【3話】今を生きる

「よし、これで戦力も増えたしちょっと外に出てみるか」


 俺は、意気揚々と通路に向かって足を踏み出す。


 すると、突然少し強めの風が洞窟内に吹き、体に当たる。


「あ、ヤベ………」


 その時、俺は衝撃の事実に気付いてしまった。


「本当は服とかも交換しようと思ってたのにDポイント、エンギに全部使っちまった……」


 つまり、このまま外に出て万が一誰かにその姿を見られると、俺は全裸で外を彷徨く露出狂確定だ。

 今のご時世、ゴブリンでさえ腰蓑をしているっていうのに、ゴブリン以下とかないわー。


 って事で、次のログインボーナスまで、エンギと一緒に遊んだりして適当に時間を潰す事にした。


 とは思ったものの、ここには日本での暮らしみたいに娯楽が溢れているわけじゃないし、暇な時間にスマホをやったり、ゲームをしたり、本を読む事もできない。

 それも、話し相手がエンギしかいないうえに、そもそも言葉が通じないと言う最大の障害がある。


 仕方ないから、地面に絵を描いて遊んだり、めちゃくちゃ嫌そうにしていたが、なんとかエンギに計算を教えたりした。


 格好は蛮族のそれだが、文明人だった事を思い出せる有意義な時間だったぜ。


 そこまでは良かったが、エンギも生物だ。

 疲れたのか、途中で寝てしまった。


 俺も暇だし寝ようとしたが、知識によればダンジョンマスターに睡眠は必要ないためか、まったく眠くならない。


 一度は横になって目を閉じたり、羊を1000まで数えたりしたが、そもそも眠気が来ないのだから眠れるはずがない。


 そんな風に暇を持て余してたからだろうか。


 不意に家族のことが思い出される。


 俺だって人間だ。

 あっちにいた頃は両親や兄弟に対して申し訳ない気持ちが無かった訳じゃない。それなのに、全て放り出してこっちに来ちまった。

 家族に負担してもらっていた家賃の分のお金が浮くと思えば少しは気が楽になるが、それでも、きっと俺が死んだ事で、家族は悲しんでるだろうな。

 父さんはまだ淡泊な方だからあんまり気に病まないかもだけど、母さんは子ども想いの情に厚い人だったから、俺が刺されて死んだ事に気付いたら、酷く悲しむだろうな。

 兄弟とは、そんなに仲は良く無かったけど、きっと線香くらいは立ててくれるだろう。もしかしたら、涙の一つくらい流してくれるかもしれない。

 こんな事になるなら、少しは親孝行でもしとくんだったな。


 気付けば、頬が濡れていた。


 ハハッ……。


 俺がこんな事で泣くなんて、もしかしたら、知らず知らずのうちに溜め込んでたのかもな。

 そういえば、こっちに来てから家族の事も地球での事も全く考えてなかった。

 無意識に目を逸らしていたって事か。


 たぶん、俺が家族に会う事はもう無いんだろうな。

 転生したから今は生きているとはいえ、元の世界では死んじまったんだから。

 それでも、もし叶うなら、会うとまでは言わなくてもいつか、手紙くらいは出したいな。


「はぁー…………よし、こんな事考えるのはやめだやめだ。 死んじまったもんは変わらないし、変えられない。 だから、今はこっちでの事を考えないとな」


 どれくらい時間が経っていたのか、ダンジョンコアを確認してみるとログインボーナスが入っていた。


「お、これで服や靴と交換できるな」


 調べると、服は上下と靴下を合わせて5Dポイントで交換でき、靴は2Dポイントだった。


「これで晴れて蛮族スタイルから卒業できるぜ」


 早速Dポイントと交換して、いそいそと着替える。

 これで残りは3Dポイントだ。


 すると、俺が騒いでる音で目覚めたのか、エンギが起きてくる。


「おはようさん」

「グギャッ」


 俺が声をかけると、エンギは朝から嫌な音を聞いたとでも言わんばかりに顔をしかめる。


「エンギもお目覚めか? それなら、少ししたらこのダンジョンの外の探検と行こうぜ」


「…………」


 エンギはぷいとそっぽを向く。


 無視されたんだが?


 こんにゃろ、露骨に反発して来やがって絶対に連れてってやるからな。


「あーあ、エンギは行かないのかー。ならしょうがないか、また新しくゴブリンを生み出して連れていくしか無いなー」


 エンギは話が気になったのかチラッとこちらに視線をやるのが見える。


 クックック、まだ短い付き合いだが、お前の性格はもう分かってるんだ。

俺の掌の上で踊るが良い!


「きっとこれからそいつがどんどん強くなって、色んな新入りも増えていくのに、一番古株のエンギは先輩なのに雑魚いっすねって言われちゃうんだろうなー」


 その様子を想像したのか、エンギが顔をしかめる。


 しめしめ、もう一押しだ。


「まあ、俺には関係ないし、エンギは行きたくないらしいから、新入りと一緒に外に冒険しに行こうかなー」


 新入りゴブリンを連れていくために、ダンジョンコアへ歩いていく。


「グ……グギャ」


 エンギが俺に声をかけてくるが、なんて言ってるのか分からないからスルーする。


「グギャギャ!」


 今度は聞こえてないと思ったのか、大声でなんか言ってるが、ゴブリン語なんてさっぱりだからなー、俺。


「さて、ゴブリンとDポイントを交換して新入りを呼ばないとなー」


 そのまま、コアに手を当てて、操作するフリをしてやる。


「ゴブゴブ!」


 エンギは痺れを切らしたのか、俺の腕を強引に掴みコアから手を離させる。


 こいつ、陥落(おち)たな。


 エンギの顔を見ると、悔しそうな顔をしていたからドヤ顔を決めてやる。


 すると、腹が立ったのか掴んだ腕をそのままに、出口に向かって乱暴に引きずられ……って!


「痛っ!」

「ちょっ、おい、待てって!」

「ちゃんと一緒に行くから!」

「ごめ、痛っ、悪かったって!」

「調子に乗ってすいませんでしたー!?」


 結局、出口に着くまでエンギに俺の言葉は全く聞き入れて貰えなかった。

 そのせいで、手に入れたばかりの新品の服が汚れちまった。

 全く、本当にやれやれなパートナーだぜ。

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