第22話 第三章 4 <<赤い髪の少女とその父>>
ラルクは部屋を出て行き、程なくして客人を連れて戻ってきた。
トントンとノックをしてから、ドアを開ける。
赤い髪の少女と黒髪のすらっとした青年が見えた。
父親というには若く見えるが、この世界の男性は全体的に若く見える。
魔力の影響かも知れないが、真偽のほどは定かではない。
「お待たせしてすいません」
わたしは自分から謝った。
待たせたことを詫びる。
「こちらこそ、休んでいるのに気を遣わせてすまない」
謝罪は侯爵から返ってきた。
メアリーアンは黙っている。
凛とした声は涼やかに響く。
真っ直ぐ伸びた黒髪が歩みと共に美しく揺れた。
黒髪のせいかも知れないが、侯爵はまんま日本人形に見える。
わたしとしてはとても親しみを覚えた。
侯爵も青流もクラウスに似ているのだと気づく。
クラウスと青流が似ていると思った時はたまたまかもしれないと思った。
だが、今は確信している。
父や長兄の好みはクラウスなのだろう。
(マザコンとグランドマザコンめっ)
心の中で毒づいた。
そして侯爵のことをいろいろ思い出す。
侯爵の顔立ちは目の前にいる娘より、むしろシャルルと似ていた。
子供が子宝の種から生まれることを知らなければ、母の不義密通を疑ってしまうレベルだ。
シャルルが大人になったら、きっとこんな感じになるに違いない。
シャルルは実の父より、母より、侯爵に似ていた。
シャルルと侯爵に血の繋がりが全くないと考える方が無理があるだろう。
実際、シャルルの母は侯爵の従姉妹だ。
母の実家は子爵だったので、侯爵家の養女になり体裁を整える。
そのため、書類上は父と侯爵は義理の兄弟になった。
父は侯爵と昔から仲が良い。
もし父が王位につくことがあれば、第三王妃は侯爵がなることが内定していたそうだ。
侯爵は王宮の近衛隊に所属しており、父の護衛につく。
だが護衛は名目だけで、実際は同い年の遊び相手であり、学友だった。
祖父は溺愛している息子に同い年の友人を用意し、近衛隊に入れた。
その一人が侯爵であり、父が気に入って側に置いたのは侯爵だけだった。
ここまでの話の流れだと、父と侯爵の間には関係があるように聞こえる。
だが二人の間に友情以上のものは何もなかった。
父は王である自分の父親を反面教師にしていた。
祖父は実の息子から見ても妻への執着が常識を逸している。
自分はああいう風にはなりたくないと父は強く思ったらしい。
自分の中に、父王と同じ血が流れていることが怖くさえあったそうだ。
それゆえ、自分を厳しく律する。
恋をしなければ溺れることもないのだと、恋心を否定し、初めから恋を拒絶した。
そこには王位を継ぐつもりがなかったことも少しは関係していたのかもしれない。
父は自分より弟が王位を継ぐ方が国が安定することを知っていた。
父王に王位を継ぐ気がないことは宣言しており、王にならない自分が第三王妃を娶ることもないとも話していたらしい。
父王が先走って侯爵との婚約を決めてしまうのを牽制していたようだ。
そうして、恋人の一人も作ることなく過ごす。
だが王位を弟が継ぐことが決まり、公爵として臣下にくだると跡継ぎが必要になった。
そこで、侯爵に紹介を頼む。
その時点で、侯爵との結婚はありえなかった。
男同士の結婚は迷信に振り回されている貴族社会ではあまり歓迎はされていない。
まして、侯爵は跡取りの一人息子だ。
他に侯爵家を継ぐ者はなく、王妃として嫁ぐのでもなければ、侯爵家が優秀な跡継ぎを手放すことはない。
父や侯爵にどんな想いがあったのかはわからないが、二人はそんな周囲の気持ちを受け入れていた。
そして侯爵は自分の従姉妹を紹介する。
彼女は侯爵と同じ黒髪の女性だった。
貴族の結婚に愛も恋も必要ない。
子供は子宝の種の木から生まれ、両親が性交渉を持つ必要はなかった。
二人が実際にはどうだったのかはシャルルも知らない。
だが、家族としては仲が良い両親であったことは記憶していた。
夫として、親として、父は良い人であろうとする。
母に恋をしてはいなかっただろうが、大切にしていたのは確かだろう。
父も母も家族を愛していた。
侯爵家とは家族ぐるみの付き合いを続ける。
それが結果として例の事件に侯爵夫人を巻き込む結果になってしまった。
だが事件の後も侯爵家との関係は変わっていない。
事件後にほとんどの貴族と縁を切った父も侯爵とだけは今も繋がっていた。
それをただの友情と片付けていいのかは甚だ疑問だが、今でも父と侯爵の間に友情以上の関係がないのは事実だ。
いろいろ思い出している間に、二人はベッドの側まで来る。
メアリーアンがスカートの端を掴んで持ち上げて、挨拶した。
「シャルル様。お加減はいかがですか?」
体調を聞く。
シャルルがメアリーアンと会うのは久しぶりだが、大人になったように感じた。
貴族の令嬢が板についている。
(12歳くらいだと女の子の方が大人よね)
わたしは心の中で感想をもらしていた。
メアリーアンとの記憶も蘇ってくる。
「ありがとう。大丈夫です」
わたしは答えた。
メアリーアンを見る。
少女はわりと可愛らしい顔立ちをしていた。
だがちょっと目元がきつい。
気の強さが顔に出ていた。
我侭なお嬢さんという雰囲気がある。
声の感じにも棘がある。
だがこの世界の女性は総じて気が強かった。
男性より明らかに短命のため、兄や弟より大事にされて我侭に育つ。
メアリーアンは一人っ子なので、特に両親が甘かった。
おかげで、彼女との思い出はあまり良いものはない。
メアリーアンは同い年だ。
同い年だと、小さい頃は女の子の方が発育の良い。
メアリーアンは勝気で、ガキ大将タイプだった。
小さな頃は家に遊びに来ることもあったが、子供たちだけで遊んでいると、自分より身体の小さいシャルルにだけ当たりが強い。
他は自分より年上の男の子ばかりなので、シャルルがターゲットになったようだ。
女の子同士がする遊びに、シャルルを誘いたがる。
メアリーアンにとって、自分より小柄なシャルルは手下だった。
小さい頃のシャルルは今よりもっと女の子みたいだったので、メアリーアンが女の子の友達感覚を持ったのも無理はないかもしれない。
だがシャルルはそれがとても嫌だった。
メアリーアンから逃げ回る。
そんな時に庇ってくれたのは、ユリウスではなくアンドリューだ。
ユリウスや他の兄たちは女の子に強く出られない。
母の女の子には優しくしなさいというフェミニスト教育の賜物だろう。
どの兄も女の子には甘かった。
だがアンドリューは違う。
自分がシャルルと遊びたいから、メアリーアンから助けた。
相手が女の子でも容赦しない。
そのため、メアリーアンとアンドリューはとても仲が悪かった。
顔を合わせればケンカをする。
相手が王子様でも一歩も引かない強気さはシャルルもちょっと感心した。
尤も、二人がよく遊びに来ていたのはシャルルが6歳になる前までの、6年以上も前の話だ。
その1年前に6歳になったアンドリューは城での勉強が始まり容易に出歩けなくなる。
メアリーアンもシャルルより数ヶ月早く6歳になり、家での勉強や離宮での行儀見習いに時間が取られるようになった。
シャルルは事件の後、引きこもって家からでなくなり、三人で顔を会わせる機会はなくなる。
たまに二人が別々に訪ねてきてお茶をすることはあったが、シャルルがお茶会に長居することはなかった。
小さい頃意地悪されたので、メアリーアンには今でも苦手意識が残っている。
それはわたしにも引き継がれていた。
(並んで立ったら、シャルルの方が絶対に美少女だし)
ちょっと失礼なことを思う。
シャルルの方が美少女だという自信があった。
ちょっと勝った気分になる自分を、我ながら性格が悪いなと反省する。
「確かに、思ったより元気そうですね」
なんだかカチンとくる言い方だが、たぶん、悪意はないだろう。
言葉のチョイスが下手なようだ。
心配しているのは顔を見ればわかる。
見た目は美少年でも中身はおばさんのわたしはこの程度のことでは腹は立たなかった。
しかし、娘の後ろで父親の侯爵ははらはらしている。
娘の失礼に胃が痛いようだ。
左手が胃の辺り押さえている。
気の毒に思った。
(大丈夫ですよ~。このくらいのことで怒ったりしませんよ~)
言ってあげられないのがちょっともどかしい。
だがもしかしたら、12歳の男の子ならキレるのが普通の反応なのかもしれない。
でもわたしには12歳の男の子時代なんてなかったし、12歳の女の子時代の話は遠い昔過ぎて思い出せなかった。
結局、今のわたしの判断になる。
メアリーアンは苦手だが、侯爵のことはシャルルも好きなようだ。
侯爵を見ていると、なんだが和む。
似ているから親近感が沸くのかもしれない。
父を訪ねてくると必ず挨拶に来てくれるし、何かとお土産を持ってきてくれたことも思い出した。
少なくともシャルルは、侯爵と仲が良いと思っていただろう。
わたしはにこっと侯爵に向かって微笑んだ。
侯爵はそのサインに気づく。
ほっとした顔をした。
わたしはメアリーアンに視線を戻す。
「元気そうに見えるのですが、実はちょっと困ったことがあるのです」
意味深に言葉を濁した。
「まあ。なんですの?」
メアリーアンが食いつく。
心配してくれるのがちょっと後ろめたかった。
(ごめんなさい)
心の中で、謝る。
「実はこの指輪のことです」
わたしは右手の真ん中につけていた指輪を外した。
メアリーアンに見せる。
「魔石ですわね」
メアリーアンは一目見ただけでそう言った。
「はい。でもすっかり魔力が抜けてしまって、空なのです。僕の魔力を入れることが出来ればいいのですが、今は半分くらい力が使えない状況で。火の属性が使えるかどうかわかりません。そこで、メアリーアン様にお願いがあるのです。少しだけ、この魔石に魔力を注いでいただけませんか? この石が光るだけの、ほんの少しで十分なのですが……」
メアリーアンより父親の侯爵の反応を気にしながら、頼む。
ガキ大将のメアリーアンは頼られると弱かった。
おそらく、ダメとは言わないだろう。
だが、侯爵が止める可能性があった。
魔力は簡単に人に上げたり貰ったりするものではない。
小さな魔石を光らすだけの少量でも、快く思われない可能性はあった。
その時はまた別の手段を考えるしかないと、わたしは覚悟を決める。
メアリーアンはちらりと父親を振り返った。
許可を求める。
さすがに勝手には引き受けることはなかった。
(意外とちゃんとしているな)
わたしは感心する。
ただ気が強い我侭なお嬢様ではないらしい。
「その魔石が光る程度なら、構わないよ」
侯爵は微笑んだ。
娘にもシャルルにもけっこう甘い。
「ありがとうございます」
わたしは侯爵に礼を言った。
「ありかとう。メアリーアン様」
メアリーアンにも言う。
メアリーアンは少し頬を赤くした。
照れている。
(ん? んんん?)
メアリーアンの反応に、わたしは思うところがあった。
その表情は恋する乙女の顔に見える。
(これって、ガチのやつじゃない? 不味くない?)
わたしは急に不安になった。
背筋を冷たいものが走る。
だが平静を装って、指輪を手渡した。
それを受け取ったメアリーアンはぎゅっと両手で指輪を握る。
赤い光が指の間から洩れた。
「もう十分です」
わたしは慌てて止める。
「え? もう?」
メアリーアンは戸惑う顔をした。
「ええ。大丈夫です」
わたしは頷く。
魔力が込められ、少し光っている指輪を受け取った。
後はこれを確認すればいい。
それは二人が帰ってからの仕事だ。
直ぐに二人を追い出すのは露骨過ぎるので、世間話に付き合う。
適当に時間を潰した。
だがあまり長話も良くない。
うっかり、婚約の話でも持ち出されては大変だ。
わたしはそっとラルクに合図を送る。
ラルクは直ぐに気づいた。
「シャルル様。お疲れになる前に少し横になられてはいかがですか?」
心配そうに横になるのを勧める。
「では、私たちはこの辺で失礼しよう」
空気を読んで、侯爵は気を遣った。
娘を促す。
「そうね。では、また来ます」
メアリーアンは微笑んだ。
わたしはそれをさらっと笑顔で流す。
「お見舞い、ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」
別れの挨拶を口にした。
「ありがとう」
穏やかに侯爵は微笑け。
二人を案内して、ラルクも部屋を出て行った。
婚約の話が出る前に会話を終えることが出来、わたしは達成感に満たされていた。
(やれば出来る子なのよ、わたし)
誰も誉めてくれないので、自分で誉める。
成功にすっかり気を良くしていた。
そこにラルクが戻ってくる。
浮かれているわたしを見て、やれやれという顔をした。
「喜んでいらっしゃるところ、悪いのですが……。侯爵様は明日改めて、今度はお一人でいらっしゃるようです」
ラルクの言葉に、わたしはきょとんとする。
「何のために?」
首を傾げた。
「メアリーアン様がいない場所で侯爵様がしたいお話は一つかと」
ラルクははっきりとは口にしない。
「破棄まで含めた、婚約の話?」
わたしは確認した。
ラルクは静かに頷く。
「メアリーアン様の前では、さすがに……」
苦笑した。
「最初から、今日は婚約の話をするつもりはなかったのか」
わたしは肩を落とす。
がっかりした。
何も成功していなかったらしい。
ただ先送りになっただけのようだ。
「それはどうでしょう? メアリーアン様だけ先に下がらせ、侯爵が残って話をすることも可能ですので」
ラルクは慰めてくれる。
だがあまり救いにはならなかった。
「ありがとう」
わたしは礼を言う。
気持ちは嬉しかった。
「対策を立てる時間が出来たって、前向きに考えることにするよ」
ため息をつく。
ラルクは何も言わなかった。
ただ、困ったように笑う。
「ところで、確認は出来ましたか?」
ちらりと魔石を見た。
指輪はわたしの右手の中指に戻っている。
「これからです」
わたしは答えた。
だが、だいたいわかっている。
指輪に力を込める時に魔力が見えた。
違うと感じる。
メアリーアンの魔力はわりと明るめ赤で、思いの他優しい色をしていた。
わたしはそっと、指輪から魔力を抜き取ってそれに触れる。
魔力は触れる側から霧散して消えた。
本当に霧のようだ。
「やっぱり、違う」
首を横に振る。
「良かったですね」
ラルクはそう言った。
「そうだね。良かった」
わたしは頷く。
安堵した気持ちが半分、犯人がわからなくて不安な気持ちが半分と言う感じだ。
「ところで、メアリーアンってもしかしてシャルルが好きなのかな?」
ラルクに確認する。
「そう思います」
ラルクは頷いた。
「えー。聞いていない。メアリーアンとの結婚は嫌だとは聞いたけど、メアリーアンがシャルルを好きなんて、聞いた覚えない」
わたしは不満を口にする。
「これ、絶対に婚約しちゃダメなパターンじゃん。破棄なんてしたら、メアリーアンがすごく傷つくじゃん」
わたしは恨めしげにラルクを見た。
「婚約破棄しても、大丈夫的なこと言っていたよね?」
問い詰める。
「侯爵令嬢なので困らないと申し上げました。メアリーアン様の心情については触れた覚えはありません」
ラルクは首を横に振った。
「何、その屁理屈。もしかして、シャルルが王妃にならずにすむなら、メアリーアンが多少傷ついても仕方ないと思っているの?」
わたしが怒ってもラルクは涼しい顔をしている。
「私の主はシャルル様です。シャルル様や公爵家のためでしたら、多少の犠牲になっても仕方ないと思っています」
わたしの言葉を肯定した。
「……」
わたしはなんとも複雑な気分になる。
おそらく、貴族の使用人としてラルクの言動は正しい。
それがわかっているから、叱れなかった。
でもそんな考え方は寂しいと思う。
「自分のために誰かが犠牲になるのも、誰かのために自分が犠牲になるのも、僕は善しとするつもりはない」
はっきり言った。
ラルクは何も言い返さない。
「はあ……」
わたしは大きくため息をついた。
「いっそ、アンドリューとメアリーアンが結婚すればいいのに」
そうすれば一気に結婚問題は解決する。
そしてそれが悪い案ではないと気づいた。
メアリーアンは侯爵家令嬢なので、王妃になっても問題ないだろう。
「妙案じゃない?」
ラルクを見た。
「小さい頃はケンカばかりしていた二人が再会し、大人になった幼馴染と恋に落ちる。ケンカするほど仲がいいというし、ありがちなフラグだよね? そんなフラグなら、全力で立てにいくよ!!」
勢い込む。
ラルクに賛同を求めた。
だがラルクの反応は芳しくない。
「それはどうでしょう?」
首を傾げた。
「何がダメ?」
わたしは尋ねる。
「それはアンドリュー様にお会いしてから考えてください」
ラルクは答えてくれなかった。
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