第12話 第二章 2 <<悪魔という生き物>>
シークフリートたちと入れ代わるように、マクシミリアンが入ってきた。
悪魔を連れている。
悪魔はボンッキュボンッのグラマラスな女性だった。
ものすごく扇情的な格好をしている。
大きな胸は半分くらい見えていて、歩くたびにふるんと揺れた。
スカートには大胆なスリットが入っていて、ショーツが見えそうで見えない。
(淫魔かな?)
ケバイお姉さんに、わたしは少し引いた。
(さっさと帰ってもらおう)
そう心に決める。
こういう女性は得意じゃない。
苦笑いしながら兄を見ると、なんとも困った顔をしていた。
「兄さま?」
呼びかけると、眉をしかめたままわたしを見る。
「すまない。シャルル」
謝った。
「いい加減にしろ、リューイ。変化を解け」
悪魔を叱る。
(変化?)
驚きながら、わたしは悪魔を見た。
魔力が薄く全身を包み込んでいる。
魔法が発動しているのがわかった。
「何が不満? せっかく、気合を入れて女体化したのに」
リューイは口を尖らす。
声も完全に女性だ。
「何のために女体化する必要があるんだ?」
兄は意味がわからないという顔をする。
「マックスの家族に気に入られたいからだよ」
リューイは当たり前の顔で答えた。
「人間はこういう女が好きだって、聞いた」
両手で自分の胸を下から持って、たぷたぷと揺らす。
(うわぁ。色っぽいのに色気ゼロだ)
心の中で突っ込んだ。
だが、リューイを嫌いになれない。
見た目はケバイが、さばさばとした性格は好感が持てた。
「二人は付き合っているの?」
気になって、わたしは尋ねた。
シャルルらしくないかもしれないが、好奇心が押さえられない。
ジーク兄のことがあったから、なおさらだ。
二人とも、わたしにかこつけて恋人を家族に紹介するつもりなのかもしれないと疑う。
「付き合っているわけがないだろ」
兄は憮然とした顔で否定した。
だがそもそも、兄はこういう顔をしていることが多い。
水の属性を持つ次兄の髪は青かった。
瞳は緑で、一見すると穏やかに見える。
しかしその印象を裏切って、気性は激しかった。
小さい頃から活発で、家にいるより外を走り回っているほうが多い。
平民の子供とも平気で遊び、服を汚してよく叱られていた。
だが乱暴そうに見えて、実は気遣いが出来る。
しかしそれを上手く表現出来ない不器用なところがあった。
一つ違いのジーク兄やユリウス兄には誤解されているところがある。
あまり仲は良くなかった。
だがシャルルには少し年が離れている分、上手く接することが出来るらしい。
兄弟の中ではシャルルと一番仲が良かった。
呪いを受けて倒れた時、シャルルを一番心配したのはマクシミリアンかもしれない。
それは悪魔を連れてくるくらい必死なところに現れていた。
「これから付き合うんだよ。契約したから」
リューイは笑う。
派手な化粧をしていてわかり難いが、顔立ちは綺麗だ。
「よろしくね、シャルル」
近づいて、手を差し出す。
手より、ぶるんぶるん揺れている胸の方が目が行った。
「あの……」
わたしは苦笑する。
「胸、見えそうです」
隠して欲しいと思って言うと、リューイがニッと笑った。
「見たい?」
言葉と共に、ポロンと片方出す。
乳首が見えた。
(ピンクだ)
思わずそんな感想を漏らす。
ケバイ格好のわりに慎ましいと思った。
前世が女性のわたしには胸なんて見慣れている。
動揺もなかった。
だが、わたしの中のシャルルはフリーズしているっぽい。
「リューイっ!!」
兄の怒声が部屋に響いた。
「え? 駄目なの?」
リューイは驚いた顔をする。
出した胸を仕舞った。
「何を考えている」
兄の説教が始まる。
兄が叱られる姿は見慣れているが、兄が説教している姿を見るのは初めてだ。
父に似ている気がする。
怒られているのに、リューイは嬉しそうな顔をしていた。
兄が自分に話しかけてくれるのを喜んでいる。
「うん。うん。ごめんね」
謝っているが、口先だけなのは明らかだ。
兄を見つめる目はうっとりしている。
「兄さま。そのくらいで……」
わたしは止めた。
兄も怒っても意味が無いことには気づいていたのだろう。
叱るのを止める。
「え? もう終わり?」
リューイは残念な顔をした。
「契約したんだ。仕事をしろ」
兄は命じる。
「はーい」
リューイは明るく返事をした。
改めてわたしに近づく。
胸がわさわさ揺れるのを見て、わたしは苦笑した。
「変化を解いてもらえますか?」
頼む。
本当の姿を見たかった。
わたしはリューイという悪魔をけっこう気に入っている。
自由奔放だが、その言動や行動には裏が無いように思えた。
悪魔とは欲望に忠実な生き物だと聞いた事がある。
嘘で本心を隠す人間より、付き合いやすいのかもしれない。
しかし本当の姿がわからないのは嫌だ。
「その方がいいなら」
リューイはあっさり、魔法を解く。
身体を包んでいた魔力が消えた。
しゅうっと張り出ていた身体が萎む。
天使や悪魔に性別はないはずだが、どちらかといえば男性に見えた。
比較的小柄で細身のため、少年という感じがする。
けっこう可愛いかった。
だが、羽も角もない。
見た目は完全に人間だった。
わたしは不思議そうに首を傾げる。
「羽や角はないんですか?」
問いかけた。
「邪魔だから仕舞っている」
リョーイは答える。
声も少年のようだ。
14~5歳くらいに見える。
「こっちの方がずっといい」
心の声が口から出て、わたしは慌てた。
手で口を塞ぐ。
リューイはそんなわたしに微笑んだ。
「そう?」
嬉しそうな顔をする。
誉められたと思ってくれたようだ。
「手、出して」
言われるまま、わたしは右手を差し出す。
その手をリューイは取った。
魔法陣がわたしの手の甲に現れる。
びっくりしていると、リューイも驚いた顔をした。
「もしかして、見えるの?」
問う。
こくりとわたしは頷いた。
「すごいね」
リューイは感心する。
そんな賞賛をシャルルは聞き飽きていた。
魔力の強さは誰でも誉めてくれる。
だがその賞賛にはいつだって裏があった。
自分を利用しようと画策していたり、恐れていたりする。
シャルルはそれが嫌だった。
その気持ちはわたしにも伝わる。
父が連れてきたおじいさんに出て行って欲しいと思った理由は、それだったようだ。
だがリューイには裏がない。
単にすごいと思っていた。
それはわたしの気分を軽くしてくれる。
わたしの中にいるシャルルの気持ちも同様だろう。
リューイの魔法はわたしの身体を包んだ。
だが、それに効果がないことはわたしにはわかる。
それはわたしが呪いを封じているせいかもしれない。
だが、一旦封印を解くという選択は私にはなかった。
リューイの魔法が効く保障はどこにもない。
リスクは取れなかった。
「うーん」
リョーイは唸る。
わたしは苦く笑った。
「無理なのか?」
兄が問う。
「無理とは言わないけど、直ぐには出来そうにない」
リューイは答えた。
その表現は間違いではないとわたしも思う。
同意して、頷いた。
今までの中では一番、可能性を感じる。
(魔力の強さは天使>悪魔>鬼>人というのは本当なんだ)
種族の違う三人に診てもらって、実感した。
「そうか」
兄は目に見えてがっかりする。
肩を落とした。
わたしとリューイは目を合わせる。
二人とも、そんな姿を見たくないという気持ちで通じ合った。
「しばらくここに住むよ」
リューイが宣言する。
呪いを解く方法をいろいろ試すと告げた。
「そうしてもらおう、兄さま」
わたしもリューイの意見に同意する。
「……」
兄は考える顔をした。
わたしとリョーイは兄が決断するのを待つ。
「わかった」
兄は了承した。
リューイの滞在が決まる。
「客間を用意してくれ」
マクシミリアンはラルクに命じた。
「客間なんていらないよ。マックスの部屋がいい」
リューイはラルクを止める。
ラルクは困った顔で、マクシミリアンを見た。
「一緒の部屋なんて、ごめんだ」
マクシミリアンは嫌がる。
「そうはいかない。これも契約だよ」
リューイは譲らなかった。
「そういうのは仕事をしてから言え」
マクシミリアンは痛いところを突く。
「うっ」
リューイは言葉に詰まった。
落ち込んだ顔をする。
「……」
気まずい沈黙が部屋に流れた。
わたしやラルクは兄の顔を見る。
「はあ……」
深いため息がジークフリートの口からこぼれた。
「まあ、いい」
そう呟く。
「特別に部屋に置いてやる。だが、可笑しなことをしたら追い出すからな」
ギロリとリューイを睨んだ。
「わかった」
明るく返事をするリューイはまったくわかっていないとわたしは思う。
それはラルクも同意見のようだ。
目を見合わせて、わたしたちは笑う。
たぶん、これかもリューイはいろいろと騒ぎを起すだろう。
だが、ジークフリートが部屋から追い出すことはないと思った。
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