第7話

陥没樹海メルトグリーンさんは両腕の代替機甲学案メメントストックを取りに戻るんでしたっけ?」


 超高速の景色を何となしに眺めながら、ものはついでとばかりに問うてみる。すると意外なことに返答があった。振り返って、続く言葉を待つ。


「ただの口実だ。実際のところ代替する必要がない。すぐに用を成さなくなるからな」

「どういう意味ですか?」

リィェンには、俺がどういう生き物なのか告げておく必要がある」


 そのための口実だ。と、彼は言うけれど。

「私を人間呼ばわりしていたことも関係あるんですか?」

「矢継ぎ早に質問しないでくれ。まず一つ、話そう」

 対面式のソファに腰掛けて、お互いに向き合う。自然と、相手を睨んでいた。


「ああ、その態度で良い。人間が向かい合うにはそれでも足りないくらいだ」

 敵対しているにも関わらず真摯に助言をするあたり、陥没樹海メルトグリーンさんの優しさが垣間見える。しかし口にした言葉とは裏腹に、立ち上るは常軌を逸していた。


 そぞろ立つ殺気と生命力。並々ならぬ根源の深さはまさしく樹海と呼べるもので、この景下の樹木以上の営みを、彼は今の今まで、身体の中にひた隠していたのか。


「何から話したものか……。そうだな、俺は独りで存続が出来ない。他者の存在認証があってこその生だ。誰かに認めてもらわなければ存在さえ立ち消える」

「これだけの存在密度でよく言いますね。正直、今にも逃げ出したいくらいですよ?」

 苦笑しながら面と向かっているが、これは私の素直な感想だった。


「だろうな。人間にとっては脅威でしかない。同族にとっても、邪魔でしかなかった」

 だが。と、彼は翻って異を唱えた。


「鍾乳洞でも教えた通り、義手と同じでこの姿も代替品に過ぎない。俺達の言う存在認証、人間の間では絆や信頼といった言葉か……ともかく情念の類が此度こたびの一件を解決する鍵となる。俺達三人の、な」


 にわかに信じ難い内容だ。そもそも脈絡も突拍子もない。信じろと乞うこと自体に無理がある。けれど、彼は別の本性を持っている。その身体すがたが嘘偽りない彼なのだ。


「身体は、ここに来た瞬間から・・・・・・・・・ズタボロになったんですね。彼女ヲサカナの磁力にてられて……。だから、来た直後から義手と義足を余儀なくされた」

「そうだ。元は人間でさえない」

「元の身体が健全でなくては、ヲサカナとも格闘出来ませんね」

「その通りだ」

 言って、笑う。


「だからこそ、正体云々の程度で揺るがぬ者を味方に付けたかった」

「そのための協力者わたし

「と、協定者士々瓦だ」

 笑みを深くしながらも馬鹿にした様子はない。人外らしく、おぞましくも清々しかった。


もっとも――俺と同じく士々瓦もまた、部外者だ。未完全犯罪だよ、お前と違ってな」


 頭に血が上るものだとばかり思い込んでいた私はむしろ、ぞっとした。自分自身でもわかるくらいに、血の気が引いたのだ。今まで陥没樹海メルトグリーンさんが見せていた優しさは、きっとそれはそれで本物なのだろうがしかし、彼は私の過去を知っている……? 何故?


「戦闘用女性型機械の身体を譲り受ける前の素行はもちろんだが、何ならお前が産声を上げたその頃からの説明も出来る。無論、景下と香下を含めて、時間の自然経過から孤立した全員の顔や戸籍は把握している」

「調査……ですね」


 思考論の辿り着いた先に、その事実はあった。度を越した膨大なファイリングを成し遂げ、起こり得るトラブルを可能な限り予知し、満を持して悪性橋へと渡ってきたのか。しかし、そうまでする行動の直接的原因……つまりは動機がわからなかった。


「命じられたからな」


 眉根を寄せた私に対して、そう答えた陥没樹海メルトグリーンさんはまんざらでもなさそうな表情をしている。彼の上に立つ何某なにがしかは畏敬の念を背負っているらしく、それなりの才覚があるとも思えた。その者の才覚と畏敬の念が彼を動かしている。そう感じた。


「そしてリィェン。ここまで話したというのに、全く引けを取らない。むしろ協力しようという気概が目に見えているが、どうするつもりだ?」


 読心術のような鮮やかさで陥没樹海メルトグリーンさんは私の内面をなぞった。口に出す前に、知られている。より正確に示すなら、私を知り尽くされている。


「もちろん、協力する。根も葉もない噂でも立てられそうだし」

「心配ない。脈に沿って実のある噂を流すつもりだ」

 どちらともなく。互いに嗤う。そうそう。駆け引きとは本来、こういうものだ。

「あー、そうそうこれこれ。忘れてた。もしかして、同じ土俵に立っててくれたの?」

 涙を拭いつつ、確認の意味合いで訊いた。彼もまた微笑みながら答える。

「まあな」

「完全にしてやられた! 私の本性、吹きっ曝しじゃん!」

 けれども彼が今しがた語った内容は全て事実である。


「隠そうが表にしようがこの年端だ。当然のように透けて見える」

「じゃあ、二万年生きたってのも……?」

「事実だ。同族にしては生まれて間もないだろうがな。同種にすればマシな方か」

「うん。やっぱり協力するよ。同情とかじゃなくて、憧憬かな? それに陥没樹海メルトグリーンさんは同業者以上の何かだし、どうしたって気になるんだよ」

「人は――今の発言を『告白』と呼ぶんじゃなかったか?」

「あー、もう! どうしてそういうこと言うかなぁ! 違うってば!」


 素直になって、愚直なまでに協力を申し出たというのに、このヒトは計算してものを語っている。それも、気心と遊び心を並べてだ。私の態度と物言いを見て笑っているのがいい証拠で、己をかえりみない向こう見ずかと思いきや、その実、参謀も舌を巻く記憶力と考察力を持ち合わせる彼は、要するに諜報員としての顔も持っているのだろう。だからこそ、その色の違う二本の腕を以てして事態の収束を命じられた。


「隠していた訳ではないが、ヲサカナを破壊すれば――」

 何だかんだ言って、彼もまた答えに辿り着くのが速い。既に収束が見えている。

「当然、崩壊するよね。悪性橋そのものが」


 景下も香下も関係ない。橋は止まっていた時間分の経年劣化を直に受ける形となり、あっという間に灰色の金属砕屑物シルサレキに成り果てる。すなわち、この奇怪な文化圏が一瞬にして終わりを告げるのだ。時間という波に押し潰され、海に沈む。


「淋しいか?」

「いや? 別に何とも。普通が一番だと思ってるよ、私は」

 即答した。嘘でも飾りでもなく、本心からの言葉で私は言った。


「変な化物と戦ったり、バイクで轢かれたのに何故か復活して人生を謳歌したり、挙句の果てには橋の時間だけ狂ってるとか……正気じゃないよね。もうてんてこ舞い」

「けれどお前は」

「それを楽しく思っている。あまつさえ自分から首を突っ込んでいる」

 互いに笑いながら、テスタメントハーマーの動きが止まったのを知る。

 いよいよ橋の上に到着した。

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