第2話
カンラカンラと独特な音の鳴る大河に、しばらく浸っていた。その大河の底には古代の鈴や銅鐸、鏡や貴金属等がひしめいて地盤を形成しており、それが流され、水中で回転することによって音を奏でていた。河のすぐそばには巨大な
ディベレキラの前では人の波が絶えない。格子状に敷かれた鉄の上を歩くのはいつだって商店街へ向かう客足だけれども、ディベレキラを踏み付けて歩く人々もまた、橋の上の住人と決まっている。褐色肌の男性は衣類の下がった竹棒を担いでおり、沿岸を歩く女性は布を張り合わせた、大きく平たい傘を持っている。忙しない大人の合間を縫って走り回るのは近所の子供だろうか。手には黄色い果実を握っていた。
私達は、巨大な橋を基礎として街を作っている。通称̩̩̩
景下は皆、不格好な塔で暮らしている。それは
私達は至って呑気に生きているけれど、
街に心臓はない。嘘に塗れ、汚泥と薬害に塗れたドッペルテキンセンションには、どんな臓器があっても意味を成さない。個々の細胞の質が悪すぎるし、救いがない。そも、救いを求めてなどいないように思われる。薬に溺れて狂死するのだから、栓のない話だ。逃げようにもこの島は巨大な中洲で、逃げられない。
しかし、私は悪いとも思わない。この島で、この街で、楽しく仲良くやっていくのも悪くない。そういえば言っていなかったが、私の家は皆と同じような場所ではなく、
さて、紹介が遅くなってしまったけれども、
両腕にばかり目が移りがちだけれども、橋の上では見たこともない服に身を包んでいる。センスがあるのかないのか、動きやすいのか否かさえ分からない。最初に見かけた時からずっと愛用しているようで、ここの服は全く着ていない。
彼の外見は見ての通り奇抜一色だけれども、彼も彼でドッペルテキンセンションの内部に住んでいる。元は空き家だった場所をぶち抜いて作った二階建ての店だ。本人は酒屋と言い張っている店で、名を
だけど、当の本人は紫煙を
かく言う私も人間らしい部分は脳しか残っていない。身体のほぼ全てが
繊細な木の義手で器用に煙草を挟みながら、紫煙を吐く。片一方だけの、獣じみた瞳で「何だ」と眇める様子は人間というより、野生動物に近い。
酒屋と空き家の境にある狭苦しい喫煙所で、煙草の先端だけが一際強く光る。こちらを睨んだ眼光は、仄明るい影に阻まれて窺い知れない。
「休憩ですか?」
「ああ。お前はどうなんだ、人間」
「その言い方はやめてくださいよ。
「さあな。とにかくそのふざけた格好はやめることだ。壊れたら元も子もない」
「いいんです。これ、結構気に入ってるんで」
茜色のフルジップパーカーに黒いスカート。タイツを黒に統一し、ロングブーツの色も赤と黒に徹底しているのに、何がどう気に食わないのか。
正面にいる
それとも、この島に常識を求めること自体が間違っているのか。
「今日は放送しないのか」
「しますよォ。もちろん」
語尾を伸ばしながら仕事場に足を向ける。その気になれば一瞬で跳んで帰ることも出来るのだけれども、優雅じゃないとも思う。
私の仕事は一日一回。ハーキータ・ラックでこの島全土に放送を流すこと。内容はその日によって様々だが、政治、民間、個々人の内容を自分勝手に選別し、伝えている。早い話が、えらく偏ったラジオのようなものだ。
「そうか。じゃあ、今日が何の日かわかるか」
唐突な、それでいて大切な問いに絶句した私を見て、彼はただ一言「行くぞ」と告げて歩き出した。
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