第19話 第三章 見舞客 1 <<バカップル>>
翌朝、わたしはラルクに起された。
見舞客と面会するために着替えなければいけないと言われて、驚く。
「え? ベッドに入ったままで会う感じじゃないの?」
着替える必要を感じなかった。
「そうですよ。でも、普段の寝間着のままでは失礼でしょう?」
問われて、わたしはしばし考え込む。
見舞いに来るのが王子様なら、確かに失礼かもしれない。
だが見舞う病人に気を遣わせるのはどうだろう。
(そんな見舞い、断っちゃえばいいのに)
そう思ったが、もちろんそんなことは言えない。
わたしは空気が読める日本人だ。
素直に着替えることにする。
だがその着替えが問題だった。
貴族が着替えを自分でするわけがない。
ベッドを降りると、着替えさせようとラルクが待ち構えていた。
(ううーん)
わたしは心の中で唸る。
一人で着替えられると、断りたかった。
だがそれをしては駄目なことはわたしにもわかる。
(我慢しよう)
わたしは妥協した。
素直に身を任せる。
ラルクは手際よくわたしを着替えさせた。
ベッドに戻ると、食事が運ばれてくる。
またみんなと別なんだと寂しく思ったが、料理を見てちょっとテンションが上がった。
昨日は病人食みたいなヤツであまり美味しくなかったが、今日は普通の食事だ。
品数は絞られているかもしれないが、美味しそうに見える。
サラダがあってスープがあって、メインとパンと果物が並んでいた。
「いただきます」
思わず手を合わせると、眉をしかめられた。
「シャルル様はそんなことしませんよ」
静かに注意される。
だがそれがわたしのための注意なのは明らかだ。
ラルクが協力してくれるというのは本当らしい。
「すいません」
わたしは素直に謝った。
「食事は普通にしていい?」
確かめる。
特別なマナーとかあったら困る。
「何かありましたらその都度、教えますのでまずは好きに食べてください」
そう言われたので、普通に食事した。
自分の知っているマナーを総動員する。
ラルクに止められることなく、食べ終わった。
「大丈夫そう?」
恐る恐る聞くと、ラルクは静かに頷く。
「問題ありません」
及第点を貰えて、わたしはほっとした。
いきなり家族みんなと食事を取ることにならなくて、良かったのかもしれない。
わたしはシャルルであって、シャルルではない。
気をつけなければいけないことはたくさんあった。
「ところで、今日の予定は?」
ラルクに尋ねる。
明日まで、様子見でベッドから出てはいけないと言われている。
せっかく時間があるのだから、有意義に使いたかった。
空いている時間があるなら、やりたいことがある。
「見舞いに来たいと申し出があった方には、折り返し面会可能な時間をお知らせしましたので、おそらくその時間に合わせていらっしゃると思います」
ラルクは答えた。
あまり暇はないらしい。
「そう。最初は誰?」
わたしの問いにラルクは口を開いた。
「スチュワート様とクラウス様ご夫妻です」
いきなり知らない名前が出てきて、わたしは驚いた。
(誰?)
心の中で、シャルルに問いかける。
だがシャルルが答えるより早く、ラルクが教えてくれた。
首を傾げたわたしを見て、察したらしい。
「スチュワート様は先王陛下でクラウス様はその第三王妃。つまり、シャルル様の実のおじい様とおばあ様になります」
わたしが何も知らない前提でわかりやすく教えてくれた。
ラルクの有能さにわたしは感動する。
「お二人はどんな方?」
せっかくなので詳しく聞いてみることにした。
頑張れば思い出せるかもしれないが、別の人間から見た意見も知りたい。
向こうは孫に会いに来るつもりだろうが、わたしには初対面の二人だ。
情報を少しでも収集して、安心したい。
「どんな方と言われますと……」
ラルクは困った顔をする。
「率直な意見が聞きたいので、遠慮なく話してください。もちろん、他言無用にします」
わたしは約束した。
ラルクは仕方ないという顔をする。
「スチュワート様は愛妻家です。クラウス様が何より大切で、片時もご自分の側から離そうとしません。そして自分とクラウス様の間に生まれた旦那様を溺愛しておられます。もちろん、その息子で自分たちの孫であるシャルル様たちも。ですので、心配される必要はないと思います」
それを聞いて、わたしは安堵する。
(孫に甘いおじいちゃんか)
そんな想像をした。
「シャルルは二人を何て呼んでいるの?」
尋ねると、おじい様、おばあ様だと教えられる。
「男性でも、おばあ様とかお母様でいいのね」
わたしは納得した。
前世では性別で呼称が変わったが、この世界では役割に名前がついていて、それに性別は関係ないようだ。
「おばあ様はどんな方なの?」
わたしの問いかけに、ラルクは少し考える顔をする。
「とてもお優しい方です。いつも陛下の側に寄り添い、第一王妃や第二王妃のお子様もご自分のお子様同様に可愛がっておられたようです。控え目で自分は決して前に出ず、常に陛下を立て、陛下の意に沿うように努められているように見えます。後は、風の属性をお持ちなので銀髪で、そのせいもあってユリウス様と似ていらっしゃいます」
説明を聞きながら、良妻賢母をわたしイメージした。
古き良き日本人妻という感じだ。
ユリウスっぽいと言われて、なるほどと思う。
確かにユリウスにも良妻賢母っぽいところがあった。
優しいお母さんっていうイメージがある。
「それじゃあおじい様はユリウス兄さまが一番可愛いんでしょうね」
わたしが何気なくそう言うと、ラルクはなんとも微妙な顔をした。
何も答えない。
気まずい空気に、それ以上わたしは質問できなくなった。
仕方ないので、しゃるる聞いてみる。
(ねえ、シャル。ラルクが黙ったのは何で?)
わたしは心の中で問いかけた。
話しかけてこないが、わたしたちの会話を聞いていると思っていた。
だが予想外の言葉が返ってくる。
<え? 何か用?>
驚いたように聞き返された。
(わたしとラルクの話、聞いていた?)
尋ねると、シャルルは黙る。
<……聞いていない>
誤魔化せないと思ったのか、正直に答えた。
(何していたの?)
呆れて、尋ねる
<テレビを見ていた>
シヤルルはあっさり、打ち明ける。
<今、いいところなんだ>
そわそわしている気配が伝わってきた。
言いたいことはいろいろあったが、わたしはぐっと飲み込む。
ここで言い返したら喧嘩になるのはわかっていた。
ラルクとの会話を簡単に説明して、何故ラルクが黙ったのか尋ねる。
こういう場合、相手が飲み込んだ言葉は大事なことが多い。
小心者のわたしは確認しておきたかった。
<アヤの勘が合っているからだよ>
シャルルは答える。
そして説明するのが面倒になったのか、自分の記憶を見せてくれた。
わたしの意識とシャルルの記憶が繋がる。
自分の仕事は終わったとばかりに、しゃるるの気配が消えた。
テレビを見に戻ったのだろう。
満喫しているなら、何よりだ。
わたしはシャルルの記憶を漁る。
尤も、先王が在位中の話はシャルルも自分の目で見たわけではない。
母や父や他の誰かから聞いたようだ。
先王である祖父はとても有能な人だった。
王としての統治能力も高いし、機転も利く。
人格者でもあり、まさしく賢王と呼ばれるのに相応しい人物であった。
先王の時代、国はとても栄える。
だがそんな先王にも一つだけ困ったところがあった。
それが第三王妃クラウスへの溺愛らしい。
先王はとにかくクラウスを大事にした。
クラウスが6歳で近衛見習いとして王宮に通うようになってからはずっと側に置き、早々に第三王妃にすることを宣言する。
当時、クラウスより2つ年上のスチュワートはすでに次期王になることが内定していた。
同時に婚約も発表し、クラウスを王宮に住まわせる。
片時も側から放さず、自分の目の届かない場所に行くことを許さなかった。
帝王学も剣術も魔術も全てスチュワートと共にクラウスは学ぶ。
スチュワートは成人して程なく、即位した。
父王が病弱だったために、予定より早まる。
即位と共に第一王妃・第二王妃と結婚したが、それは形ばかりのものだった。離宮に足を運んだのは婚礼の夜しかなく、子が生まれてからも子供は王宮に呼び寄せるが、王妃たちを省みることはなかった。
わかりやすく、他の王妃とクラウスに差をつける。
そんな先王に苦言を呈するものは誰もいなかった。
何故なら、どんなに溺愛しても先王はクラウスに権力を与えたりはしない。
公私を混同しなかった。
クラウスも王に連れられて全ての場に同行したが、口を挟むことは決してない。
第三王妃である自分の立場を弁えていた。
政務にも経済にも何の支障がないので、王のプライベートに口を出せる者はいなかった。
文句のつけどころがない。
それが計算だったとしたら、見事だ。
もしかしたら、側から片時も放さなかったのも、クラウスの安全を考えてのことかもしれない。
王の愛情を独占する王妃が恨みを買わないはずがない。
そして、先王は息子が成人するとさっさと王位を譲って退位した。
もちろん、政務に追われることもなくクラウスとの暮らしを楽しむためだ。
離宮には最低限の従者しか連れて行かず、誰にも邪魔されないクラウスとの生活を満喫している。
そんな隠居後の先王の楽しみは王位を継がせなかった愛息とその子供たちの成長を見守ることだ。
頻繁にこの屋敷にやって来る。
シャルルを次期王にという話が出る一因は先王のアルスロット家の孫たちへの溺愛にもあるようだ。
だが、先王が一番可愛がっている孫はシャルルではない。
クラウスに一番似ているユリウスだ。
シャルルがアルスロット家を継いだ後、ユリウスを自分の養子にして自分の財産を全て残そうとまで考えている。
わたしはシャルルの記憶と知識の中から、そういうことを読み取った。
(ユリウスを溺愛しているなら、ユリウスに一緒にいてもらえば大丈夫って感じじゃない?)
ユリウスに祖父の相手を丸投げしようと思う。
「おじい様たちが来るときには、ユリウス兄さまにもいてもらいましょう」
わたしの提案にラルクは驚いた。
「押し付けるつもりですか?」
叱るようにわたしを見る。
「人聞きが悪い言い方をしないで。ちょっと兄さまに相手を頼むだけです」
わたしはにっこり笑った。
「……」
ラルクは残念な子を見るような目でわたしを見る
「外見はそのままなのに、中身は本当に違うんですね」
ため息をついた。
そんな反応にわたしはムッとする。
「お気に入りの孫がいた方がおじい様も嬉しいでしょう? みんながwin-winなのに何が駄目なの?」
問いかけた。
「ユリウス様は嫌がると思いますよ」
ラルクは苦く笑う。
「大丈夫。兄さまはわたしのお願いなら喜んで引き受けてくれるから」
わたしは確信していた。
朝食の後、ユリウスは様子を見に来た。
元気そうなわたしを見てほっとする。
そんなユリウスにわたしは一つお願いをした。
おじい様たちが来る時、一緒にここにいて欲しいと頼む。
ユリウスは困った顔をしたが、断らなかった。
わたしには甘い。
ラルクか椅子を持ってきて、ベッドの側に置く。
ユリウスはそこに座った。
おじい様たちが来るまで、わたしと話をするつもりらしい。
自分のお願いを聞いてもらうのだから、話くらいいくらでも付き合うつもりでわたしはいた。
ただし、12歳の男の子っぽく振舞えるように気を遣う。
あまり自分からは話しかけず、ユリウスに聞かれたことに答えるようにした。
多少可笑しなところがあっても、一度死に掛けて性格が少し変わったということで押し通す覚悟は出来ている。
ぽつりぽつりとユリウスと話すが、その素っ気ない感じがシャルルっぽくで良かったようだ。
後からラルクに誉められる。
そんなことをしている間に、祖父が来たという連絡が入った。
ノックの音が響き、ラルクが扉を開ける。
大柄な美丈夫としとやかな雰囲気がある美人が連れ立って入ってきた。
腕を組んでいる。
美丈夫の腕に美人が手を添えていた。
祖父には妙な迫力ある。
金の髪と青い瞳は父と良く似ていた。
だが顔立ちは父よりずっと男らしい。
背も高く、体躯もがっちりしていた。
祖父なのでそれなりの年のはずだが若く見える。
どう見ても40代位だ。
王というより剣士っぽい体格だが、威圧されると逆らえないだろう。
王のカリスマを持っていると言えた。
今は髪が短いが、在位中は長かったらしい。
魔力は髪に宿るという迷信があるから短く出来なかったようだ。
退位と共にその髪をばっさり、切る。
迷信なんて信じていないことをアピールしたのかもしれない。
(今でもこんなに元気そうなのだから、退位する時は揉めただろうな)
必死になって臣下たちが引き止める姿が見えるような気がした。
カリスマを持った王に辞めて欲しくはなかっただろう。
そんなことを考えている間に、祖父母は近づいてきた。
ユリウスがすっと立ち上がって挨拶する。
わたしの代わりに挨拶してくれた。
祖父はお気に入りの孫の姿に目を細める。
「息災でなによりだ」
ユリウスの頬に触れ、優しく撫でた。
スキンシップが過多な人らしい。
ユリウスは困って固まっていた。
「ユリウスが困っています」
そんな祖父をやんわりと祖母(クラウス)が諌める。
「そうか」
祖父は素直に手を引いた。
「おばあ様」
ユリウスは甘えた声を出す。
クラウスに抱きついた。
クラウスは優しく抱きしめ返す。
クラウスは真っ直ぐでさらさらな銀の髪を長く伸ばした涼やかな人だ。
瞳は切れ長で、色は明るいブラウンだ。
左の目の下に泣き黒子があって、妙に色っぽい。
髪の色が黒かったら日本人形みたいだ。
きっと着物がよく似合う。
(ああ、そうか)
誰かに似ていると思ったが、青流に似ているのだと気づいた。
顔立ちが似ているわけではないが、二人とも雰囲気が日本人っぽい。
クラウスはすらっとした細身で明らかに西洋人なのだが、どこかしとやかさを持っていた
祖父が惚れる気持ちもわかる。
間違いなく美人だ。
不思議なくらい女性的な感じはしないのだが、誰が見ても美しいと思うだろう。
(こういうのを傾国の美女って言うのね。まあ、女性でもないし、国を傾けてもいないけど)
ぼーっと抱き合う二人を見ていると、コホンと祖父が咳払いした。
「ユリウス。それは私のだ。そろそろ離れなさい」
自分の孫に妬く。
わたしは呆れたが、ユリウスとクラウスは慣れていた。
「申し訳ありません。おじい様」
ユリウスはそっと離れる。
クラウスは祖父の機嫌を取るように、寄り添った。
祖父は満足そうな顔をして、その腰に手を回す。
ぐいっと抱き寄せた。
クラウスが心持ち、祖父に寄りかかる。
幸せそうに微笑んだ。
ラブラブらしい。
(本当にバカップルだ)
わたしは心の中で苦く笑う。
だが愛情を隠そうとしない祖父の姿はある意味、潔かった。
嫌な感じはしない。
妻の幸せ以上に大切なものはないなんて、夫の鑑だ。
「ところでシャルル、具合はどうだ?」
祖父に問われて、すっかり傍観者気分でいたわたしは内心、ドキッとした。
祖父母の目的はわたしの見舞いだということを思い出す。
「もう大丈夫です」
慌てて、取り繕った。
そんなわたしを祖父がじっと見つめる。
全てを見透かすようなその目に、背筋が冷たくなった。
わたしはシャルルであってシャルルではない。
だがそれに気づく人なんて、四六時中一緒にいるラルク以外にいると思えなかった。
祖父母は三日に一度くらいという結構な頻度で公爵家を訪れているが、ずっとシャルルと過ごしていたわけではない。
(大丈夫。気づくわわけがない)
わたしは自分で自分に言い聞かせた。
「おじい様?」
黙っている祖父を不思議そうに見る。
シャルルの可愛らしさを前面に押し出した。
「……元気ならそれでよい」
祖父はそう言う。
表情を和らげた。
わたしはほっとする。
そこに父がやって来て、お茶の用意が出来たからと二人を呼んだ。
病み上がりの息子に無理をさせないで欲しいと、二人の見舞いを切り上げさせる。
祖父は素直に立ち去ろうとしたが、クラウスは少し話をしたいと残った。
ユリウスに祖父の相手を一時的に頼む。
祖父は何か言いたげな顔をしたが、言葉にしなかった。
「先に行っているが、遅くならないように」
代わりにそう言って、ユリウスをエスコートする。
それをにこやかにクラウスは見送った。
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