第11話 mission impossible
「.......七条くん」
「しっ! .......話しかけるな。気取られるだろ」
通学鞄で顔を隠し、慎重に周囲を見回した。
「あなたはさっきから一体何を警戒しているのよ」
「ふっ.......。水瀬はまだ知らないようだな。きゃつらの恐ろしさを!」
「急になんなのかしら」
「きゃつらは普段と違う雰囲気に目ざとい。気取られたら最後、地の果てまで追いかけられ、からかわれる」
周囲への警戒を緩めずに、早口に言った。
「.......つまり、あなたのお友達のこと?」
「今に限ってはきゃつらは仲間ではない。俺の学校生活を破壊しかねない凶悪な敵だ!」
「やっぱりいい病院を紹介するわ。それから、今私達以外誰も乗っていないバスの中で、その警戒は意味があるのかしら?」
朝の閑散としたバスの中に、俺と水瀬の声だけが響いた。
「ふっ、バカめ、敵がいつでも自分の見える範囲にいると思うな! いかなる時でも常に注意を払うんだ」
もう一度窓の外を確認する。
まだ他の学生が乗ってくる停留所からは遠いが、油断は出来ない。俺は下手な失敗などしない。
「あなたの方がおバカだと思うのだけど。まあ、あなたが嫌だと言うなら、学校では気を使うわ」
「頼んだぞ。未来は水瀬にかかっている」
「大げさね」
「じゃあ、俺はここで降りる。生きてまた会おう!」
水瀬に敬礼して、学校よりだいぶ手前の停留所でバスを降りた。
この辺りにうちの学生は住んでいない。ここで降りれば、誰かに見つかることはまずないだろう。
学校からは少し遠いが、全力で走れば授業には間に合うはずだ。
息切れと共に学校に着いたのは、ホームルームぎりぎりの時間だった。
「おー和臣ー! 月曜から寝坊かー?」
相変わらず元気が有り余りうるさい田中。気取られた様子はない。
「まあな.......」
息を整えながら席についた。
この時、間違っても水瀬の方に視線を向けないよう注意する。
田中は声がでかい。こいつに勘づかれたら終わりだ。
「なぁ、今日中間テスト返ってくるよなー?」
「ああ。田中が苦手な数学もな」
「やべぇー! でも今回難しかったよな?」
田中がいつまでも、難しかったよな、としつこく騒ぐので。
「あぁ、難しかった。平均点3点ぐらいじゃないか?」
「だよなー!!」
「席つけー! ホームルームやるぞー」
担任が入ってくる。
そして午前の授業、田中が数学で赤点ということ以外、特に何も起こらなかった。
昼休み。
いつものように友達と弁当を食べる。
今日の弁当はやけに豪華で、大きなハンバーグに、いつもは入っていないチーズ入りの卵焼き、下の段のお米も混ぜご飯だった。明恵さんの機嫌が良かったのだろう。
「和臣、今日弁当豪華だな」
「ああ。山田はそのパンだけか?」
「早弁した」
山田は購買の焼きそばパンとメロンパンをもそもそ食べていた。俺もいそいそと箸を取る。
すると急に、今まで黙って俯いて動かなかった田中がガバッと顔を上げた。
「かーずーおーみーっ!! お前、数学難しかったって言っただろ! なんだよ! 79点って!」
「俺赤点とったことないし」
確かに今回のテストは難しかったが、学校の定期テストにはコツがある。あと俺は普段から平均的な点数ぐらいは取れる。
「そうだな! お前は昔からしれっとテストは普通にこなすよな! でもモテない!」
「なんだと!? お前だって彼女いないじゃないか!」
ぎゃあぎゃあ騒いでいると、いきなり田中が俺のハンバーグに自分の箸を突き立てた。
「あああああ!!??」
「裏切り者に肉はいらねぇ!!」
そのままばくんと食われる。
「あああっ!! 俺の肉ーー!!!」
「うまっ」
「バカヤロー!」
メインを奪われた悲しい弁当を見て涙が出そうになる。
お返しに田中の弁当からメインを奪ったが、奴の弁当は焼き魚弁当だった。チクショウ。
悲しい気持ちで混ぜご飯を食べていると。
「葉月、今日のお弁当すごーい!」
「自分で作ったの?」
「料理も上手なんだー」
教室の真ん中にいる女子のグループが、やけに盛り上がっていた。
この女子グループはクラスの可愛い女子のほとんどが所属している。もちろん水瀬も。
そして、川田もいる。
川田は水瀬同様、この学校には高校からの入学者で、栗色の髪をボブにしている物静かな女の子だ。体は小さいのにいつも大きなカーディガンを着ていて、俺はこの間笑顔で消しゴムを拾ってもらった時から彼女が気になっていた。いい子だ、優しいし可愛い。
「これ混ぜご飯? 葉月すごーい! 凝ってるー!」
水瀬は今日混ぜご飯なのか。
偶然だな。俺と一緒だ。
「ハンバーグ、これ冷凍じゃないでしょ? 一人暮らしなのに、葉月ってば本当にすごい! なんでもできちゃうんだー!」
「ち、ちがうのよ.......」
ハンバーグまで被るとは。
偶然ってあるんだな。
「水瀬って料理まで上手いのか.......。いいなぁ、わんちゃんねぇかな?」
田中がぼうっと、盛り上がっている女子グループを見つめる。近くにいた男子全員が、一瞬も間を置かずに言った。
「「「「ねえよ」」」」
田中ががっくしと項垂れる。
その横で、俺は慎重に弁当をしまった。
「ん? 和臣どこ行くんだ?」
「いや、そのー。トイレ?」
「なぜ疑問形だ」
「お、俺急ぐから!」
走って教室を出た。
盲点だった。まさか弁当にこんな危険性があるなんて。弁当の内容が丸かぶりだとバレれば、俺は死ぬ。社会的に。
しかしなんとかこの大きな危険をくぐり抜け、放課後。
総能支部で水瀬と合流した。
「よう! 今日は数多の死線をくぐり抜け、また生きて水瀬と会えたことを嬉しく思う!」
「.......」
水瀬は視線を泳がせて、靴ばかり見ていた。
「どうした? 感動のあまり言葉もないか?」
「七条くん.......。あの、お弁当のこと、気づいたのよね。だから、教室を出たのよね?」
「? そうだけど?」
「な、ならいいのよ! さあ、行きましょう!」
後日、俺がトイレを漏れる寸前まで我慢していたという噂が流れているのを知った。むしろ漏らしたという説もあった。
致命傷だった。
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