第42話 会議

 19人の術者が集まった会議室にて。


「.......では、今回の事態についての対応を話し合う」


 五条の当主が口を開くと、全員が一斉に話し始めた。


「結界を張れ!」


「どこにどう張るんだ! 相手は天だぞ!」


「落ちてきたら並の結界では無意味でしょうね」


「五条ならできるだろ」


「えぇー。私がやるのぉ? いいけどぉ、そんなのいつまでももたないよぉ?」


「抑えている間にどうにかして天を掬うしかないのでは?」


「だからその方法を話し合っているんだろうが!」


「三条と四条なら、地上から天まで届くだろ」


「神に弓引けと!? 我が家を潰す気か!?」


「天に届くと言っても、それだけでしょうね。うちの鞠も、四条さんのところの弓も、所詮は人が使っているものですから」


「.......神には、届かぬ」


「ではどうするのです!? このまま黙って見ていろと!?」


「誰もそんなこと言ってねぇだろうが!!」


 段々会議に熱が入っていく。

 俺はただ出されたお茶を眺めているだけ。なるべく目立たぬよう、気配を殺して会議を見守る。


「六条さん、どうにかして神々にお帰り願うことは出来ませんか?」


「.......神楽なら、やりますけど。それで何か変わるとは、思えません」


「七条!! 貴様らが縛り上げてしまえば良いのものを!」


「馬鹿言わないでください。それに、もし天が落ちてきたらうちが網をはらなければならないでしょう?」


「五条だけで充分だ! 」


「えー! 誰も手伝ってくれないのぉ?」


 出されたお茶の茶柱を見つめる。

 せっかく茶柱が立っているのにいいことが無い。


「というか、天の事だけでなく地上に張る結界はどうするのです? 天が近づくだけで影響が出るでしょう?」


「お前! ここで議論を増やすんじゃねえ! 収集つかねぇだろうが!」


「若造が舐めた口をきくな!!」


 ガタイの良い釘次先輩と、それに比べれば小柄に見えるがこの場で最年長の八条の当主が立ち上がった。

 もうダメだ、この会議。乱闘だよ。


 その他の人達はこの乱闘を無視し、ここぞとばかりにお茶をすすり始めた。

 ハルは笑顔でころん、と飴を口に放り込んだ。

 俺もお茶をすすって、釘次先輩の試合を見る。


「だいたい! こんな若造だけでなく、七条の次男までここに居るのはどうしてだ!!」


 まさかの飛び火。すいません、誰か鎮火よろしくお願いします。


「お前!! こいつは関係ねぇだろうが!!」


「特別隊の副隊長に据えられて、のぼせ上がった小僧など不要だ!!」


「てめぇ.......!!」


 釘次先輩の鎮火作業は失敗の上、先輩が燃えだした。


「和臣、あれとってぇ!」


 いつの間にかハルが席を立って俺の横にいて、会議室の端にあるホワイトボードを指さす。


「ああ、確かにあれ使った方が捗るな」


 俺は目の前の火事は忘れることにして、ガラガラとホワイトボードを引っ張ってきた。ハルが書けるようにと椅子を置き踏み台にする。


「ハル、これで書けるか?」


「ありがとぉ!!」


 にっこり笑顔になったハルは椅子に乗って、ペンを握りしめホワイトボードに何かを書いていく。


「出来たぁ!!」


「「ああ!?」」


 釘次先輩と八条の当主は掴み合いながら、ハルの声に全く同時にこっちを振り向く。向かないで欲しかった。

 なぜなら。


「うさちゃんだよぉ! 和臣、くまちゃん書いてみてぇ!」


 ホワイトボードに描かれたのはそれはそれは可愛らしいうさちゃん。そして俺はこの空気の中くまちゃんを描かなければならない。


「「五条ぉおおー!! 真面目にやれぇえええ!!」」


 大の大人に本意で怒鳴りつけられても、ハルはケラケラ笑っている。

 助けを求めようと兄貴を見れば、涼しい顔でお茶を飲んでいた。

 父は不機嫌そうな九条の当主と何か話している。

 部屋を見回せば、他の人もこちらの騒ぎなど気にせず思い思いに動いていた。


 俺は、もう全部どうでも良くなった。


 ホワイトボードに大きく「議題、天への対応!」と書いて、隣にくまちゃんを描く。なかなか可愛く描けた。


「わぁー! 和臣って絵が上手なのねぇ!」


 ハルが喜んだので良しとする。


「.......ハルが、結界張ってくれるんだよな?」


「うん! まかせてぇ!」


 ホワイトボードに「五条、天に結界」と書いて横にうさちゃんを描いた。可愛く描けた。


「で、皆さんどうするんでしたっけ?」


「若造が仕切るな!!」


「てめぇが騒いでるからだろうが!! コイツは新人だぞ!? 気遣ってやれよ!!」


「.......えっと。とりあえずねこちゃん描いときますね」


 ボードに「八条、頑張る」と書いて、かわいいねこちゃんを描いた。


「ば、馬鹿にしおって!!」


「ぶっ」


 釘次先輩が吹き出し、兄貴と父が頭を抱え、その他の人達は初めて顔をこちらに向けボードを見つめる。ハルはやはりケラケラ笑っていた。


「とりあえず、ボードに書いていきますから、どうぞ話し合いを続けてください。あ、動物のリクエストがあったら言ってください。頑張ります」


 もうどうでもよかった。たとえこの人達に嫌われようと、ボコボコにされようと、もうどうでもよかった。早く部屋に帰りたかった。


「.......七条家は、天に網を張ろう。それから、第七隊は周辺の妖怪退治を請け負う」


「はい。動物は?」


「.......亀」


「ん」


 父のため息を聞かなかったことにして、「七条、天に網、妖怪退治」と兄貴リクエストのカメさんを描いておく。


「二条は地上で釘打ちだ! 第二隊は地上の結界と妖怪退治をやる!」


「はい。動物は?」


「犬だ!」


 釘次先輩はニヤニヤ笑っていて、二条の当主は冷たい目でゆっくり髭を撫でていた。わんちゃんは少し難しかった。


「六条は.......神楽と、.......一応医療班.......ひよこで.......」


「はい」


 この後夜まで続いた会議で、俺は合計10匹の動物を描きあげ、夕飯の時に釘次先輩にやけに褒められ、天ぷらを譲ってもらった。

 部屋に帰ると待ち伏せていた兄貴が俺の頭を叩き、父にため息混じりに説教された。


 こんな生活があと2ヶ月も続くと考えると、涙が止まらなかった。

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