第12話
目覚ましい速度で景下に運ばれてきた私達は初め、その異様さに息を呑んだ。
先ほどの地震の影響か、床や壁のディベレキラは軒並み瓦解し、生活の
競うように並んでいた露店や民家もバラバラに崩れ、家主の影もない。一方で大通りはこれ以上ない賑わい……もとい、嬌声や悲鳴の
士々瓦さんが往来する人々を睨む。口元は堅く引き結ばれ、歯の根も動かない。今度は私を見据えた。何か言うのを待っていたが、次いで
だが、またしても静寂と沈黙の後、最後には目を閉じた。掛ける言葉が見つからないのではない。湧き出る言葉が多すぎて、その全てを飲み下しているのだ。この橋の住人は皆、彼を黙らせるために、たくさんの事実と諦観を投げ捨てていった。あるいは踏みつけ、踏み
「窓を閉ざして下さい。津波が来るッス」
責務を果たそうと、士々瓦さんが無感情に言った。足音は離れ、閑散とした廃都の大通りに低い声が流されて消えた。人の活気と入れ違いに潮の気配が濃密になる。やがて罅割れたディベレキラの床や壁から水が滲み出し、垂れて、新たな川が形成されるも、呑み込むような勢いで荒波が何度もせり上がって街を破壊する。錆びた橋は、海の煽りを喰らって成す術もなく大地から剥がされてしまい、跡も残らない。一方でテスタメントハーマーはこの
「え、何で沈まないの……?」
光の射さない大海原の遥か向こうを見遣って、囁く。正直な話、死んだと思った。私達だけでなく、戦っている
「声援はいいのか、
雨の中、新たな煙草に火を添えながら
荒れる
「
初めて士々瓦さんが訛り言葉をやめた。俯いたままに苦々しい口調でようやく呟く。
「テスタメントハーマーの制作は当初、本当に悩みました。この機体を完成させることはすなわち、仲間以外を見捨てて去るということですから」
持ち上がった
「もちろん、民話や寓話は全く信じていませんでした。彼の、メルトさんの助力がなければ、オレはこの街で浮幻金属術師を続けなかったと思います。戦武探究以前の命題で、どういった目的で創るかが要ですから」
住人を見捨てるという選択肢は、それだけ彼にとって苦渋だったに違いない。
「けど、橋に襲来する洪水や
「だから、これを?」
テスタメントハーマーのソファを両手で押さえて、訊いた。彼は頷いた。
「だからどうしても――勝ちたいんです」
海に沈んだドッペルテキンセンションは、程なくして海上から見えなくなってしまった。水圧に押し潰され、劣化と老化の進んだ建築物では巨大なまま残るとも思えず、諦めて宙を仰いだ。諦めの悪い
「メルトさん!」
不意に、窓から身を乗り出して士々瓦さんが声を張り上げた。
「勝って……勝って下さい!」
上半身を雨水と潮水とで派手に濡らしながらも叫ぶ。まるで雄叫びだ。
「そうでないと、オレも仲間に顔向け出来ません! どんな顔で仲間に会えばいいかわからない! オレ自身を許せない!」
「士々瓦。正義は苦悩と死闘の末に待つものだ。俺もお前に証明したい」
静かな口調で、
私達にしても、それぞれの正義を抱えている。その正義を全う出来ないでどうして安息の場所に帰れるというのだろう。全力を出し切っての死闘だというのに――。
「
遠くにいる
私が
あれだけ豪語していたが、緊張していたのか……彼も。
「そうだな、そろそろ終わりにしようじゃないか。××××」
聴いたことのない言葉で呼び掛けていた。
ヲサカナへと微笑みを投げる
そうしてもののついでのように、吸い終えるか否かの煙草を火の付いた状態で勢いよく海へと投げ捨てる。辺り一帯は文字通り、火の海になった。同じく宙に浮いていたヲサカナが狂声を上げて猛襲の嵐を見舞うが、死水から生まれた災害と害悪は瘴気を削り取られて徐々にその猛威を潜めていた。鉄と石膏と宝石で出来た骨格が露わになり、退廃した象徴の
「あれは……」
「ようやく終わりが見えてきたッスね」
私達はそれを閉め切った車窓からじっと見守るばかりだ。機工の空調と防炎対策により蒸し焼きになることは免れているが、いかんせん車内は暑い。
雨が、弱まりつつあった。それは禁忌の終わりを示していて、同時に長い奮闘の終わりを表している。心身を賭して戦いに臨んだ面々は、ここで改めて
押し寄せる瘴気。
超天変地異の如く吹き荒れる力の
そうして、硝煙
まるで挿げ替わるような鮮やかさで変じてゆく――。
義手も義足も身体から離れ、ただの金属片としてその役目を終え、下向に落ちて消える。
だからこそ
「―――! ――、――――――!」
彼は勇ましく愉しげな叫びを上げて、ほんの一瞬、一撃でヲサカナを打ち崩す。
この一瞬をどんな人達が、どれだけの時間を掛けて待ち侘びたものなのか私は知らないし知る必要もない。だって、今を以て事態は収束したから。
奇怪な文化の終わり。悪性橋の終わりが見えたから……。
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