第17話 第二章 7 <<面倒な王家>>
シャルルが話してくれた王族の話はかなり面倒な感じだった。
まず、国王は配偶者を三人持てる。
第一王妃は第一離宮に。
第二王妃は第二離宮に。
そして第三王妃は王宮で王と共に暮らす。
「それって、寵愛を受けるのは第三王妃ってことにならない?」
わたしは手を上げて質問した。
「そうだよ」
シャルルはあっさり認める。
「そもそも、第一王妃も第二王妃も王が選ぶわけじゃない。議会で決まるんだ。この国の貴族には大きくわけて二つの派閥がある。面倒だからAとBとするけど、このAとBはずっと仲が悪くてずっと対立している。だが、互いに相手を潰して、権力を独占しようとはしない。それは何故だと思う?」
シャルルは突然、質問してきた。
わたしはうーんと考え込む。
「権力を独占したら、今度は自分たちの派閥が分裂し、対立が生まれて同じことが繰り返されるから」
答えたわたしにシャルルは驚いた顔をした。
「正解。対立し、互いに潰しあうことでお互いが疲弊して国力が下がることに、ある日、誰かが気づいたんだ。だから、AとBは互いに牽制しながら、潰しあうことはしない。上手にバランスを取り合い、均衡を保っているんだ。あと、外に敵を作ると結束しやすい。AはBを敵として結束し、BはAを敵として結束する。結局それが国の安定につながり、国力をある程度高いラインで維持していけることになった」
説明を聞いたわたしは感心する。
「上手いこと出来ているわね、このシステム。考えた人は天才だわ」
賞賛すると、シャルルは苦く笑った。
「そういうわけで、第一王妃と第二王妃は常にこのAとBの派閥から一人ずつ選ばれる。決定権は議会にしかなく、議会は派閥にとって一番利益になる人物の娘を選ぶ。だから、王が自分で選べるのは第三王妃だけなんだ。当然、王の寵愛は第三王妃に向けられる。一緒に暮らすのが第三王妃なのも納得だろう?」
問われて、わたしは頷いた。
だがそれでは第一王妃と第二王妃が可哀想に思える。
「それって、揉めないの? 第一王妃とか第二王妃は怒るでしょ?」
わたしの質問をシャルルは鼻で笑った。
何故当然のことを聞くのかと言う顔をする。
「もちろん、揉めるよ。第一王妃も第二王妃もプライドがあるから表立って文句は言わないけれど、自分たちの離宮にほぼ寄り付かない王を快く思うわけがない。ほとんどの場合、王と第一・第二王妃との関係は冷め切っている。ただ、第一王妃と第二王妃は貴族の女性から選ばれるが、第三王妃は男性貴族が選ばれることが多い。ほとんどの場合、近衛隊の隊長から」
それを聞いたわたしは突っ込みたくなった。
「それって、自分の恋人を近衛隊の隊長にしているってことでしょう?」
思わず、口に出してしまう。
「そうだよ。近衛隊は王宮にも離宮にもいて、王子と一緒に育つ。王子が自分の側近を見つけるためにあるのが近衛隊なんだ。貴族のほとんどは息子を近衛隊に入れる。王子が接することが出来る人間はそう多くないから、必然的に恋人は近衛隊の中で見つけることになる。王子は王に即位することが決まると、自分の恋人を近衛隊の隊長に任命する。そして第三王妃として娶るのが通例なんだ」
王が在位している間は近衛隊の隊長は変わらず第三王妃が勤めるらしい。つまり第三王妃は公務でもプライベートでも常に王と一緒に行動する。そして次の王の即位が決まると引退して王と一緒に王の離宮に引きこもるそうだ。退位してからもずっと一緒なんて、かなり仲がいい。
第一王妃や第二王妃はほとんどの場合実家に戻るそうだから、扱いはかなり違うようだ。
「これって、わたしが第一王妃や第二王妃だったら、キレる。結局、第三王妃だけいればいいのよね」
自分のことじゃないのに、なんだか腹が立ってきた。
政略結婚にだって、気遣いは必要だ。
「僕に怒らないでよ」
シャルルは困った顔をする。
「もちろん、第一王妃や第二王妃にはその分、特権がいろいろ与えられているよ。議会の中で発言権を持つのは二人の王妃だけで、第三王妃にはない。王妃に与えられるほとんどの特権を第三王妃は有さないんだ。王に寵愛され大事にされるがそれだけだ。権力は与えられていない。もっとも、近衛隊の隊長としての権力はあるけど。王の警護に関することくらいにしか口出し出来ない」
そういうところでバランスを取っているようだ。
「つまり、権力を選ぶか愛を選ぶかって感じね」
うんうんとわたしは納得する。
頭の中にバリバリ仕事をこなすスーツの女性の姿が思い浮かんだ。
彼女は王冠をつけている。
結婚より出世を取ったキャリアウーマンという感じだ。
どちらが幸せかは一概に言えないだろう。
幸せの形なんて、人それぞれだ。
「王家のシステムはなんとなく理解したわ」
わたしは頷く。
「良かった。ややこしくなるのはここからなんだ」
シャルルはにっこり笑った。
「え? これから? もう十分ややこしくて、面倒な感じだけど」
わたしはうんざりする。
「大事な話はここからだよ」
シャルルは苦笑した。
「第一・第二王妃と第三王妃の立場の違いを理解してもらったところで、子宝の種の話になる。アヤが本で読んだ通り、この国で子供は木に実として生る。もちろん、第一王妃にも第二王妃にも子宝の種は与えられ、子供が生まれる。それぞれの王妃との間に生まれた子は母親と一緒に暮らすんだ。そうなると、離宮で育つ子供たちは父王にほとんど会えないことになる。王が王妃たち暮らす離宮に立ち寄ることは滅多にないからね。そこで、子供には王と会う面会日が決められる。週に一度、子供たちは王宮にやって来て、父王と過ごすんだ。だが第三王妃の子供は王と一緒に暮らしているので面会日はない。それでも多くの場合、一緒に暮らす第三王妃の子を王は一番可愛がる。跡を継がせるのは一番可愛い子にと思うのは普通だ。だが、この国には絶対のルールがある。王位を継ぐのは王の子の中で一番魔力が強いものと決まっていた。それは法律で決まっており、この国の法律は契約の一種だ。守らないものには相応の罰が当たる。だから、今まで王位継承で揉めたことはほぼない。例え第三王妃の息子でも、魔力が強いなら認められた。もちろん、第一王妃や第二王妃の息子の方が強ければ、その王子が継ぎの王になる」
そこで一旦、シャルルは言葉を区切った。
「話についてこられている?」
わたしに確認する。
「ついていけているけど、一息つきたい。お茶、入れなおしていい?」
わたしは尋ねると、冷めてしまったお茶を入れなおした。
湯飲みから温かな湯気が立つ。
それはわたしの気持ちを落ち着かせてくれた。
お菓子を摘んで、お茶を飲む。
シャルルも同様にお茶を飲んでお菓子を食べていた。
初めての和菓子にかなり興味を持ったようだ。
気に入ったようで、わたしも嬉しい。
「続き、どうぞ」
頭の中も整理できたので、話の続きを促した。
「しかしある時、同じくらいの魔力を持つ王子が二人生まれた。一人は第一王妃の息子で次男。一人は第三王妃の息子で長男。二人の魔力はほぼ互角で、差がない。そうなると、議会としては第一王妃の息子に継がせたい。しかし、王が可愛がっているのは第三王妃の息子の方だ。王位継承者を決めるのは基本的に議会だが、万が一、同等の魔力を持っている王子が二人以上いる場合は王が指名することになっている」
そこまで聞いて、わたしはため息を漏らした。
「それは揉めたでしょうね」
肩を竦める。
「揉めたよ。だが、次期王の指名権は王にある。議会には諦めムードが漂っていた。何故なら王の第三王妃への溺愛ぶりは有名で、歴代の王の中でも顕著だった。第三王妃を片時も側から離さず、他の王妃の子供と面会する時でさえ同席させた。その王妃との間に生まれた王子と共に。王が第三王妃の息子を選ぶのは誰の目にも明らかだ。しかし意外なことに、王は第一王妃との間に生まれた次男を選んだ。それが現在の国王で、その時に選ばれなかった第三王妃の息子が父さまだ。アンドリューも第三王妃の息子なんだけど、今の第一王妃と第二王妃には娘しかいなくて、王位継承権を持つのはアンドリューしかいない。魔力も子供たちの中では一番強いから、次の王はアンドリューで決まりだと言われていた。……僕の魔力検査の結果が出る前までは」
シャルルはため息をつく。
アンドリューはシャルルより一つ年上らしい。
アンドリューが次期王だと決まった一年後にシャルルの魔力が判明したということだ。
その時の議会の混乱が目に浮かぶようだ。
ちなみに王位継承権は王子にしかないらしい。
それは単純に寿命の問題だろう。
女性の平均寿命は50歳と聞いたが、貴族の場合はもっと短いようだ。
魔力が強ければ強いほど短命になる傾向がある。
王女の場合は30代で亡くなることも珍しくないそうだ。
そのため、成人すると直ぐに嫁ぐ。
王位継承の頃にはすでに王族ではないようだ。
「僕の魔力が人並外れて強いとわかった時、それまで一つに纏まっていた議会の意見が二つに分かれたんだ。一つはすでに臣下にくだったのだから、王族ではない僕に王位継承権はないという真っ当な意見。もう一つは、臣下にくだっても王族の血が流れていることには変わりがない。先王にとっては僕もアンドリューも同じ孫だしとして、国のために魔力が強い者が王になるべきだという魔力至上主義の意見。どちらも自分たちの意見の正当性を主張して、一歩も引かないんだ」
話を聞くだけで、わたしはうんざりする。
「面倒ね」
ため息が出た。
「ああ。面倒なんだ」
シャルルは大きく頷く。
そんなシャルルをわたしは真っ直ぐに見た。
「シャルは国王になりたいの?」
尋ねる。
シャルルがどうしたいのか、本音を知りたかった。
「まさか」
シャルルは首を横に振る。
「国王なんて面倒なものにはなりたくない。僕の希望は、家族がみんな幸せに穏やかに暮らすことだ。公爵家として十分な財と収入があるのに、これ以上のものなんて必要ない。僕はアルスロット家の跡取りだけど、本当はそれもユリウス兄さまに押し付けてしまいたいくらいなんだ」
心の底からため息をついた。
面倒な肩書きなんていらないと思うのはとてもわたしらしい。
「そのことはもちろん、議会に伝えてあるのよね?」
わたしは確認した。
「もちろん。でも、聞く耳を持たないんだよ。僕の意見なんてあの人たちにとってはどうでもいいんだ。アンドリューの意見さえ」
シャルルはうんざりと顔をしかめる。。
せっかくの美少年なのに、そんな顔をするのは勿体無いと心の中でわたしは嘆いた。
さすがに口に出したらシャルルに冷たい目で見られるのがわかっているので、言うことはない。
「ちなみに、アンドリューはどうしたいと言っているの?」
気になって、わたしは尋ねた。
何気なく聞いたのに、シャルルは困った顔をする。
「……」
気まずそうに黙り込んだ。
「シャル?」
わたしは名を呼ぶ。
説明を求めた。
「アンドリュー本人は第三の意見を持っている。自分が王位を継いで、僕を妻にするらしい。二人で国を守ればいいだろうという考えだ」
渋々、シャルルは打ち明ける。
とても言いたくない話だったようだ。
拗ねた顔が子供っぽくて可愛い。
わたしはにまにました。
「それが一番いい意見ね。この国では同性婚もありなんだから、一番丸く収まりそうないい考えだと思う」
賛成する。
自分のこととは思えなくて、気楽に言った。
その頃にはシャルルに身体を返せているはずだ。
自分には関係ない気がしている。
だが、シャルルはわたしをキッと睨んだ。
「そんな単純な話じゃない」
叱る。
わたしは小さく身を竦めた。
「どうして?」
理由を尋ねる。
問題はないように思えた。。
「さっき、三人の王妃は立場が同等でないことを話したよね?」
シャルルは確認する。
「聞きました」
わたしは頷いた。
「仮にアンドリューが王になって、僕に結婚を申し込んだとする。その時、どの王妃として迎えるかが問題になるんだ。第三王妃として迎えると、王妃としての権限を何も持たないことになる。それでは意味がないから、第一王妃か第二王妃ということになるだろう。そうすると父さまは派閥に属していないからAから出たことにするのかBから出タコトにするのかで確実に揉める。当然、それぞれの派閥は自分たちの派閥から僕を嫁がせたいと思っている」
それはそうだろうとわたしは納得する。
例えそれが形だけのものでも、派閥は勢いづきそうだ。
「派閥争いに利用されるのはいい気がしないわね」
わたしはぼやく。
「ああ。それはアンドリューも感じているらしく、どちらの派閥にも属さない形で僕を娶り、第一王妃にすると宣言している。そして妻にするのは僕だけで、第二王妃も第三王妃も娶らないそうだ。他に王妃を娶らないので、僕の住まいは離宮ではなく王宮となり、アンドリューと一緒に生活することになる」
シャルルは説明を続けた。
「ふーん」
相槌を打ちながら、わたしは考え込む。
「もしかして、アンドリュー王子は政略結婚としてではなく本当にシャルルのことが好きなんじゃない?」
話を聞くとそう思えてならなかった。
好きな人としか結婚したくないのだと、可愛い我侭を言っているように感じる。
「本人はそう言っている。でも、僕は信じていない」
シャルルは首を横に振った。
「どうして?」
わたしは尋ねる。
信じない理由を知りたかった。
「理由なんてない。アンドリューは自分の立場をちゃんとわかっている奴だ。わかった上で、自分が最善だと思う方法を選択した。素直にそれを認めればいいのに、言い訳がましく取り繕うのが腹立たしい」
シャルルは憮然とする。
怒っていた。
「アンドリューのこと、嫌いなの?」
わたしの質問に、シャルルは微妙な顔をする。
「嫌いではない。昔は仲が良かった。6歳の頃まではよく遊びに来ていたし、年が近い友達が他にいなかったので、一番の友達だと思っていた」
ぼそぼそと答えた。
(案外、シャルルもアンドリューが好きなんじゃない?)
そう思ったが、口には出さない。
それくらいの機微はわたしも持ち合わせていた。
「いろいろ複雑ね」
わたしはぼやく。
面倒くさくなってきた。
「だから単純な話ではないと言っただろう?」
シャルルは苦笑する。
「とりあえず明日、本人に会ってからいろいろ考えてみる。百聞は一見にしかずっていうものね。自分の直感を信じるわ」
わたしは話を終わらせた。
呪いをかけた張本人かどうかを確認してからでも考えるのは遅くない。
「アヤに任せるよ」
意外なことに、シャルルはわたしに丸投げした。
「え? 好きにしていいの?」
わたしは微笑む。
人の恋バナは楽しい。
ワクワクしてきた。
そんなわたしの反応に、シャルルは慌てる。
「いいけど、何かする前には相談して」
切実な顔でわたしを見た。
全く信頼されていない。
そんな不安そうにしなくても、さすがに迂闊なことをするつもりはなかった。
シャルルの結婚が決まるような下手は打てない。
余計なことは口にしないよう気をつけようと思った。
「ところで、もう一人のメアリーアンについての説明は?」
忘れそうになっていたが、もう一人いた。
「メアリーアンか……」
シャルルは疲れた顔をする。
あまりいい感情は持っていないように見えた。
「メアリーアンは父さまの親友である近衛隊の副隊長の娘で、父さまたちは僕とメアリーアンを結婚させたいと思っている。そうすれば結婚によって僕が王族に戻ることもない。だがアンドリューが僕を娶ると公言しているから婚約とかそういう形は取れないでいる」
淡々とした説明はどこか他人事のように聞こえる。
「メアリーアンはどんな子?」
わたしは尋ねた。
「元気で気が強くて、さばさばした子」
シャルルは答える。
良くも悪くもあまり興味がないようだ。
「メアリーアンのこと、嫌いなの?」
わたしはずはり聞いた。
自分相手に気を遣うこともないだろう。
「嫌いじゃないけど、苦手」
シャルルは困った顔をした。
「ぐいぐい来るし、メアリーアンといるとあの時のことを思い出す。好意を寄せられているのも、正直、困る」
本音を口にする。
「そうなのね。わかった」
わたしは頷いた。
「何がわかったの?」
シャルルは問う。
「メアリーアンとは結婚したくないということ」
わたしは答えた。
シャルルは安堵を顔に浮かべる。
「それを理解してくれているなら、いい」
小さく笑った。
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