第16話 第二章 6 <<反省会>>
ラルクを味方に引き入れることが出来たのは大収穫だ。
正直、専属使用人としてずっと側にいるラルクを誤魔化せる自信がわたしにはない。
朝起きて夜寝るまで、ラルクはずっと側にいるようだ。
専属使用人とはそういうものらしい。
呪いを受けて目覚めた時は一人だったので気づかなかったが、本来、シャルルには一人になれる時間なんてない。
呪いは側にいるとうつると言われているので、あの時は人払いがされていたらしい。
わたしの手を握ったユリウスを赤い霧が包もうとしていたことを思い出して、わたしはぶるっと身体を震わせた。
呪いが感染するのは本当だろう。
あの時、わたしが止めなければ呪いはユリウスも侵していたに違いない。
気づいて良かったと安堵した。
わたしには見えているあれは他の人には見えていないらしい。
魔力が可視化できるのが特別な力であることは、わたしにも察せられた。
「ところで、ラルクはユリウス兄さまのどこを好きになったの?」
ふと、気になっていたことを尋ねる。
突然の質問にラルクは面食らった。
「急にどうしたんです?」
動揺を隠し切れず、問い返す。
「さっき、聞くタイミングがなかったから」
わたしは答えた。
「……」
ラルクは困る。
眉をしかめた。
「その話、する必要がありますか?」
もっともなことを言う。
(ないけど、あります)
わたしは心の中で答えた。
単純にわたしが知りたい。
恋バナは押さえておきたかった。
「何故、他の兄さまではなくユリウス兄さまだったのか、気になって」
もっともらしく、理由をつける。
身内の贔屓目を差し引いても、兄たちはみんな美形だ。
好きになるのは当然だろう。
だが、ユリウスだったことは意外だ。
ラルクとユリウスでは少し年が離れている。
ジーク兄さまを……という方が自然な気がした。
ショタコンではないかと、ちょっと疑う。
「変なこと考えていませんか?」
わたしの眼差しに何かを感じ取ったのか、ラルクは苦笑した。
やれやれという顔をする。
「シャルル様が心を許してくれるまで、半年間もかかりました。その間、何かと相談に乗ってくださったのがユリウス様だったのです。たくさん助けていただきました」
感謝を口にした。
わたしの中で、シャルルの記憶と意識がまた一つ繋がる。
当時のことを思い出した。
シャルルも最初からラルクを受け入れたわけではない。
むしろ、拒んだ。
母の一件以来、シャルルは家族以外が側に居ることを嫌がるようになった。
それは使用人も同様だ。
用があれば呼ぶが、用事が終われば下がらせる。
側に控えることは許さなかった。
専属で付けられた使用人は挫折して辞めていく。
ラルクは何人目かの専属使用人だった。
他の使用人とは違い、諦めない。
毎日お茶とお菓子を用意した。
シャルルがそれらに一切手をつけなくても、用意をし続ける。
毎回自分で毒見をして、安全であることをシャルルに見せた。
そんな日が半年も続く。
ラルクは無理に距離を詰めようとはしなかった。
シャルルが慣れるまでゆっくりと時間をかける。
だがシャルルも途中から意地になっていた。
簡単には受け入れないと、突っぱねる。
しかしそれが半年も続くと、疲れてしまった。
結局、シャルルが折れる。
(懐かない保護猫を人馴れさせる苦労話みたいだな)
そう思って、心の中でくすりと笑った。
シャルルは人を警戒する野良猫みたいだ。
<何の話だ?>
シャルルに問われたが、わたしは無視する。
「つまり、ラルクが恋に落ちたのはシャルルのせいなのね」
わたしの言葉に、ラルクは返事をしなかった。
「そろそろおやすみくさださい」
そう言われる。
話を終わりにしたいようだ。
わたしは素直にベッドに横になる。
ラルクに下がる許可を出した。
自分の部屋に戻るように言う。
「いえ、今夜はお側にいます」
ラルクは首を横に振った。
心配だからついていると言われる。
だが、わたしは断った。
側に居られたら、眠れない。
一人になりたいのだと訴えた。
ラルクは迷う顔をしたが、最後には折れる。
少しでも体調が悪くなったら、ベルを鳴らしてくれと紐を握らされた。
紐の先にはベルがついていて、引っ張れば音が鳴るように置いてある。
「これ、寝返りを打っても音が鳴るんじゃない?」
私が心配すると、それでもいいとラルクは笑った。
様子を見に来るのは自分だから、気にしなくていいと言われる。
「わたしが言うのも変だけど、ラルクはシャルルを大事にしているのね」
独り言のように呟くと、ラルクは何も言わずに明かりを消して部屋を出て行った。
わたしは目を閉じ、意識を自分の内側へ向ける。
シャルルと話したいことがたくさんあった。
前回は野原だったが、今回は桜並木が続いていた。
ピンクの花びらがはらはらと舞っている。
自分の中に入り込み、シャルルと話をしようと思ったわたしはその風景に驚いた。
予想外の出来事に戸惑う。
景色が変わるなんて思いもしなかった。
だが、今のわたしは12歳のピンクの髪をした美少女のはずなので、この桜吹雪はさぞかし似合うだろう。
想像すると楽しくなった。
ちなみに、わたしがシャルルのために建てた(?)家は変わらすそこにある。
変わっているのは風景だけのようだ。
「何、これ?」
シャルルに尋ねる。
シャルルは家の前でわたしを待ってくれていた。
「そんなのこっちが聞きたい」
シャルルは苦笑する。
桜吹雪が良く似合った。
和洋折衷で違和感があると思ったが、そうでもない。
そんなことを考えていると、シャルルが一つの仮説を口にした。
ここの景色は私の心理状態に左右されるのではないかと言う。
「なるほど」
わたしは納得した。
桜が散り捲くっている理由に、心当たりがなくもない。
今、わたしは少なからず凹んでいた。
「何で?」
シャルルにはわたしに聞く。
「ラルクやユリウス兄さまを疑ったことで胸が苦しい」
わたしは答えた。
身内を疑うのは、心が疲弊する。
できるなら疑いたくなかった。
だが先送りすれば、疑惑は大きく膨らむだろう。
何より、わたしはフラグを立てたくなかった。
立ちそうな案件は片っ端から潰すしかない。
それを聞いて、シャルルは微妙な顔をした。
「ずっと思っていたんだけど、呪いをかけたのが本人だとは限らないんじゃない? 誰が術者を雇って呪いをかけさせたかもしれない」
言い難そうに自分の考えを口にする。
それはしごく尤もな意見で、私も考えた。
シャルルを呪った人間はそれなりの地位や権力を持っているはずだ。
自分の手を汚すとは考えにくい。
人を使ったと考えるのが妥当だろう。
しかしわたしは魔力を可視化出来ると同時に、術者の思念も感じ取れるようになっていた。
あの赤い霧からは術者の憎悪を感じる。
それは仕事として依頼された第三者のものとは思えなかった。
あの呪いは、シャルルを憎む誰かの魔力だ。
わたしはそのことを説明する。
シャルル本人に話すのはなんとも気まずかった。
誰かに憎まれているなんて、いい気はしないだろう。
「そう」
シャルルは一言、そう言った。
特にショックを受けた様子はない。
「大丈夫?」
わたしは心配した。
12歳の美少年は大人びているがか弱く見える。
守ってあげたい気持ちになった。
「呪われている時点で、誰かに恨まれているのはわかっているから大丈夫」
覚悟はとっくに出来ていると言われた。
部屋で話そうと、わたしたちは家の中に移動する。
部屋の中は妙に生活感が溢れていた。
「?」
不思議に思って部屋の中を見回すと、家電が普通に使われている。
使い方を教えた覚えがないものまで、シャルルは使用していた。
「なんで使えるの?」
思わず、わたしは聞く。
「取扱説明書というものを見つけた」
シャルルはローテーブルの上を指した。
そこには家電の取扱説明書が置かれてある。
「そこの引き出しに入っていた」
シャルルが振り返った場所には見覚えがある。
前世のわたしは家電を買うと、取扱説明書はとりあえずその引き出しに仕舞った。
読まなくても捨てられない。
そんな引き出しまで、わたしのイメージは再現していたらしい。
(すごいな、わたし)
思わず、自分に感動した。
「アヤの世界は面白い」
シャルルはおもちゃを手にした子供のように、嬉しそうに笑う。
美少年に喜ばれたら、悪い気はしなかった。
「楽しんでもらえていて、何より」
わたしは微笑む。
ローテーブルを挟むようにラグの上に座ると、シャルルはわたしのためにお茶をいれてくれた。
ポットでお湯を沸かし、ティーパックの紅茶が入ったカップに注ぐ。
ティーパックをゆらゆら揺するとあっという間に紅茶が出来上がった。
それを見たシャルルは満足な顔をする。
おそらく、今までは紅茶一つ淹れたことがないのだろう。
妙に自慢げな顔でカップを差し出した。
それが年相応に子供っぽくて、微笑ましい
わたしはにんまりした。
「紅茶もいいけど、どうせなら……」
わたしは立ち上がり、急須で日本茶を淹れる。
和菓子と共にシャルルの前に置いた。
緑のお茶にシャルルは驚く。
和菓子にも目を見張っていた。
上生菓子の色や形が綺麗なことに感動している。
だがそんなことで和んでいる場合ではなかった。
「シャルルと話をしたくて来たんだったわ」
当初の目的をわたしは思い出す。
前世の生活に馴染んでいるシャルルに驚いている場合ではなかった。
「そういえば、なんでアヤはここに来たの?」
シャルルは不思議そうに尋ねる。
「シャルルと意思の疎通を図るためよ。定期的にやって来て、話をするつもり」
わたしの言葉にシャルルは小さく首を傾げた。
「話をするだけなら、ここに来なくても出来るだろう?」
尋ねる。
「話をするだけならね。でも、ホウレンソウは社会人の基本よ。報告、連絡、相談は大切なの」
自信満々に告げたわたしにシャルルはなんとも微妙な顔をした。
わたしは言葉を続ける。
「それに、声だけではわからないこともあるでしょう? わたしはちゃんとシャルルの顔を見て、シャルルの意見を聞きたい。だってわたしはシャルルで、わたしの行動が今後のシャルルの人生に大きな影響を与えるのよ。迂闊なことは出来ないわ」
わたしの説明に、シャルルの顔は青ざめた。
好き勝手されると自分が困ることに思い至ったらしい。
「それは必要な気がしてきた」
こくこくと頷く。
「じゃあ、まずは今日の反省からいきましょう」
わたしは話を切り出した。
「反省?」
シャルルはきょとんとする。
「結果オーライだったけど、わたしがシャルルでないことがばれちゃったのは、反省している」
わたしはため息をついた。
それを聞いたシャルルは苦笑する。
「それは仕方ないんじゃない? ラルクは騙しきれないって思っていた」
しれっと呟いた。
「え? なんで?」
わたしは問う。
「アヤがどんなに僕のふりをしたって、たぶん、ラルクは気づく。それくらい、長く一緒にいるんだ」
シャルルの言葉に違うとわたしは首を横に振った。
「そういう意味じゃなくて。騙せないって思っていたなら、そのことをわたしにも言ってよという話」
わたしは怒った。
同じことに対処するにも、覚悟があるとないとでは違う。
言っておいてくれれば、もう少し上手いやり方があったかもしれない。
少なくとも、あんなにドキドキすることはなかった。
「これからは気づいたことはちゃんと言って。わたしはあなただけど、わたしたちの意識は別々で、思考は共有していないんだから。報告、連絡、相談をしてくれなきゃ、わたしにはシャルルが何を考えているのかわからない」
叱ると、シャルルはそわそわする。
普段、怒られることなんてないのだろう。
目が泳いでいた。
「すまない」
謝る。
頭を下げた。
「これからはちゃんと話して」
わたしは約束を求める。
シャルルはこくこくと頷いた。
シュンとする。
その姿を見ていると、わたしが悪いことをしている気分になった。
可愛い子は得だなと思ってしまう。
「シャルルの方からは何かないの?」
わたしは尋ねた。
「何かって……」
シャルルは少し考える。
「ああ、一つだけ。ユリウス兄さまにあまり世話を焼かせないで」
予想外のお願いに、わたしはちょっと驚いた。
「え? そんなこと?」
苦く笑うと、シャルルにキッと睨まれる。
「調子に乗ったら本当に面倒だから、止めて」
とても嫌そうな顔をされた。
「愛されているだけなのに」
わたしは笑う。
「その愛が重いんだよ」
シャルルは口を尖らせた。
その顔がとても子供っぽい。
微笑ましい気持ちになった。
「ねえ、シャル」
わたしは呼びかける。
「ラルクが明日、誰かが見舞いに来るって言っていたけれどそれが誰のことかわかる? 火の属性を持っている人なんだけど」
わたしは問いかけた。
シャルルはちょっと表情を曇らせる。
答えたくないような顔をした。
だがわたしはそのことに気づかないふりをする。
答えたくなくても、教えてもらわなければ困る。
「とりあえず、火の属性を持っている知人は二人いる」
シャルルは呟いた。
「一人は従兄弟のアンドリュー、もう一人は父の親友の娘メアリーアン。誰が見舞いに来るかわからないけど、ラルクが言っていたのはこのあたりだと思う」
その言葉を聞いて、わたしは眉をしかめる。
「その顔は何?」
シャルルは不思議そうにわたしを見た。
「従兄弟とお父さんの親友の娘ってことは、親しい人ってことだよね? そんな人たちに恨まれる覚えがあるの?」
わたしはちょっと引く。
そんな身近な人に恨まれるって何をしたのだろうと冷たい目をシャルルに向けた。
「失礼だな」
シャルルは怒る。
「アンドリューは次期国王候補だ。王位を継ぐために、僕を邪魔に思っているかもしれない。メアリーアンは6歳の時の事件に巻き込まれて、僕のせいで母親を亡くしている。恨まれていても不思議ではない」
説明した。
「……」
わたしは真っ直ぐシャルルを見る。
「その二人とは仲が悪いの?」
確認した。
わたしの中に二人に関する記憶はあるはずだが、意識とはまだ繋がっていない。
たぶん、シャルルが無意識に繋がるのを拒んでいるのだろう。
わたしに教えたくないのかもしれない。
本人を目にすれば思い出せるのだろうが、今の時点では無理そうだ。
「……悪くない」
少し間が空いた後、シャルルは答える。
「じゃあ……」
違うんじゃないかと、わたしが言うより先にシャルルは言葉を続けた。
「でも、王位を継ぐのは自分の感情だけではすまない問題だろ?」
その質問にわたしは答えられなかった。
庶民のわたしに、王族の後継者問題なんてよくわからない。
だが、それが自分だけの感情でどうにか出来る問題ではないことはなんとなく理解できた。
「とりあえず、王家について教えてもらってもいい?」
何もわからないのが不安で、尋ねる。
情報社会に生きていたわたしは情報の重要性をよく知っている。
詳しい話を聞きたかった。
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