第15話 第二章 5 <<事実確認>>
食事が終わっても、ユリウスはわたしの世話を焼きたがった。
それは単にブラコンだからではない。
ほんの数時間前までシャルルは死にかけていた。
呪いは封じられ熱は下がったが、ユリウスは安心出来ないらしい。
何度も熱がないか、額に触れたがる。
不安が心を満たしているようだ。
そんなユリウスの気持ちは嬉しい。
わたしは抗うことは出来なかった。
それをいいことに、ユリウスは嬉々としてわたしの世話を焼く。
最近避けられていたことへの反動もあるようだ。
シャルルは構われるのがウザい年頃で、最近歯ユリウスにちょっと冷たい。
それがユリウスは寂しかったようだ。
わたしはおばさんなので、美少年に世話をされるのは悪い気はしない。
ユリウスの好きにさせた。
楽しくなって、ちょっと甘えてみる。
ぎゅっと抱きしめられて驚いた。
(えっ?!)
貴族はあまりスキンシップを取らないようなので、戸惑う。
家族でもハグは滅多にしないようだ。
少なくとも、シャルルの記憶の中にはない。
抗うべきなのか迷っていると、いい匂いがした。
美少年は匂いまで美しい。
そんなくだらないことを考えていると、ユリウスの身体が微かに震えていることに気づいた。
泣いているようにも見える。
「無事で本当に良かった」
そんな呟きが聞こえた。
ユリウスは涙ぐんでいる。
わたしは相当危険な状態だった。
シャルルが自分の魂を半分犠牲にして助かろうとしたことからも、切羽詰った状況だったのがわかる。
ユリウスは腕の中にわたしの身体を抱きしめ、無事であることを実感していた。
わたしはそっと、その旨に顔を寄せる。
トクトクと鼓動の音が聞こえた。
そこに嘘はないとわたしは信じたい。
わたしを狙う理由はユリウスにもあるが、さすがに家族は疑いたくなかった。
小さなため息が無意識に口からこぼれる。
「疲れたかい?」
それに気づいたユリウスが心配そうにわたしを見た。
「少し」
わたしは頷く。
疲れたというよりは眠かった。
満腹になったせいかもしれない。
ちらりと脳裏に睡眠薬という言葉が過ぎったが、さすがにそれは穿った見方をしすぎだと自分で否定した。
人を疑うということはとても疲れる。
心も身体もくたくただ。
「そうか。では、私は失礼するとしよう」
ユリウスは部屋を出て行く。
自分がいたら気が休まらないことはわかっていた。
心密かに、一緒に寝るとか言い出したらどうしようと思っていたわたしは心の中でほっとする。
貴族は生まれた時から自分の部屋とベッドを与えられるので、兄弟と一緒に寝たことはない……ということになっていた。
だが実は子供の頃、一人が嫌な時はマクシミリアンのベッドにシャルルはこっそり潜りこんでいた。
マクシミリアンは何も言わずに黙って側に居させてくれるので、居心地が良い。
そのことをユリウスは知らないはずだ。
知られたら面倒なので内緒にしている。
「何か変わったことかあれば、直ぐに知らせるように」
ユリウスはラルクに言い残した。
ちらりとラルクを見る。
わたしはラルクにフラグの気配を感じていた。
シャルルが信頼している数少ない他人で、小さな頃から側にいる。
公爵家に仕えていることはラルクにとっても利益があり、裏切ることはないと誰もが思っていた。
でもだからこそ、わたしは怪しむ。
実は恋に盲目なタイプで、ユリウスのためにと暴走したとかありそうで怖かった。
その場合、ユリウスが黒幕という可能性もある。
その可能性を潰しておきたくて、さっきユリウスに触れてみた。
心は嘘をつけても、身体は案外正直だ。
泣かれて驚いたが、あれは演技ではないと信じたい。
シャルルへの溺愛は偽りとは思えなかった。
あれが演技だとしたら、シャルルではなくわたしが立ち直れないだろう。
人間不信に陥り、誰も信じられなくなりそうだ。
(さて、どうすればラルクのフラグを折ることが出来るのだろう)
わたしは考え込む。
できれば、ラルクが術者でなかった場合にしこりが残らない方法を取りたかった。
ラルクに専属をやめられるのはいろいろ困る。
だが、そんな都合のいい方法なんてあるわけない。
時間をかければなんとかなるかもしれないが、わたしは時間を無駄にするつもりがなかった。
シロクロつけるなら早い方がいい。
(うーん)
何も思い浮かばなかった。
そもそも、わたしの中にある嘘を見抜く手段なんて、嘘発見器くらいしかない。
そんなものはこの世界には存在しないだろう。
マイクロジェスチャーで感情を読み取ることも出来るそうだが、わたしにそんな専門的な知識はなかった。
結果、回りくどく策を弄するのは諦める。
こういう時は正面突破だと開き直った。
曖昧な表現は互いに誤解を生む可能性があるから避けると決める。
だが覚悟を決めたわたしをシャルルが止めた。
<正気か? ラルクが術者じゃなかったらどうするつもりなんだ?>
今まで黙っていたくせに、煩い。
都合がいい時だけ出で来るなとぼやいた。
(その場合は謝るわよ。疑ってごめんなさいって、ちゃんと頭を下げるわ)
わたしの返事にシャルルは呆れた。
<アヤは前世で50年も生きて、一体何を学んだんだ?>
耳が痛いことを言われる。
特には何も――そう馬鹿正直に答えるつもりはなかった。
(自分にとってはすごく大変で大きな問題でも、他人からみたら些細なことだったりするってことかな)
代わりにそれっぽいことを言う。
哲学的なことを口にすると、すごく考えている人みたいになった。
<どういう意味?>
シャルルは聞き返す。
わたしは出来るだけわかりやすいように説明した。
(子供の頃って世界が狭いから、一つのことがすごく大きく感じられ、とても重いのよ。でも大人になるとそれって案外たいした問題ではなかったことに気づくの。対処する方法はたくさんあって、自分ひとりでは無理なら助けを求めたって、逃げたって良かったのだと。間違えたら謝ればいいし、命があるかぎり人生はやり直すことが出来る。失敗したって、そこで終わりにはならないの。3回死んだらゲームオーバーになるゲームとは違うのよ)
わたしの言葉をシャルルは黙って聞いている。
理解したのかしていないのかわからないが、何も言わなかった。
腹を括って、わたしはすっきりする。
わてしは夢想かではないから、全ての人と仲良く出来るとは思っていない。
相容れない相手はどこにでも一定数いるものだ。
そういう人間とは距離を置くしかない。
ラルクがそうでなければいいとわたしは願った。
「ねえ、ラルク」
呼びかける。
「なんでしょう?」
ラルクは返事をした。
こちらを見る。
なんて問おうか一瞬迷って、すばり聞いた。
「僕を呪ったのは、君なの?」
尋ねる。
「……」
ラルクはびっくりしていた。
予想外だったのは質問の内容なのか、直球すぎるわたしの問いかけなのか、判別が出来ない。
「その質問に答える前に、私からも一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」
質問に質問が返ってきた。
驚いていたラルクはもう平静さを取り戻している。
(あまりよろしくないかな)
心の中でわたしは言い返した。
だが本当にそう言えるわけがない。
「いいよ」
わたしは頷いた。
12歳男子っぽく返事をする。
それが成功しているかどうかはよくわからないけれど。
「ありがとうございます」
ラルクは礼を言った。
しかし言葉とは裏腹にその目は厳しい。
背筋がぞくりと冷たくなった。
「あなたは誰ですか? シャルル様はどこですか?」
質問の内容に、心臓が止まりそうになる。
動揺を見せなかった自分を誉めてやりたかった。
前世で長く生きた分、平静を装うのは上手い。
「僕は僕だよ。シャルルだ」
自分でも嘘っぽいなと思いながら、言い張った。
「いいえ。シャルル様ではありません」
ラルクは否定する。
「……」
「……」
沈黙が二人の間に流れた。
<ちょっと、シャル。どうすればいいの?>
わたしは思わず、助けを求める。
<僕に聞かないでよ>
シャルルは無視しなかったが、助けてもくれなかった。
<今、シャルルなのはアヤなんだからアヤの好きにすればいい>
そう言われてしまう。
(それなら、好きにさせてもらおう)
わたしは開き直った。
「どうして、そう思うの?」
ラルクに理由を尋ねる。
「シャルル様は初めての方にお会いすることはありません。警戒心が強く、相手の身元がはっきりするまで自分の近くに寄せることは絶対にないのです」
ラルクは言い切った。
やはりあの時に疑われたらしい。
最初からミスしていたようだ。
ラルクの表情が変わったことに気づいたのに、何も言われなかったのをいいことに流してしまったことを後悔する。
もっとも、フォローのしようはなかった。
睨むようにラルクはわたしを見る。
そこには怒りさえあった。
わたしがシャルルの身体を乗っ取ったと思っているのかもしれない。
その誤解は解かなければならなかった。
「わたしもシャルルよ。正確には、シャルルの前世の意識という言い方が正しいけど」
わたしは正直に打ち明けた。
無理に男の子っぽい口調を使っていたのも、戻す。
この方が話しやすかった。
ラルクが敵である場合、情報を流すのは不味い。
だがどうせ簡単には理解出来ないだろう。
予想通り、ラルクは訝しい顔をした。
「どういう意味ですか?」
首を傾げる。
「その前にこちらの質問に答えて。あなたが呪いをかけたの?」
わたしは真っ直ぐにラルクを見た。
ラルクもわたしを見返す。
「何故、私を疑うんですか?」
ラルクは尋ねる。
「火の属性を持っているから」
その言葉に、ラルクの眉はぴくりと動いた。
「呪いは火の属性なんですね」
わたしの言いたいことを理解する。
話が早くて助かった。
「私ではありません。私にはシャルル様に呪いをかける理由がございません」
ラルクは静かに首を横に振る。
「そう? わたしがいなくなればユリウス兄さまが跡継ぎになる。ユリウスのためにわたしが邪魔になったとかあるんじゃない? だって、ラルクはユリウス兄さまのことが好きでしょう?」
聞いたら、ラルクが動揺した。
感情を押し殺した表情が崩れ、焦っているのがわかる。
「そっ、そんなことありません」
慌てて否定するが、それは逆効果だ。
わたしの勘が正しかったことを証明してしまう。
(やっぱり)
わたしは心の中で呟いた。
シャルルは無言になっている。
慌てっぷりをみると、ラルクは悪い人には思えなかった。
「落ち着いて」
わたしはラルクを宥める。
「ラルクがユリウス兄さまを好きなことは、正直、わたしにはどうでもいいことなの。責めるつもりも咎めるつもりもないから、落ち着いて。ただ一つ、呪いをかけたのが自分でないというなら、それを証明してほしい」
わたしの言葉にラルクは眉をしかめた。
自分でも無理なことを言っているのはわかっている。
だが、わたしが知らない何らかの方法があるのかもしれない。
それに賭けてみることにした。
「それは……」
ラルクは困る。
(無理か)
わたしは残念に思った。
だがもともとそれほど期待はしていない。
他に何かラルクが敵ではないと証明する方法があるかなと考えた。
しかし、ラルクの言葉はまだ続きがある。
終わっていなかった。
「シャルル様ならわかるのではないですか?」
そう言われる。
「え?」
わたしは目をぱちくりと瞬いた。
意味がわからない。
説明を求めた。
それによると、魔力は人それぞれ違いがあるらしい。
わかりやすく例えるなら、指紋のようにものだ。
誰でも持っているのに、同じものは二つない。
属性が同じなら似ているが、それでもまったく同じではなかった。
もっとも、違いを判別できるのは相当に魔力が強い者だけらしい。
シャルルなら可能ではないかとラルクは言った。
「なるほど」
わたしは納得する。
判別が出来るならとても助かる。
試してみる価値はあると思った。
「それって、わたしがラルクの魔力に触れないと駄目よね?」
わたしは確認する。
「はい。お手をお貸しください。その手に私が魔力を流します。その魔力を確認してみてください」
ラルクは頷いた。
「……」
わたしは考え込む。
「魔力を流すって普通のことじゃないよね?」
気乗りしなかった。
あまりいいことではないような感じがする。
「普通はいたしません」
ラルクは正直に答えた。
「そんなことして、大丈夫なの?」
わたしは不安になる。
小心者なので、リスクのあることはしたくなかった。
「命に別状はありません」
ラルクは言い切った。
しかしそれは裏を返せば命は無事だがリスクはあるということだろう。
しかし、他に方法があるとも思えなかった。
「わかったわ」
わたしは覚悟を決める。
手を差し出した。
ラルクはその手を掴んで、魔力を流す。
赤い霧のようなものがラルクの身体から滲み出て、掴まれた手を伝ってわたしの方へ来た。
「?!」
背筋がぞわっとする。
それはなんとも嫌な感覚だった。
異物が自分の中に浸入しようとしているのがわかる。
わたしはばっと手を引いた。
赤い霧はすっと消える。
気持ちが悪くなって、わたしは口元を手で覆った。
「うー……」
唸る。
「大丈夫ですか?」
ラルクは心配そうにわたしの背を擦った。
わたしはそんなラルクをちらりと見る。
わたしの中を満たしていた呪いの魔力とラルクの魔力は別ものだった。
呪いをかけたのはラルクではないことが判明する。
そのことにわたしは安堵した。
「違った」
結果をラルクに伝える。
ラルクは安堵するより、驚いていた。
「本当に判別ができるのですね」
自分が言ったのに、本当に出来るとは思っていなかったらしい。
「出来ないかもしれないのに、やるように勧めたの?」
わたしは口を尖らせた。
「いいえ、出来ると信じておりました。ですが、出来る人はほとんどおりませんので……」
期待はしていなかったが、やらせてみたということらしい。
「いい性格しているわね」
わたしは苦笑した。
だが、嫌いではない。
意外と気が合うかもしれないと思った。
「私の無実が証明されたようでなによりです。次は先ほどの私の質問に答えていただけますか?」
ラルクは真っ直ぐにわたしを見つめる。
「わかった」
わたしは自分の状況を説明した。
簡単に理解出来る内容ではない。
自分でもややこしいと思った。
だが、ラルクは黙ってわたしの言葉を最後まで聞く。
話が終わった後、少し考える顔をした。
「つまり、シャルル様の別人格と考えればいいのですか?」
問われて、それが一番わかりやすい例えだと気づく。
この世界に、多重人格という概念があるかどうかは知らないけれど。
「そんな感じね。ちゃんとシャルルも私の中に居るわよ。でも呪いが解けないから出て来られないの」
わたしの説明にラルクは一定の理解を示した。
だが、その顔は曇ったまま晴れない。
何か心配があるようだ。
「一つ、お聞きしてもいいですか?」
ラルクはちょっと言いにくそうにわたしを見る。
わたしは先を促した。
「呪いが解けたらシャルル様に身体を返していただけるのですよね?」
その質問にわたしは「もちろん」と頷く。
この身体はシャルルのものだ。
シャルルが動かすのが道理にかなっている。
「その時、ご自身はどうなるのですか?」
ラルクに心配された。
そんなこと気にしてくれるとは思わなかったので、ちょっと嬉しい。
「わたしは眠りにつくんじゃない? そもそも私の人生はすでに終わっている。この身体を乗っ取って、第二の人生を送ろうなんて思っていないわよ」
ラルクに答えると、シャルルがわたしの中でぴくりと反応した気がした
「それでいいのですか?」
ラルクは小さく眉をしかめる。
「いいも悪いも」
わたしは笑った。
「シャルルの人生はシャルルのもので、それが前世の自分でも干渉するべきではないわ」
きっぱり言い切る。
「そうですか」
ラルクは納得した。
ゆっくりと瞬きを一つして、何かを決意する。
「では、今後の方針をお聞かせください。私も出来る限り協力をいたします」
思いもしないことを言われて、戸惑った。
「わたしがシャルルてなくても、いいの?」
わたしは尋ねる。
「シャルル様でもあるのでしょう?」
ラルクは真っ直ぐな目で私を見た。
「そうね」
わたしは頷く。
「今後の方針は、呪いをかけた人物を見つけ出して、殺すか呪いを解かせるかします」
答えると、ラルクはニッと口の端を上げた。
「では、明日はちょうど良いと思います」
そんなことを言う。
「明日はシャルル様が臥せっていることを聞いた方々が見舞いに訪れます。その中に火の属性をお持ちの方もいます」
意味深な眼差しにわたしは苦笑する。
「その中に犯人がいるかもしれないの?」
尋ねた。
「可能性はあります」
ラルクは頷く。
(シャルルより役に立つな)
わたしが心の中で呟くと、<聞こえているよ>とシャルルの憮然とした声が響いた。
だがそこの声はちょっと嬉しそうに聞こえる。
ラルクの疑いが晴れたからかもしれない。
「ラルク。私を裏切らないと約束して」
私は誓いを求めた。
「もちろんです」
ラルクは返事をする。
こうして一人、味方が出来た。
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