第7話 第一章 6 <<脳内会議>>





 わたしの中は真っ暗だった。

 そこに、一人の少年がいる。

 シャルルだと一目でわかった。

 彼だけ光っている。

 ガラスに映した顔より、実物(?)はもっと美少年だ。


「うわっ。可愛い」


 思わず、呟く。

 肌が抜けるように白く、動くお人形そのものだ。


「自分に向かって、言う?」


 シャルルは呆れる。


「ああ、そうか。わたしなのか」


 わたしは苦笑した。

 だが、自分と顔を会わせることなんて普通はないのだから、目の前にいるのが自分だという認識を持てというのは無理がある。

 それに、目の前のシャルルはわたしとはちょっと違う気がした。


「ところで、なんで顔が真っ黒なの?」


 シャルルは不思議そうにわたしに尋ねる。

 意味がわからなくて説明を求めると、どうやら私の姿は真っ黒でかろうじて人の形を保っている状態らしい。

 不安定で、うねっているように見えるそうだ。


「あー、それはたぶん……」


 わたしは苦笑する。

 実はわたしはシャルルに合わせて、自分も同じくらいの年の姿になろうと思った。

 小学生くらいの男の子と死んだ時の自分の姿では、二人きりで話をすると犯罪臭が漂う気がする。

 誰に見られるわけでもないが、わたしは小心者なのでそういうのが気になった。

 同い年なら問題ないだろうと、12歳の自分を想像する。

 だが、昔過ぎて思い出せなかった。

 黒くて不安定なのはそのせいだろう。


「ああ、でもそうか」


 わたしは一人で納得して、自分の姿を目の前にいるシャルルでイメージした。

 ただし、紛らわしいので少し変える。

 まず、髪を黒ではなく淡いピンクにした。

 ふわふわな猫っ毛には黒よりピンクの方が似合うだろう。

 ついでに、肩より長いロングにする。

 性別を女性にして、服はドレスに変えた。

 イメージはロリータファッションだ。

 レースやリボンがたくさんついて、ヒラヒラしている。

 目の色は左右で違うままだが、向かい合った状態のシャルルと同じにしたので、左右の色が逆になっているはずだ。

 わたしは姿見を出して、自分の姿を確認する。

 完璧な美少女がそこにいた。

 シャルルは超絶美少年だが、少女になってさらに可愛さがパワーアップしている。


「どうよ!!」


 わたしは自信満々にシャルルに感想を求めた。

 だが、期待通りの反応は返って来ない。


「……」


 シャルルはただ絶句していた。


「女の子になっても十分可愛いでしょ?」


 わたしはめげずにさらに問う。

 可愛いと言いなさいという無言のプレッシャーをかけた。

 こんな美少女が自分だなんて、楽しくて高笑いしてしまいそうになる。

 だが、さすがにシャルルに引かれると思って止めた。

 自分に引かれるのは避けたい。


「なんでそんなに自由に変えられるんだ?」


 シャルルは困惑したようすで尋ねた。

 浮かれているわたしを呆れているのだと思ったら、違ったらしい。


「自分の脳内なんだから、なんだって自由でしょ。想像力は無限よ」


 わたしはそう言うと、鳴らない指をぱちんと鳴らす真似をした。

 自分が出来ないと思っていることは、ここでも出来ない。

 指を鳴らせないわたしの指は鳴らなかった。

 だがその鳴らない音に合わせて、真っ暗な何もない空間が野原に変わる。

 緑の絨毯には花が咲き乱れ、近くには小川が流れていた。

 遠くの方には虹もかかっている。

 自分が思い浮かべた綺麗な風景が広がった。

 天気がよく、日差しが暖かく降り注いでいる。


「何をした?!」


 シャルルは目を見開いて尋ねた。


「真っ暗な中で話をしていたら、気が滅入るでしょ? どうせなら、綺麗な景色の中でお話しましょうよ」


 わたしはにこりと笑う。


「……確かに」


 わりと簡単にシャルルは納得してくれた。

 そういうところはわたしだなと思う。

 わたしは椅子とテーブルも出した。

 お茶とお菓子も用意する。


「まるでお茶会だな」


 シャルルは笑った。

 その顔は嬉しそうに見える。

 実は真っ暗な中にいて、気持ちが落ち込んでいたのかもしれない。


「あー、可愛い。シャルルがそんな風に笑ってくれるなら、お姉さんいくらでも頑張れちゃうわ」


 わたしが本音をそのまま口にすると、シャルルは声を上げて笑った。


「その言い方、おばさんぽいよ」


 さらっと失礼なことを言う。


「おばさんだから、仕方ない」


 わたしは素直に受け入れた。


「いくつだったの?」


 シャルルは尋ねる。


「女性に年を聞くのは失礼よ」


 わたしは笑いながら怒った。

 本気で嫌なわけではない。


「もう直ぐ、50歳」


 死ぬ前の年齢を答えたら、シャルルはびっくりして目を丸くした。


(あら、失礼ね)


 わたしは心の中で苦笑する。

 だが、シャルルが驚いたのはわたしの思ってもいない理由からだった。


「50歳はこの国の女性の平均寿命だよ」


 その言葉に、今度はわたしが驚く。


「そんなに短命なの?」


 まるで江戸時代以前の話だ。


「女性はね。男性は100歳くらい」


 シャルルはさらに驚くことを言う。


「何でそんなに寿命が違うの?」


 男女で倍も寿命が違うなんて、異常だ。

 だがその話をいて、女性の姿を見かけなかった理由をなんとなく理解する。

 人生50年なら、女性には働くよりもっとすることがありそうだ。

 この国にはワーキングウーマンなんていないのかもしれない。


「最初にその話から聞きたい?」


 シャルルは確認した。

 わたしははっとする。

 聞きたいことはたくさんあった。

 だが、時間はどのくらい取れるかわからない。

 誰かに揺り起こされたら、強制的にわたしの意識は現実へ引き戻されるだろう。

 優先順位をつける必要があると思った。


「ううん」


 わたしは首を横に振る。


「最初に、自分のことを知りたい。今のこの状況についても。次に、家族のこと。それから、この国や社会のこと」


 わたしは言いながら指を折っていった。


「わかった」


 シャルルはわたしの答えに満足な顔をする。

 わたしはシャルルと上手くやっていけそうだと思った。


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