第5話 切っ先の観察

 魔狼の半数ほどを打ち倒したところで、残りは逃げ出した。

 賢明な判断だ。

 私もわざわざ深追いはしない。


 昏倒している魔狼たちに馬車の護衛たちが群がり、剣を突き立てていく。

 罵声を浴びせながら、返り血を浴びている。


「……そういうものですか」


 人間は変わらない。変わっていない。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます!!」


 商人が駆け寄ってきて、何度も頭を下げてくる。

 死の淵から一転、生への脱出。感情が制御できなくなるのは理解できた。


「いえ別にー」


 この人間のためにやったことではなかった。

 私は私の内側にあるに従っただけだった。


「ではこれで失礼しますねー」


 護れ、という言葉の通りに護ることはした。当面の危険はない。

 私がこの場所に留まる理由はもうない。


「お待ちください! 助けていただいた御礼をさせてください」

「あー、そーゆーの要らないんでー」

「そう言わずに! 旅の途中とお見受けしますが、いささか軽装に過ぎます。わたくしの手持ちの商品から何かお持ちになってください!」


 軽装。たしかに、私は衛兵からはぎ取った服を着ているだけだった。


「じゃあ、なんかもらいますー」


 そうして私は商人からフード付きの長いコートと編み上げのブーツを受け取った。


「ではこれで。気を付けてくださいねー」

「あの! お名前を!」


 名前……?


「それじゃあ」


 返事をせずに、私は駆けだした。

 私の、……?

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