。


「.......たぶん、このレベルだと、.......医療班.......足りない.......」


 ボソ、と第六隊の詩太隊長が声をあげた。それに部屋の全員んが唸る。


「それはまずいな、医療班か.......。五条と七条はもう出せないか?」


「.......余裕はない」


「私ももういっぱいだよぉ! 勝博まであげたんだからぁ!」


「.......これはまずいですね、他の隊で医療班に移れる人員はいますか?」


 静まり返る室内。誰も手を挙げない。

 その沈黙の中、恐る恐る自分の手をあげた。


「.......じゃあ、特別隊から出します」


「そうなるでしょうね.......。大丈夫ですか?」


「医療班に移せる人員は3人です。あとは俺が少し式神とばしておきます」


「六条さん、いかがですか?」


「.......とりあえず」


「では、明日の朝もう一度確認をします。6時には会議室にいらしゃってください」


 なんとか解散となった。

 ぐったりしながら部屋に戻ると、何故か兄貴と先輩がいて座布団に座っていた。


「「和臣、座れ」」


 オセロ大会ではなさそうだった。

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