第18話 << 閑話 見知らぬ世界 >>





 公爵家に生まれたシャルルは自分のことを自分でしたことがない。

 生まれた時から専属の使用人がついていて、彼らは衣食住全てにおいてシャルルの世話をやいた。

 貴族とはそういうもので、シャルルはそれが当たり前の世界に育つ。

 そのことに疑問なんて抱かなかった。

 だがある日、シャルルは呪いを受ける。

 桁外れの魔力を持つシャルルは常に魔力探知の魔法を発動させていた。

 近くで魔法が使われれば、わかる。

 本来は発動する前に呪いに気づき、無力化することが出来るはずだった。

 しかしその呪いに気づいたのは何故か発動してからだ。

 シャルルの力を持ってしても、発動してしまった呪いは止めることが出来ない。

 呪いは直ぐにシャルルの魂を侵略し始めた。

 シャルルは苦肉の策を取る。

 以前、魔法書で魂を分割する方法というのを読んだことがあることを思い出した。


 魔法が進んだこの世界では、ほとんどの怪我や病気は治癒魔法で治せる。

 身体を治すのはさほど難しくはなかった。

 だが、寿命だけはどうしようもない。

 寿命で傷つくのは身体ではなく魂だからだ。

 魂の傷は魔法でも癒せない。

 しかし手段はあった。

 魂の傷ついた部分を切り落とし、傷ついていない部分を守ればいい。

 その方法が魔法書に載っていた。

 もちろん、その魔法書は誰もが見られるものではない。

 シャルルが幾重にも施されていた封印を解いてその本を開いてしまったのは偶然だ。

 せっかくだからとその魔法を覚える。

 だが、使う気なんてさらさらなかった。

 その魔法には大きなデメリットがある。

 魂を分割すると、人格も二つに分かれる。

 自分ではない自分が生まれ、助かるのは自分かもう一人の自分かどちらかだけだ。

 それを助かるとは言わないとシャルルは思う。

 だが今、その魔法を使う人の気持ちをシャルルは理解できた。

 最後の瞬間まで、死に抗おうと決める。

 簡単に諦めたりするものかと思った。


 シャルルは魂を二つに割る。

 ダメもとで無茶をした。

 シャルルの人格は侵略されている方の魂に残る。

 助かるのはもう一人の自分の方らしい。

 シャルルの視界は赤い霧のようなもので覆われた。

 意識はそこでぷつっと途切れる。

 死を覚悟した。


 しかし、シャルルは目覚める。

 赤い霧のようなものが、波が引いていくようにすうっと一つの方向へ流れて行くのが見えた。

 シャルルはしばらく辺りの様子を窺う。

 真っ暗で、ここがどこなのかはわからなかった。

 だが神経を研ぎ澄ますと、見えるし聞こえる。

 ベッドに寝かされていて、側に兄がいた。

 そこに父が術者を連れて来る。

 術者は魔法省の最高顧問だ。

 実質的なこの国の魔法のトップと言っていい。

 シャルルを王にしようと目論んでいる人物の一人だ。

 父は息子を助けるために一番一生懸命になりそうな人物を連れてきたらしい。

 彼なら何が何でもシャルルを助けようとする。

 シャルルは言葉を発しようとして、出来ないことに気づいた。

 意識と身体が繋がっていない。

 身体を動かしているのは別の誰かだ。

 その誰かは、魂を分割したことによって生まれたもう一人の自分だろう。

 一人しか助からないというのは、そういう意味なのだと気づいた。

 身体と繋がることが出来るのは一人だけらしい。

 見えたり聞こえたりするのに干渉は出来なかった。

 自分が魂だけの存在になっていることをシャルルは自覚する。

 ただし、その魂はまだ身体の中にあった。

 傍観者として見ていることしか出来ないとしても、状況は把握したい。

 もう一人の自分がどういう性格なのか、シャルルは観察した。

 心の声に耳をすませる。

 もう一人の自分は警戒心が薄く、心の声がだだ漏れだった。

 その人格は女性らしい。

 心の声から推察すると、自分の前世の人格のようだ。

 美少年に生まれ変わったことをお気楽に喜んでいる。

 彼女は状況が何も分かっていなかった。

 自分の中にシャルルがいることにも気づいていない。

 そんな彼女にシャルルはいらっとした。

 呼びかけると、彼女には自分の声が届く。

 話がしたいから来いと呼ぶと、本当にやってきた。

 意識の世界は真っ暗だ。

 正確には暗いのではなく、何もない虚無のようだ。

 何もないから黒く見え、黒いから暗く感じる。

 そんな真っ暗な中で彼女は薄っすら光っていた。

 人の形をしている。

 同時に、自分も形を成していることに気づいた。

 魂だけの存在なのに、身体がある。

 自分の姿のままだ。

 なんとも不思議な気持ちでいると、彼女の顔が黒い霧のようなもので覆われて見えないことに気づく。

 霧みたいなのはうようよと波打っていて、気味が悪かった。

 それを指摘すると、彼女の姿は一瞬で変わる。

 自分と同じ顔をした美少女になった。

 髪はピンク色でふわふわしていて、長い。

 左右の瞳の色は逆だ。

 自分をモチーフにして作られた姿なのがわかる。

 自由に姿を変えられる彼女に、シャルルは驚いた。

 目の前で起こった変化が理解できない。

 どんな魔法を使ったのだろうと不思議に思った。

 しかし彼女が起した変化はそれだけではない。

 真っ暗な空間を野原に変え、綺麗な景色を作り出した。

 シャルルは困惑する。

 規格外の魔力を持ち、シャルルは存在そのものが想定外だと言われ続けてきた。

 だがその自分にも出来ないことを、目の前の彼女はいとも簡単にやり遂げる。

 そしてそれらの全てを『想像力』の一言で片付けた。

 自分の脳内なんだから、自分の想像で好きなようにイメージが変えられるのは当然だと言い切る。

 シャルルはそんな風に考えたこともなかった。

 目の前にいる彼女は自分であって自分でないことを実感する。


 彼女はアヤと名乗り、シャルルに現状の説明を求めた。

 それは当然のことだとシャルルも思う。

 しかし、アヤは何故かお茶を飲みながら話を聞こうとした。

 どこか緊張感に欠けている。

 お気楽で何も考えていないようにも見えた。

 しかし、アヤは馬鹿ではない。

 理解は早かった。

 シャルルはさくさくと話をすすめる。

 すると突然、シャルルの不幸はほぼ自分のせいだとアヤは謝罪した。

 シャルルはわけがわからなくて戸惑う。

 アヤの話を聞き、自分がこの世界の誰よりも強い魔力を持っているかもしれないことと、それはアヤが願った結果であることを知った。

 言わなければわからないことを馬鹿正直に話すアヤにシャルルは驚く。

 アヤのいた前世は、優しい世界だったのかも知れない。

 弱味を見せてもつけ込まれることがないような。

 貴族の騙しあいのような駆け引きを間近に見て育ったシャルルは、自分の非を認めることも簡単に謝罪することもタブーだという認識を持っている。

 だがアヤはそんな風に考えないようだ。

 一人で反省している。

 そんなアヤを面白く思った。

 シャルルの予想にない行動を取る。

 突拍子がなかった。

 そんなアヤはさらにシャルルは驚かせる。

 意識の中に閉じ込められて出られないなら、家が必要だと言い出した。

 今はこうして身体があるように見えるが、シャルルは魂だけの存在だ。

 もちろん家なんて必要ない。

 それはアヤもわかっているようだ。

 だが、嫌なのだと言う。

 シャルルが野原で一人、何もないところにポツンと座っていることを想像すると寂しくなるそうだ。

 シャルルは魂だけの自分が姿を持っているのはアヤの意思なのではないかと気づく。

 この精神世界は本当にアヤの思いのままのようだ。


 出来上がった家にシャルルは案内された。

 狭い室内は驚くほどたくさんの物で溢れている。

 アヤは楽しそうにそれらに触る。

 アヤが触れると、それは動いた。

 魔法具だとシャルルは理解する。

 アヤの世界にも魔法具があるのだと、驚いた。

 それらはどれ一つ、シャルルは見たことがない。

 興味が沸いた。

 だが使い方を聞く前にアヤは現実に戻ってしまう。

 シャルルは一人残された。


 シャルルはそれらの魔法具を自分も使ってみたいと思った。

 どこかに魔法書がないかと探す。

 とある引き出しの中から取扱説明書と書かれたもの見つけた。

 それには魔法具の使い方が書いてあるようだ。

 シャルルは見たことがない字で書かれているのに、何故か読める。

 引き出しにはさまざまな魔法具の取扱説明書が入っていた。

 シャルルはその全てに目を通す。

 テレビにポットにエアコンに冷蔵庫。掃除機やミキサーに電子レンジ。

 いろんな取扱説明書があった。

 書かれた通りにすると、魔法具は簡単に作動する。

「おおっ」

 シャルルは感動した。

 テレビというのは薄い板のようなものに何かの映像が映る。

 それに何の意味があるのはわからなかった。

 ただ、そこはアヤの前世の世界なのだろう。

 下着のような露出の多い格好をした男女が映っていた。

 ポットでは湯が沸くらしい。

 シャルルはポットに入れるための水を出そうとした。

 だが、魔法が使えない。

 呪いは解けたわけではなく、シャルルの力をいまだ封じていた。

 仕方なく水道のところに行って、蛇口を捻る。

 自分がやっても水が出ることにシャルルは驚いた。

 黙って見ていると、尽きることなく水は流れ出てくる。

 凄い魔法だと思った。

 その水でお湯を沸かす。

 そのお湯を使うカップラーメンというものやティーパックというものが戸棚を漁ると出てきた。

 試しにお湯を注ぐと紅茶が出来上がる。

 アヤの世界の物はどれも親切で、全てのものに作り方や使い方が書いてあった。

 シャルルは自分で初めて淹れた紅茶に感動する。

 公爵家に生まれたシャルルは身の回りのことを何一つ、自分でやったことがなかった。

 いつもは使用人が全てやってくれる。

 風呂さえも一人ではなかった。

 だが、魔法具を使えば簡単に何でもやれることに気づいて、楽しくなる。

 飲み込みが早いシャルルはあっという間に使い方も覚えてしまった。

 見知らぬ世界の生活を堪能する。

 テレビというものが芝居を見れたり、街の様子がわかる便利なものだということも理解した。

 ボタン一つで様々なものが映るのも楽しい。

 行儀悪くベッドに寝転んで見ていても、叱られることもないのは気楽だ。

 シャルルはすっかり、この生活が気に入る。

 今まで自分が出来なかったことにいろいろ挑戦してみようと決めた。














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