第6話 第一章 5 <<ガチの美少年>>





 一人になり、わたしはほっとした。

 いろいろ考えようと思って、今がチャンスであることに気づく。

 自分の顔を確認しようと思った。

 この部屋には鏡はない。

 だが、部屋の左手に光が差し込む窓があった。

 わたしはそっとベッドを抜け出す。

 スリッパを履いて、窓に近づいた。

 自分の顔をガラスに映す。


「!!」


 わたしは息を飲んだ。

 ガラスにはまんがの中にしかいないような本気の美少年が映っている。

 兄も美少年だと思ったが、ガラスに映る少年はさらに輪をかけて整った顔をしていた。

 髪は黒いがふわっとした猫っ毛で、触ってみると柔らかい。

 兄も父もおじいさんもみんな髪が長いが、わたしの髪は短かった。

 肌は白く、睫毛が長い。

 瞳は左右で色が違うオッドアイで、右目が緑で左目が青だ。


(マジか!)


 わたしは感動する。

 思わず、両手を握り締めた。

 小さくガッツポーズを作る。

 嬉しくてにやけると、ガラスの中の美少年も微笑んだ。

 わたしはまじまじと自分の顔を見る。

 瞳の色はたぶん、両親の色をそれぞれ受け継いだのだろう。


(お母さんの目が緑なのかな)


 そう考えて、違和感に気づいた。

 兄も父も母のことを口にしない。

 というか、目が覚めてから男性しか見ていなかった。

 近くで顔を会わせたのは兄と父と魔術師のおじいさんだけだが、使用人らしき姿はいくつか見かけている。

 父が開け放ったドアを閉めた人は男だったし、魔術師を父の代わりに案内してきたのも別の男性だ。

 指折り数えると、4人くらい執事風の服を着た男性を見かけている。

 だが、こういう屋敷にいそうなメイドさんは一人も見ていなかった。


(全員が執事ってことはないよね?)


 わたしは心の中で苦笑する。

 あれは使用人の制服で、この屋敷の使用人はもしかしたら男性だけなのかもしれない。

 わたしは何か思い出せないか考えてみた。

 だが、ピンとくることが何もない。


(……まあ、いいか)


 わたしは早々に諦めた。

 そのうち思い出すだろうと、ベッドに戻る。

 寝間着姿なので、寒くなってきた。

 ちなみにわたしはネグリジェのような寝間着を着せられている。

 薄くて柔らかでひらひらしていた。

 それが美少年のわたしにはとてもよく似合っている。

 ふかふかのベッドにわたしは横になった。


(なかなかいい人生だな)


 心の中で勝ち誇る。

 あの時、わたしが願った要望は全て叶っていた。

 裕福そうな家。

 溺愛してくれる美形家族。

 魔力も国随一とか言われた気がした。

 当たり前のように受け流してしまっているが、この世界は魔法が使えるらしい。

 中世ヨーロッパに見えたが、ここはわたしがいた世界とは違うのだろう。


(今回の人生、もしかして楽勝モードなんじゃない?)


 わたしはふふっと笑った。


<そんなわけないだろ。呪われているんだぞ>


 ツッコミが入る。

 心の声に突っ込まれて、わたしはとてつもなく驚いた。


「え? 誰っ?」


 がばっと身を起こし、周囲を見る。

 だが、誰もいなかった。


<ここだよ、ここ>


 声は聞こえる。

 それが自分の中から聞こえてくることに気づいて、わたしは戦いた。


(え? なんで?)


 怖くて身体が震える。

 わたしの中にわたしでない何者かがいた。


<怖がらなくていい。僕はシャルル。自分が自分の中にいるのは当たり前だろ?>


 問われて、なるほどとわたしは納得しかける。

 頭の中で響くその声は確かに今のわたしの声だ。

 だが、別の疑問が私の中に浮かぶ。


(シャルルはわたしじゃないの?)


 混乱した。


<説明するから、こっちに来て>


 少しばかり苛立った気配を滲ませて、声が言う。


(こっちってどこ?)


 わたしは尋ねた。


<自分の中>


 声は答える。


(わかった)


 わたしは起した身体を戻し、ベッドに横たわった。

 自分の内側に意識を向ける。

 赤い霧を掃除機で吸った時のように、自分の中に潜り込んだ。


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