第8話 第一章 7 <<自分のこと>>





 シャルル・アルスロットはアルスロット公爵家の4番目の息子として生まれた。

 黒髪の肌が抜けるように白いとても可愛い男の子で、左右の瞳の色が違うことは人目を引いたが、それを悪しく言うものはいなかった。

 両親にもジークフリート・マクシミリアン・ユリウスの三人の兄にも溺愛されて育つ。

 公爵家はとても裕福で、シャルルは幸せな男の子だった。

 しかし、6歳の時にその状況は一変する。

 この国では6歳から平民も貴族も教育を受ける。

 平民は学校に通い、貴族の子弟は自宅に家庭教師を呼んで学習することが義務付けられていた。

 その時、全ての子供は魔力検査を受ける。

 この国の民は皆、強弱の違いがあっても魔力を持っていた。

 魔力検査ではその属性を調べ、強さをランクづけして登録する。

 この国では魔力の強さが何より重視された。

 それは国を守るために必要な力である。

 この世界に住むのは人類だけではなかった。

 魔力を持つ天使・悪魔・鬼と、魔力を持たない代わりに強靭な肉体を持つ獣人・鳥人がおり、人を含めると6つの種族がいる。

 軟弱な身体を持ち、他の種族に比べるとずっと短命な人類は魔力が強くなければ他の種族に対抗できなかった。

 そのため、国王も王族の中で一番力が強いものが選ばれる。

 シャルルの魔力検査の結果は国王たちを悩ませるものであった。

 6つの属性の魔力を全て持ち、ランクづけけ出来ないほど力が強い。

 それは国王の力をはるかに越え、もっとも強力な魔力を持つはずの天使や悪魔さえ凌駕していた。

 その上、シャルルはただの貴族ではない。

 王族の血を引いていた。

 シャルルの父は先王の長男で、現国王は弟になる。

 弟が王位についた時、父は臣下に下った。

 だが、王族の血がシャルルに流れていることはみなが知っている。

 当然のように、次の王位はシャルルが継ぐべきだという意見が生まれた。

 だがそんなことをアルスロット家もシャルル本人も望んでいない。

 臣下に下った身でもう王族ではないと父は主張したが、その意見を聞き入れる者は少なかった。

 シャルルの身辺は急に騒がしくなる。

 そしてそれは最終的に母の命を奪うことになった。

 その日のことを、話を聞いたわたしは思い出す。

 街中で襲われ、息子を庇って母は亡くなった。

 他にも巻き添えを食って亡くなった貴族の女性がいる。

 怒った父はすべての役職を辞して、登城を止めた。

 国政との関わりを全て断つ。

 それが良かったのか、その後はとりあえず穏やかな日々が続いていた。

 このまま何もなく過ごせればいいと家族は願う。

 だが心のどこかで、それが無理なこともわかっていた。

 そして12歳の春、シャルルは呪いを受けて倒れた。




 ここまでの話を、シャルルは一気に説明してくれる。

 わたしは黙って話を聞いていた。

 記憶が繋がる。

 母のこともユリウス以外の兄たちのことも思い出した。

 母を失った時の痛みも蘇ってくる。


(わたしのせいだ)


 わたしは青ざめた。

 シャルルの不幸の原因は、強すぎる魔力に起因している。

 その力を願ったのは、わたしだ。

 自分が次に生きる世界で、誰より強い力が欲しいと女神に頼んだことを忘れるはずがない。

 それは自分や家族や誰かを守るためだった。

 しかしその力がシャルルと家族を苦しめている。

 強すぎる力は軋轢を生む。

 わたしはそれを知っていたはずなのに、望んでしまった。

 なんて浅はかだったのだろう。

 単純に、強い力を持っていれば誰かを救えると考えてしまった。

 しかし実際はシャルルから母親を奪い、家族を不幸にしたに過ぎない。


 こんなはずではなかった――


 そんな言い訳、出来るはずもなかった。


「ごめんなさい」


 わたしは頭を下げる。

 胸が罪悪感で潰れそうだ。

 謝らずにはいられない。

 黙っていることが出来なくて、シャルルの力が強すぎるのは自分のせいだと打ち明けた。

 女神(?)さまとの会話を話す。

 シャルルは12歳とは思えないくらい落ち着いた態度で黙ってわたしの話を聞いていた。


「わたしが強い力なんて望まなければこんなことにはならなかったかもしれない」


 謝ることしか出来なくて、わたしは頭を下げ続ける。


「……」


 シャルルは何も言わなかった。

 わたしは頭を下げたまま、顔を上げられない。

 気まずい沈黙が流れた。

 はあ、とシャルルは大きなため息をつく。


「頭を上げて」


 そう言った。


「自分で自分を責めても、虚しいだけでしょ?」


 その言葉に、わたしはそっとシャルルの顔を見る。

 シャルルは仕方ないという顔をしていた。

 でも美少年はそんな顔をしていても美しい。

 思わず見惚れそうになって、自分を戒めた。


「恨みがましい気持ちが全くないと言ったら嘘になるけど、この力があったから呪いから助かったとも思っている」


 シャルルは小さく笑う。


「そう言えば、この状況はなんなの?」


 わたしは自分が置かれている今の状況の説明を求めた。

 ここが自分の意識の中だということを差し引いても、自分が二人いる状況は普通ではないだろう。

 それも、今のわたしと前世のわたしは別々に意識を持っている。

 そもそも、何故唐突に前世のわたしの意識が目覚めたのだろう。

 シャルルの身体を動かしているのが、シャルルではなくわたしだというのも奇妙な話だ。

 聞きたいことはたくさんある。


「ああ。その説明がまだだね」


 シャルルは忘れていたという顔をした。


「何から話そうかな……」


 可愛い顔で考え込む。

 わたしはその顔をじっと見つめた。


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