第40話 決別

 大きな和室の中央。

 両側を桁違いの能力者が固め、目の前、白い掛け軸を背には、次元の違う白い人が座る。


「此度の事態、近年稀に見る悪しき物だろうな」


 白い人が、張り詰めた空気の中そう言った。


「七条和臣、封じた物を出せ」


「はっ」


 黒地に白く「五」と書かれた黒封筒を出す。


「五条の札か。五条、よくやった」


「身に余る幸せ!」


 ハルは相変わらずゴスロリの上から着物を羽織り、ニッコリと笑った。


「此度の相手、初めて存在が確認されたのは今から70年前だ。何をするでもなくただ全国を歩いていただけ。そして、すぐに消息不明となった。次に現れたのが5年前、少々怪しげな動きが見られた。そこで、警戒はしていたのだ」


 白い人は、すっと立ち上がった。




「秩序を乱す物には秩序を」




 部屋の全員がざっと頭を下げる。


「それから、」


 部屋に緊張が走る。

 今回の件についてはもう終わったはずだ。

 総能の全ての能力者があの男を敵と見なした。

 誰が発見しても、見つけ次第塵にされるだろう。今回の対応は、それで終わりのはずだ。


 にも関わらず、白い人はまだ話を続ける。



「天が、落ちるぞ」



「「「!!!」」」


 全員が固まる。息すら忘れて、ただ白い人を見る。


「年明け、天が落ちる」


「「.......」」


「全隊、全家、全術者、全てで事に当たる。詳細は追って通達する」


 白い人が、白い着物を連れすっと手をあげた。


「では、」


 また、ざっと全員が頭を下げる。


「解散」


 ふっと白い人が消える。

 部屋の重い空気は、これ以上ない程張り詰めていた。


「.......天、か.......」


 誰かが呟いたのを皮切りに、皆一斉に話し出す。


「今回の奴が天をどうにかするつもりなんだろ! さっさと殺せ!」


「零様が仰ったのだ。天が落ちるのは確定事項だ」


「だいたい、七条さんと五条さんが、その場で仕留めていれば良かったものを」


「鬼ごときに遅れを取るとはな、七条も落ちたものだ」


「うるさいよぉ?」


 少女のような高い声に、ビシッと空気が凍る。


「この、私がぁ。仕留められなかったのよぉ? 誰が仕留められるのぉ?」


 誰も、何も言わない。ただ、小さな彼女から目を逸らす。


「お口だけは立派なんだから! お口じゃなくて、術を磨きなさいねぇ」


 ハルはすっと立ち上がった。後ろに勝博さんが続く。


「文句があるなら、実力で物を言いなさぁい?」


 ハルは、ゴスロリに着物を羽織って、堂々と部屋を出ていった。




 それから、10日。京都から帰ってきて、いつもの生活に戻った中。


 放課後の教室で、窓から覗くすっかり秋の色に変わった夕日を見ていた。教室にはもう誰もおらず、ただ静かな時間が流れていく。


「し、七条くん」


「あれ? 川田、どうしたんだ?」


「あ、あの。七条くん、最近元気ないかなって、思って」


「そうか? 元気は溢れてるぞ!」


 もじもじ、と大きなカーディガンの袖に隠れた手をいじりながら、川田は何度も俺を見ては目を逸らす。そして、ふう、と大きく息を吸ったのが見えた。


「こ、これ! もし、良かったら.......」


 おずおずと川田が差し出してきたのは、青いビーズが刺繍された小物入れ。きちんと四角形で、縫い目も丁寧だ。ちゃんと物を入れるところもある。


「これ、俺に?」


「こ、この間、助けてくれたから.......!」


「ああ、気にしなくていいのに。ありがとう」


 自然に頬が緩む。夕日をキラキラと反射するビーズは、とても綺麗だ。


「そ、それでね! その.......」


「ん?」


「わ、私! 七条くんのこと、.......」


 川田は1度大きく深呼吸をして、それから俺の目を真っ直ぐ見て言った。



「私、七条くんが好きです。」



「え.......」


「あ、あの.......! その.......」


 真っ赤になって、もじもじとしている川田は可愛い。

 俺はこのまま死ぬのかと言うくらい。

 そして。


「ありがとう」


「!!」


「でも」


「あっ.......」


 川田の目に、ぶわりと涙が溜まる。それを止められないまま、口を開いた。


「俺、川田のこと好きだったんだ。ずっと可愛いと思ってた。だから、川田の気持ちは嬉しい。このままこの窓から外に出たら、飛べそうなくらい」


「.......ふふ、落ちちゃうよ」


「でも、俺、川田の気持ちに応えられないんだ。ごめん」


「.......ううん。いいの」


「川田、俺」


「こっちこそごめんね! じゃあ!」


 川田は、ダッと走って教室を出ていった。

 俺は、あいも変わらず椅子に座って夕日を見る。

 もらった青いビーズをゆっくりと撫でて、秋の夕方を感じていた。




「和臣」


「あれ、葉月。どうした? 忘れ物か?」


「.......あなたが、来ないから」


「ああ。ごめんな」


 教室に現れた葉月は、どこか焦ったような目をしていた。


「.......早く行きましょう。新しい札を書くから、手伝って欲しいの」


「ああ.......葉月、俺」


「早く!! 早く行きましょう! そうだわ、お裁縫も教えてちょうだい! 明日でもいいから!」


「.......葉月」


「そうだわ! 明後日、町田まちださんが仕事でこっちに来るらしいのよ! あなたまだサインもらえてないんでしょう? 会いに行きましょう!」


「葉月、俺さ」


「〜〜!!」


 葉月は、どうしても開かない箱を見る目で俺を見た。


「俺さ、普通になりたかったんだ。普通の女の子と恋人になって、普通の会社に勤めて、普通の家族をもって」


「.......なら、なんで、美久みくを振ったのよ」


 美久とは、川田の下の名前だ。


「.......なんでそれ知ってるの?」


「どうだっていいでしょ!」


「.......。まあ、ずっとそう思ってたんだよ。でもな、でも」


 立ち上がる。葉月に向かい合って、目を見つめる。

 向かいの葉月は、怒ったような顔をしていた。


「俺、葉月が好きだ。ははっ! 師匠失格だな!」


「.......なんで」


「うん。俺、好きなタイプはカワイイ系だし、同業者は恋愛対象外だったんだけどな。なんでだろうな」


「.......なんで、今言うのよ!!」


 葉月が、どんっと俺の胸に拳を降ろす。


「.......葉月にも来たか?」


「.......く、黒い封筒が、さっき」


「うん」


 まるで俺の胸で泣くように、葉月は俺の胸に拳をおろしたまま、震える声で話し始めた。


「年明けの大事に備えるようにって、ここら辺の能力者をまとめた臨時部隊に入れって」


「うん」


「て、天が落ちるって、何?」


「.......人と、神は、随分昔に住む場所が別れた。それが、交わるんだ」


「.......大丈夫よね?」


「.......俺達が住んでいるここは、神々にとっては不浄の地だ。天が落ちれば、人も、地も変えられる」


「.......大丈夫よね!?」


「だから、全国の能力者が対応する。なるべく影響が出ないように。.......ただ、能力者も人だ。超えられないんだよ、絶対に。それでも、今を守ろうとみんな頑張るんだ」


「.......和臣は?」


「.......うん」


「おばあちゃん、和臣の分の封筒は来てないって!ねえ、どうしたのよ!!」


「俺も、部隊に入るよ」


「!! 一緒なのね!!」


 ばっと顔をあげた葉月に。


「.......ごめんな」


「.......っ!」


 葉月の瞳に映る光が歪む。見たこともないほど、端正な顔が歪められていく。


 その顔に、笑いかけた。


「明日から、ちょっと仕事に行ってくるよ」


「なんで!!」


「俺、天才だからな!」


「ま、まって」


「あんまり無茶するなよ! 婆ちゃんの言うことは聞けよ!」


「行かないで!」


 葉月は眉を吊り上げ、痛いほどこちらを睨みつけ、怒った顔で泣いていた。


「じゃあ、ちょっと天をすくってくるよ」


 俺は、涙を流したまま動かない葉月の頭を撫でて、学校を出た。


 葉月は追ってこなかったし、俺も振り返らなかった。


「和臣、準備はすんだか?」


 校門の前で待っていた兄貴から、大きな荷物を受け取る。


「余裕だな! 早く行こうぜ!」


 俺は、天を掬いに行くのだ。

 普通の学生では、その場には立てない。

 普通の術者では、共に戦えない。


 だから、俺は。普通に、決別するのだ。

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