第3話
「士々瓦さんは何て言ってたんです?」
「机の資料を読め、と」
「たったそれだけですか?」
疑いと驚きの念を包み隠さず、私は眉根を寄せた。唐突にこの橋の上から去った士々瓦さんは、別れの挨拶をすることなく、また目的も告げなかったからだ。
深い苔色の
「
オメルテシック=ティルトティダー。それが士々瓦さんの細密技工房の名前だ。彼は若くして街唯一の、戦武探究を基点とした浮幻金属術師だが、橋の上の住民にはよく思われていない。その原因は理科工学の未発達が大きい。私達は手足ないし、全身を譲り受けているからこそ、緻密さや技術の高さを知っているけれど、一般からしてみればガラクタの中に埋もれる奇特な少年でしかない。寡黙な彼が
やがて前方に、巨大な魚にも似た金属の集合体が見えてきた。遠くから見ると狭い空間に凝縮された工業地帯のようだけれど、外観は
バイクの排気音が徐々に小さくなると、どこからかアラベスク第一番ホ長調
エンジン音の停止した愛機から抜き取った鍵を私に放り投げ、
「失礼する。士々瓦よ」
開けた先に玄関はなく、靴のまま家に上がった
「これだな」
部屋を見回していた私とは正反対に、
やはり仕事に打ち込んでいる際はずいぶんと夢中になっているようで、端のスペースに力作が並んでいた。反対に机や床の上には材料であろう金属が散乱している。仕事道具は広がった端材の近くにあり、これは逆に丁寧に揃えられていた。
「さっきから読んでるそれ、何ですか?」
私は工房を堪能しきってから、一息
「士々瓦の考察だ。一定年数が経過したら目を通すようにと伝えられたからな」
「『計器重機に関する工学的考察と見解』とかだったら頭痛くなりそうだなあ」
「記載されているのは、時間軸と空間固定に関する誤差修正と、民話や都市伝説の類だ」
「ん? 戦武探究を基点としてる金属術師が何で迷信なんか……」
「迷信も史実の末端とすれば、妥当な落とし所は実地調査か」
「さっきから何言ってるか全然分かんないですよォ。もっと簡潔にお願いしますってば」
「橋の下へ行く。準備しろ」
端的ではあったものの、今度は唐突すぎて理解が追い付かなかった。とりあえず言われたことをしようと思い、ポケットの鍵を手渡す。
「分断された街にわざわざ行くんだ? 物好きだね」
「当然だ。士々瓦の考察によると、この橋だけが時の流れから孤立してるらしい」
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