第22話 夏と馬鹿
「和臣ー! 俺はお前を許さないーーっ!」
「ふははは! これ負け犬の遠吠えというやつか!」
「俺は.......! 俺は、お前を必ず倒す!」
「バカめ! せいぜい頑張るんだな!」
テスト返却1日目。
数学のテストで青点を取った田中の負け惜しみを聞く。ある意味才能がないと取れない点数だ。
俺は無事平均点を取り、田中だけが夏休みの補習に引っかかった。騒ぐ田中と若干の揉み合いになっていると、優しさからか哀れみからか、田中の青い解答用紙を机に伏せてやった山田が声をかけてくる。
「和臣、お前痩せたか? 田中がでかく見える」
「へ? そんなことないけど……」
「あ、俺も思った! 和臣、お前なんか
「.......そうかもしれない」
テスト休みの1週間、朝から晩までずっと葉月の術を受け続けた。ぶつけられる術自体は大したことないのだが、葉月があきらかに憎しみを持って俺に術をかけるので、精神的に辛かった。
「お前暑いの苦手だもんな。しっかり食えよ」
「おう。それより、次の科目って英語か?」
「なあああ! 和臣、その言葉を口にするな! 耳が、耳があああ!!」
「英語も補習あるからな。田中、頑張れよ」
「俺達、応援してるから」
ゲスト声優も驚きの棒読みだった。
「せめて1人ぐらいは補習じゃないと信じてくれよー!」
田中の英語のテストは、赤点だった。
学校帰り、1人婆さんの家に向かう。
もちろん今日も弟子の
涙で視界が霞んだ。
「和臣、教室では随分騒いでいたけど、テストはどうだったの?」
「普通。まあ、学年1位の葉月さんからしたら底辺ですよ」
「卑屈ね。それより、おばあちゃんがお昼にそうめんを用意してくれたの。食べる?」
「あー。俺いいや」
「あら、もう何か食べてきたの?」
「違う違う。暑いと食欲がなー。夜涼しくなったら食べるよ」
「そう、本当に暑いのが苦手だったのね」
「夏は冷房の効いた部屋でアイスを食べて生きてきた」
そして、今日もしっかり的として働き、ついでに婆さんの家の廊下の雑巾がけまでさせられ、夕方にようやく家に帰った。
「和兄、ご飯だよ。早くきて」
妹に連れられてきた食卓には、珍しく父と兄、そして姉が揃っていた。
「おお、全員いるなんて珍しいな」
「俺は非番だったからな」
「私と父さん、明日から京都の本部に行くから。清香、和臣のことよろしくね」
「うん! まかせて!」
「普通逆じゃない.......?」
家族内での自分の立ち位置が心にささる。小学生の妹の面倒ぐらい見られるよ。一応兄だぞ俺も。
「和臣、そういえばあんた今日テスト返ってきたんでしょ。どうだったの?」
「普通」
「補習は?」
「たぶんない」
以前、1度だけ補習にかかったことがある。
その時の姉は恐ろしかった。
なぜ出来ないのかと問い詰められ、できるようになるまで永遠と問題を解かされた。
途中で逃げようものならご飯を抜かれ、解けないと言おうものなら寝る暇もなく解説が続く。
俺はそれから絶対に補習にかからないと誓った。
「それが当たり前なのよ」
「俺も補習なんてかかったことなかったな。というか、ウチの高校そこまで厳しくないだろ?」
「私、この間のテスト100点だった!」
「清香はすごいな。秀才かもしれん」
「.......ごちそうさま」
これ以上ここにいたら精神が持たない。優秀な兄妹を持ったものだ。なぜ俺だけ出来が悪いのだろうか。遺伝子って難しい。
さっさと部屋に戻って寝た。
翌朝。
「……あれ?」
なんだか、違和感がある。何かは分からないが、どこかいつもと違う。
「和兄ー! 私もう出るから鍵閉めてねー!」
「わかったー!」
違和感の正体が分からないまま、いつも通りバスに乗った。
「和臣、今日はやばいぞ。理科にも補習がある事が判明した」
教室に入った瞬間、田中がいつになく深刻な顔で深刻な事を告げてくる。
「なん.......だと.......!?」
「俺はこのままだと、夏休みに部活より補習で学校に来ることになる」
「それはお前が悪い」
自分の席に着いて鞄を置くと、どことなく険しい顔の山田が寄ってきた。そんなに悲惨なのか田中の理科は。
「和臣、お前大丈夫か?」
「え? 俺? 一応赤点はないと思うけど.......たぶん」
「.......それならいい」
山田はそれだけ言って席に戻ってしまった。
俺の理科のテストは、ギリギリ補習を回避していた。
「やったぜーー!! 補習回避だーー!!」
田中が43点のテストを振り回しながらやってくる。
「おい、こっちが恥ずかしいからやめろ」
「ふははは! 補習にかからなければ全て満点と同じだ! やったぜ満点だー!」
「お前バカだろ。知ってたけど」
「補習にかかってないんだから天才だ!なあ、購買行こうぜ! 俺の満点を祝ってくれ!」
「ただ腹減っただけだろ」
「ふははは! 気分がいいぜー!」
騒がしい田中を追いかけようと、席を立った。
立ったはずなのに、また椅子に座っていた。
「あれ?」
「和臣! 大丈夫か!?」
走り寄ってきた山田が、いつになく怖い顔をして俺を見る。
「は? 何が?」
「お前、顔真っ青だぞ!」
「はあ? 何言って.......」
急に頭の奥がキン、と冷たくなって、視界が回る。思わず額に手をやり目を瞑った。
「おい、 田中! 先生呼んでこい!」
「わかった!」
「.......いやいや、山田。大げさだって」
「お前、朝から顔色悪かったぞ」
「.......そういう顔なんだよ」
「バカ言うな。立てるか?」
「当たり前だろ。馬鹿にすんなよ」
もう一度。今度こそ席を立った。そして、急にふっと足から力が抜ける。
山田が俺の腕を掴んだが、流石に支えきれなかったのか俺はそのまま床に座り込んだ。
「.......?」
「おい、大丈夫か!? 先生来たから、もう少し頑張れよ」
「いや、頑張るも何も.......」
視界がぐるぐる回る。もう目を開けていられなくて、ぐっと目を閉じたあともぐるぐる回る。
そこで、気づいた。朝からの違和感の正体。
「気持ち悪.......」
「おい、和臣! 保健室行くぞ! もう少し頑張れ!」
山田の声が頭に響く。
ぐるぐる、ぐるぐる気持ち悪い。
何をどうやったのかはよく覚えていないが、いつの間にか山田に背負われて、保健室に連れて行かれていた。
保健室のベッドに降ろされても、ぐるぐる回る感覚は消えない。気持ちが悪い。
「熱測ってもらえる?」
「和臣、起きられるか? 無理ならいい」
保健室の先生の声がした直後、山田が俺の脇に体温計突っ込んだ。
たったそれだけなのに、視界が回る。
「.......38.3度」
「夏風邪かしら。七条くん、お家の人に連絡取れる?」
「先生ー、和臣のカバン持ってきましたー」
なぜか田中の声がする。
まだぐるぐる回る。
「和臣、家に連絡できるか?」
「.......あー。しばらく、休んで帰る.......」
「おい、連絡できるかって聞いてるんだ」
「今日.......誰もいないから.......」
ぐるぐる回る。背筋にぞくりとした感覚。
「そんなんで帰れる訳ないだろ、誰かいないのか?」
「.......帰る」
「和臣、話を聞け」
「七条くん、緊急連絡先の七瀬さんに電話しようか?」
「帰ります.......」
「うーん。じゃあ、もう少し休んで考えようか」
「.......はい」
そのまま、ぐるりと暗闇に落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます