第21話 第三章 3 <<フラグは折っておく>>





 わたしは勝手に次に見舞いに来るのはアンドリューだと決め付けていた。

 流れ的にそんな感じだと思う。

 しかしやって来たのはメアリーアンの方だった。

 それをラルクに告げられる。


(そっちか!?)


 心の中で突っ込んだ。

 祖父母の時は直接ドアをノックして入ってきたが、本来、来客は客間で一度待たされるが正式らしい。

 今は父が対応しているようだ。

 わたしが許可を出したら、部屋に通される。


「メアリーアン様とそのお父上である侯爵様がお見舞いにいらしています」


 わたしがわかりやすいようにラルクは報告してくれる。

 侯爵の名前を言われても、誰のことなのかわたしにはわからなかったかもしれない。


「侯爵様も一緒?」


 問いかけたら、呼び方を訂正された。

 おじ様と呼んでいたらしい。

 呼び方を間違えないよう、心に刻んだ。

 それにしても意外に思う。

 メアリーアンが見舞いに来ることはシャルルの話から予想していたが、その父親までやってくるとは思っていなかった。

 何故?と疑問が浮かんだ。

 シャルルに尋ねようとして、いつの間にかシャルルが引っ込んでいることに気づく。

 一つの魂を分け合っているせいか、シャルルがこちらの様子を窺っている時はなんとなくわかった。

 ここにいないということは、またテレビでも見ているのだろう。


(役に立たない)


 私は心の中でぼやいた。

 だが、わたしにはラルクという心強い味方がいる。

 疑問をぶつけると、答えてくれた。


「侯爵様は旦那様の親友であられますので」


 どうやら、わたしではなく父さまのことを気にしているらしい。

 確かに、わたしが呪いを受けたことで家族はショックを受けていた。

 親友なら気にするのも当然かもしれない。


「それと、もしかしましたら……」


 ラルクは言いにくそうな顔をした。


「何?」


 わたしは先を促す。


「……いえ、何でもありません」


 ラルクは首を横に振った。

 言うのを止める。


(あっ。フラグだ)


 わたしは心の中で呟いた。

 言いかけて途中でやめたり、後で言うからと待ち合わせを約束するのは、ミステリーのフラグの一つだ。

 この場合、言うのを止めた人はたいてい殺される。


(ダメ、ダメ、ダメ。フラグなんて立てさせないわよっ)


 わたしは勢い込んだ。

 ラルクが殺されることはないと思うが、フラグは立つ前に折ると決めている。

 ここは突っ込んで、話をさせるべきところだ。


「ラルク。言いかけたことを教えて」


 わたしは強請る。


「……」


 しかしラルクは口を開かなかった。

 迷う顔をする。

 だがわたしも引くつもりはなかった。


「今すぐ教えて。さっさと教えて。とっとと言いなさい」


 ラルクを追い立てる。

 そんなわたしにラルクは戸惑った。


「シャルル様?」


 心配そうにわたしを見る。

 わたしは苦く笑った。


「ねぇ、ラルク。言葉というものは相手に何かを伝えるためにある。人間はせっかくたくさんの言葉を持っているのだから、使わなければ勿体無いと思わない? 心で思っていたって、相手には伝わらない。ちゃんと口に出して、言葉にして、伝えなければダメ」


 諭すように語る。


「しかし、私の思い過ごしかもしれません」


 ラルクは首を横に振った。


「その判断はわたしがするわ。一人で考えてもわからないことは二人で一緒に考えましょう。言いたいことがあったら、ちゃんと口にして」


 わたしの言葉に、ラルクは頷く。


「では……」


 自分の考えを口にした。

 アンドリューが婚約を進めている噂を耳にして、そちらの婚約が成立する前にシャルルとメアリーアンの婚約を決めてしまおうと考えているのではないかと言う。


「え? それは困る」


 わたしは眉をしかめた。

 ありえない話ではないのが怖い。


「それって、王妃にならなくてすむようにするためだよね?」


 わたしは確認した。


「そうだと思われます」


 ラルクは頷く。


「王妃にならなくても、メアリーアンとの結婚が決まれば一緒じゃない? 結局、自由はない」


 わたしはむっと口を尖らせた。

 不満な顔をする。


「婚約はするけれど、結婚する前にそれを破棄なさるつもりかもしれません」


 ラルクは説明した。

 貴族の間では婚約破棄はそれほど珍しいことではないらしい。

 貴族の結婚は家と家との取り決めだ。

 婚約当時は家柄がつりあっていても、結婚する頃にはつりあわない場合やもっといい相手が見つかる場合など、理由はいろいろあるらしい。

 もちろん、破棄する側は相応の対価を支払う。

 お互いの家が合意すれば、案外簡単に婚約は解消されるらしい。


「メアリーアン様は侯爵家のご令嬢ですから、シャルルの様との婚約が流れても、お相手には困らないかと思います」


 ラルクはフォローのつもりか、そんなことを言った。


「いやいや、ダメでしょ」


 だがわたしはそれを否定する。


「婚約破棄って傷は女性側の方が深いでしょう? メアリーアンを犠牲にして、自分が助かればそれでいいなんて、思えるわけがない。それくらいならいっそアンドリューと婚約して、結婚する前に破棄するわ」


 その言葉にラルクは困った顔をした。


「残念ながら、アンドリュー様との婚約は破棄出来ないと思います」


 小さく首を横に振る。


「どうして? 王子様だから?」


 わたしは問うた。


「いいえ。婚約破棄には両家の同意が必要だからです。王家が婚約の解消を望むことはないでしょう。メアリーアン様との場合は、旦那様と侯爵様がご親友で、二人の間で密約が出来ているからこそ破棄が可能なのです」


 ラルクはわかりやすく説明してくれる。


「なるほど、そういうことか」


 私は納得した。

 迂闊なことをしなくて良かったと、心から思う。


「やはり言葉を口に出すのって大事ね。ラルクの話を聞いていなかったら、とんでもない失敗をしていたかもしれない」


 ほっと胸を撫で下ろした。


「左様ですね」


 ラルクは頷く。


「この際ですから一つ、私から言わせてもらってもよろしいですか?」


 そう続けた。


「えっ、何? 怖い」


 わたしは身構える。

 何かはわからないが、良くないことであるのは感じた。

 だが、聞かないわけにはいかない。

 どうぞと促した。


「私の前だと気が緩むのか、言葉遣いがシャルル様でなくなっています。お気をつけください」


 静かな声で注意される。

 それはちょっと気づいていたので、素直に反省した。


「今後は一人称を僕で統一します。語尾も気をつけます」


 約束する。

 その言葉にラルクは満足な顔をした。


「それと自分がシャルル様でないとばれるのではないかと気になさっておいでのようですが、死線を越えかけたことで少し思うことがあったようだと伝えてあります。多少、シャルル様らしくない言動をとっても大丈夫でしょう。もっと気を楽に持ってください」


 優しい言葉をかけられる。


「ラルク……」


 有能さに感動した。

 うるうるした目で見つめると、ラルクは照れた顔をする。


「ところで、シャルル様はその……。お元気ですか?」


 わたしの中にいるシャルルの様子を尋ねた。

 気になっていたらしい。

 わたしもシャルルのことを心配してくれる人がいて嬉しかった。


「すごく元気だし、満喫している」


 テレビを、と心の中で付け加える。

 暢気にテレビを見ているなんて、さすがに言いづらかった。

 だが、楽しくしているのは伝えたい。

 それを聞いて、ラルクは安心したようだ。


「早く呪いを解いて、シャルルを戻すように頑張るよ」


 わたしは約束する。

 そしてその言葉と共に、やらなければならないことがあるのを思い出した。

 婚約の話ですっかり動揺して忘れていたが、メアリーアンの魔力を確認しなければならない。

 だが、ラルクの時のように正直に事情を話して魔力を確認させてもらうことはさすがに出来ないだろう。

 疑われていると知って、いい気がするわけがない。


「一つ相談があるんだけど、不自然ではなく魔力を確認する方法ってある?」


 ラルクに聞いた。


「ないですね――と言いたいところですが、一つだけあります」


 その言葉にわたしはドキッとする。


(ないですと言いたいってなに? ツンデレ? ラルクって実はツンデレなの??)


 嫌いではないと思いながら、話を聞いた。


「こちらをお使いください」


 ラルクは部屋の片隅にある戸棚を開ける。

 そこから何かを持ってきた。

 指輪を手渡される。

 小さな赤い石がついていた。


「これは何?」


 わたしは石を光に透かしながら聞く。

 とても綺麗だが、空なのがわかった。


(空?)


 石に対する形容としては相応しくない言葉が浮かんで、不思議に思う。

 そして思い出した。


「魔石ね」


 ラルクが答えるより先に口にする。

 ラルクは驚いた顔をした。


「覚えておいでなのですか?」


 意外そうにわたしを見る。


「今、思い出した。でもこの石、空だよ」


 魔石は文字通り、魔力が込められた石だ。

 その魔力は放っておくと少しずつ自然に抜けていく。

 だが空になったら、また込めればいい。

 魔力が篭っている魔石は魔法の使用を補助してくれたり、いろいろ使えた。

 貴族には重宝されている。


「空だから、いいのです」


 ラルクは微笑んだ。


「そうか。この石にメアリーアンの魔力を入れてもらえばいいんだ」


 魔石には属性がある。

 赤い石は火の属性で、火の属性の魔力以外は受け付けない。

 本来は全ての属性を持つシャルルの魔力はどんな魔石でも満たせるが、今のわたしは力を半分封じられていた。

 どの属性が封じられて、どの属性が使えるのかは自分でもわかっていない。

 わかっていないのに、試すのは危険だ。

 魔石は異なる属性の力を注がれると割れて弾き飛んでしまう。

 決して安いものではないのに、そんなリスクは取れなかった。


(いけそうだな)


 わたしは根拠のない自信を持つ。

 上手くメアリーアンに頼めそうだと思った。


「それではそろそろ侯爵様たちをお通ししてもよろしいでしょうか?」


 ラルクは聞く


「そうだった。待たせていたんだ」


 わたしはすっかり忘れていた。

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