第13話 第二章 3 <<子宝の種>>





 二人の兄との面会を終えて、さすがにわたしも疲れてしまった。

 予想外のことが多くて、頭の整理が追いつかない。

 鬼や悪魔に会うなんて、この世界でも滅多にない経験もした。

 わたしの中シャルルも疲れているのを感じる。


「疲れた」


 ため息を吐いた。


「お休みになられますか?」


 ラルクに問われる。

 わたしはちらりとラルクを見た。

 シャルルの専属であるラルクは基本、わたしの側にずっといる。

 それが仕事なのはわかっているが、少々鬱陶しかった。

 わたしとしては一人になりたい。

 だが、シャルルはラルクを気に入っていた。

 ラルクは穏やかで優しく、忠誠心が厚い。

 警戒心の強いシャルルも信頼を寄せていた。


「そうします」


 わたしは頷く。


「でもその前に父の書斎から本を取って来てください」


 お願いした。

 持ってきて欲しい本のタイトルを告げる。

 本棚のどこにあるのかも知っているので、だいたいの場所を教えた。

 前世のわたしも読書が趣味だったが、シャルルも本が好きらしい。

 シャルルの記憶には本に関することもたくさんあった。

 外出を控えて他者と関わることを避けていたから、本を読んで時間を潰していたのかもしれない。

 そう考えると切ないが、可哀想なんて言葉は他の誰が言っても私だけは口にしてはいけないと思った。

 シャルルは決して、不幸ではない。


「かしこまりました」


 ラルクは一礼して、部屋を出て行った。

 さほど待たされることもなく、戻ってくる。

 なかなか有能なようだ。

 わたしは本を受け取り、パラパラと中を見る。

 自分が読みたかった本であることを確認した。

 わたしの中にあるシャルルの記憶は間違っていない。


「ありがとう」


 わたしは礼を言った。


「少し横になるから、食事の時間になったら起して」


 部屋から出て行くよう、ラルクを促す。


「では、夕食の前にまいります」


 約束して、ラルクは部屋を出て行った。

 ドアが閉まるまで、わたしはその背中を見送る。

 パタン。

 静かな音と共にドアが閉まり、わたしは一人になった。


「はあぁぁぁ」


 大きく息を吐く。

 張り詰めていた気を抜いた。

 ごろんと横になる。


「疲れた~。いろんなことが一気に起こりすぎて、わけがわからない」


 ぼやいた。


(そもそもこの世界の人間のことさえよくわかっていないのに、鬼とか悪魔とかキャパオーバーだから)


 足をばたつかせる。

 たった数時間で溜まりまくったフラストレーションを身体を動かすことで発散させた。


<行儀が悪いっ>


 シャルルに叱られる。


(誰も見ていないから平気よ)


 わたしは反論した。

 手足を伸ばして大の字になる。

 大きく伸びをし、深呼吸を繰り返した。

 少しだけ気持ちがリフレッシュする。


「よしっ」


 掛け声と共に、がばっと起き上がった。

 持ってきてもらった本を手に取る。

 疲れていても、ストレスが溜まっていても、やらなきやいけないことはやる。

 わたしは夏休みの宿題を7月中に終わらせるタイプだ。

 後回しにしたくない。

 今、わたしにとって何より重要なことはこの世界のことを知ることだ。

 そのために本を持ってきてもらう。

 シャルルに説明してもらってもいいのだが、自分で読んだ方が早そうだ。

 この世界には子供用にわかりやすく書かれたこの世界についての本がある。

 6歳を過ぎた子供はこの本で世界のことを学ぶらしい。

 学習用の本だが、貴族仕様で本には立派な装丁がついていた。

 百科事典っぽい。

 わたしは枕を背凭れにして、寄りかかった。

 本を開く。

 正直、読めるかどうかは賭けだった。

 言葉は聞き取れて理解できても、書かれている文字が判読できるとは限らない。

 ドキドキしながらページを捲ると、ちゃんと読めた。

 意味が理解出来ることに安堵する。


 そこには冒頭から衝撃的な内容が書いてあった。


 この世界の人間は種で生殖するらしい。


(子宝の種ってなんだ?)


 わたしは興味津々で本を読み進めた。

 本には夫婦が番うと子宝の種が一つ貰え、子供はその種が芽吹いて成長した木に実となって生るとある。

 桃太郎が桃の実から生まれたように、子宝の種の木になった実の中に赤ん坊がいるらしい。


(桃太郎を知っているからイメージできるけど、こんなの、普通に読んだら理解不能よね)


 わたしは苦笑を浮かべた。

 異世界は予想をはるかに超えた不思議世界らしい。

 この世界では小さな子供が親に赤ちゃんはどこから来るの?と聞いたら、木になるのよと教わるのだ。

 それが真実であることがすごい。

 コウノトリが運んでくるとかキャベツ畑のキャベツの中から生まれるとかの誤魔化しとは違う。


「異世界、奥が深いな~」


 わたしは妙な関心をした。

 本には種の植え方まで書いてある。

 種の表面に傷をつけ、そこに夫婦は互いの血を注ぐ。

 魔力を持った2種類の血を吸うと種は芽を出し、吸った血の遺伝子情報を種は取り込む。

 芽は一年かけて木になり、遺伝子情報は木に生った実の中にいる赤ん坊に引き継がれるという仕組みだ。

 こうして、血を注いだ夫婦の子供が生まれる。

 木には実が1個から5個くらい生るようだ。

 複数の実が生っても全ての実に子供がいるとは限らない。

 中が空洞の実もあるそうだ。

 そして、熟す時期は実によって違う。

 同じ木に生った兄弟に年の差が生まれるのは、熟した時期が違うからだ。

 実は熟すと地面に落ちる。

 子供が生まれるのはその地面に落ちた実からだけだ。

 中が空洞の実は木に生ったまま木と共に枯れてしまう。

 子宝の種の木は赤ん坊の入った実をすべて地面に落すと、一日で枯れて元の種に戻る。

 その種は国に返さなければならなかった。

 種がもらえるのは人生で一度きりで、同じ夫婦が二度もらえることはないし、再婚の場合も種は貰えない。

 唯一の例外は国王で、国王だけは種を3つ与えられた。

 第三夫人まで娶ることが出来る。

 それにはこの国で一番強い魔力を持つ国王の血族を増やすという目的があった。

 魔力増強は国の最も重要な国策らしい。


 ちなみに、種に注ぐ血は魔力を持っていれば性別は関係ないようだ。

 重要なのは魔力を持っているというその一点だけで、男女でも男同士でも女同士でも、どんな組み合わせでも子供は生まれる。

 だからこの国の恋愛や結婚は性別を問わないのだ。

 貴族では男女の結婚が多く、平民では逆に同性同士の方が多いらしい。

 平民に同性婚が多いのは、男女の寿命の差に関係しているようだ。

 自分の半分しか生きられない相手との結婚はその後の人生を考えると選び難いのだろう。

 子宝の種は一度しかもらえないので、簡単に離婚や再婚は出来ないようだ。

 わたしの前世に比べると、結婚に対する真剣さが違う気がする。

 嫌になったら別れればいいなんていう安易な考えはここには存在しない。

 そして寿命が違うというリスクのある男女婚が貴族に多いのは、男女の間に生まれた子供の方が強い魔力を持つと長い間信じられてきたからだ。

 しかしそれが根拠のない迷信であることはすでに実証されている。

 それでも一縷の望みにかけて男女婚を選択する貴族はいまでも多いようだ。


(髪を伸ばしたり、男女の結婚に拘ったり、貴族は迷信が好きなのね)


 融通が利かないタイプが多いのかもしれない。


<貴族にとって、自分の魔力を高めたり、高い魔力を持つ子供を得ることはそれだけ重要ということだ>


 ずっと反応がなかったシャルルに反論される。

 突然話しかけられて、わたしは驚いた。

 休んでいると思っていたが、違うらしい。

 だが、いるなら聞きたいことがあった。


(この書き方だと、番の血は魔力を持っているなら必ずしも人間でなくてもいいということだよね?)


 説明を読んでいて引っかかったことを尋ねる。


<……>


 シャルルは黙り込み、無視した。


(Heyシャル、答えて。人と鬼の番でも、子供は生まれるんじゃない?)


 スルーするシャルルをわたしはせっつく。

 空気を読んで逃がすつもりなんて、さらさらなかった。


<……そうだ>


 シャルルは諦めたように、返事をする。


<鬼と人の間でも、子供は生まれる。だから、鬼族は人間と国交を持ち、友好的関係を維持しているんだ。そうしなければ、衰退するから>


 説明してくれたが、わたしは首を傾げた。


(何故、鬼族は人と関係を持たないと衰退するの?)


 尋ねる。


<自分で本を読め。その本に書いてあるはずだ>


 もっともなことを言われた。

 横着しようとしたことを叱られる。


(そうします)


 わたしは素直にそう言い、鬼のページを探した。

 だいぶ後ろの方にある。

 先にそちらを読むことにした。


 鬼族の国はこの国の東に位置し、国土は五分の一程度らしい。

 それは鬼の国が小さいのではなく、この国が広大なのだ。

 4大氏族が国を治め、当主はその4氏族の中から話し合いで選ばれる。

 鬼の数はこの国の人口の二十分の一にも満たなかった。

 どうやら、6つの種族の中で人類は飛びぬけて数が多いらしい。

 他の種族と比べて極端に寿命が短いが、その分繁殖力が強く、数の勝負に出たようだ。

 鬼の寿命は3000年ほどで長命だが、繁殖力は弱い。

 子供は女の腹から生まれ、生殖は男女の間でのみ行われた。

 しかしこの生殖に問題がある。

 鬼の女性は子を産むと、子に自分の魔力を全て渡し、自分は力を失った。

 命が尽きることも多く、出産可能なのは一生に一度しかない

 そして一番の問題は夫婦二人の間に生まれる子供が一人だけであることだ。

 それが何を意味するか、前世で一人っ子政策なんて国策を打ち出していた国を知っているわたしに理解するのは容易い。

 もともと少ない鬼の数がさらに減っていく。

 だが解決策がないわけではなかった。

 子宝の種は鬼と人の間にも子を生す。

 鬼の血の魔力にも種は反応した。

 しかし、鬼同士の血では芽が出ない。

 種の発芽条件は人の血であるようだ。

 そこに鬼の血が混じるのは問題ないが、人の血が全くないのは駄目らしい。

 人と混じれば、鬼の血は薄まる。

 だが複数の子供が生まれる可能性があった。

 鬼の当主は悩んだ末、人口の減少に歯止めをかけることを選択する。

 人の国と国交を持ち、鬼と人が結婚できるようにした。

 鬼と結婚しても種がもらえるよう交渉する。

 子宝の種は国にとって大切な宝だ。

 厳重に管理されている。

 他国に持ち出すことは出来なかった。

 そもそも、子宝の種はこの国でなければ木に成長しない。

 他の土地では木にならずに枯れた。

 そして枯れた後も種に戻ることはない。

 種は人にしか扱えず、この国でしか育たなかった。

 当主は人と友好的な関係は築くことにする。

 人よりずっと強い魔力を持ちながら、人を害さないことを誓った。

 むしろ、同盟国として守る立場にある。


「なるほど」


 一通り、鬼についての記述を読んだわたしは世界の仕組みの面白さにわくわくした。

 単純な力勝負では、人は鬼に敵わない。

 人間の身体は鬼よりずっと脆く、魔力も弱かった。

 まともに戦ったら、人に勝機はない。

 だが鬼には人が滅ぶと困る事情があった。

 人の滅亡は自分たちの滅亡に等しい。

 共生が成り立っていた。

 そういう関係は他の種族の間にもあるだろう。

 わたしは気になって、他の種族のページも読んだ。

 天使と悪魔のページはびっくりするほど少ない。

 天使は20人ほどで悪魔は30人ほどしかいないらしい。

 天使は魔力は強いが身体は人間以上に脆く、その代わり死んでも蘇る。消滅しない限り何度も再生し、寿命そのものは1万年と長かった。

 無性で性別はなく、生殖しない。

 悪魔も似たような感じだが、身体は頑丈に出来ていた。

 そして天使や悪魔は魔力を持たない人間を使役している。

 数は定かではないが、天使の国と悪魔の国には魔力のない人間が住んでいた。

 庇護を求めて住みついたのだろう。

 どちらの国も鬼の国よりさらに一回り小さい。

 鎖国状態なので詳細はわからないが、人の数は多くはないようだ。

 書いてあるのはそれくらいで、詳しいことはわかっていない。


(人間にも魔力を持たない者がいるの?)


 わたしはシャルルに問うた。

 この世界の人間はみんな魔力を持っていると思っていたので戸惑う。


<そうみたいだけど、見た目は同じでも僕たちとは違う人種だよ>


 シャルルは答える。

 だが国に引きこもって出てこないので、本当のところは誰も知らないらしい。

 国から出ない理由はなんとなく理解できた。

 この国の人間は魔力を持っているから他の種族に対抗できる。

 魔力のない人類は脆弱なだけの生き物だ。

 食物連鎖では間違いなく一番下になるだろう。

 天使や悪魔に庇護を求めたのは、安全のためだ。

 彼らにとって、国を出ることは命の危険にさらされることでもある。

 国交を断っているのは、もしかしたら天使や悪魔ではなくそこに住む人間なのかもしれない。

 わたしは獣人や鳥人のページも読んだ。

 どちらも魔力を持たない種族だが、その分、強靭な肉体を持っている。

 寿命も1000年と人間より長寿だ。

 かなり特殊な繁殖をするようで、個人的には興味がある。

 だがそれは今、重要な情報ではなかった。

 さらりと読み流す。

 獣人と鳥人の国とは国交があり、農作物の輸出入や商売で頻繁に行き来があるようだ。

 人間の国は広く人口も多いので、いい商売相手なのだろう。

 シャルルの記憶の中にも街を普通に歩いている獣人や鳥人の姿があった。

 ちょっと会ってみたくなる。

 静養すると約束した三日が過ぎたら、外に出てみたいとわたしは思った。


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