【4話】森の狩人

 出口までの通路はそれほど長くなく、すぐに辿り着いた。


 ダンジョンの外にはどうやら森が広がっているようだ。


 これからエンギと2人で、ある程度ダンジョン周辺を探検して行きたいところだが、上手くいくかどうか。


 そもそも、ダンジョンマスターがモンスターを生み出しているが、ダンジョンマスター自体は、無数に存在しているらしい。そして、モンスターは、自由にダンジョンの外に出られるため、この森を彷徨くモンスターもいるかもしれない。

 それに加えて、人間などがいたら俺たちも討伐の対象にされかねない。


 ようやくの事エンギから解放された俺は、改めてエンギを見てみる。


 俺には、ダンジョンマスターの能力の1つとして相手の簡単なステータスを見る力がある。

 いわゆる鑑定スキルみたいなものだ。

 それによると、エンギのステータスは



 種族 ゴブリン

 レベル 1/10

 特技 喧嘩



 本当に簡素だ。


 とはいえ、これだけでも十分助かる。

 種族や特技が分かればどんな敵なのか判別できるし、レベルが分かれば強さの指標になる。

 ゲームみたいに、レベル上昇に伴う能力値の上がり方には個人差があるかもしれないが、ものさしとしては使えると思う。


 エンギの場合、レベルの部分が1/10となっているが、恐らく成長限界みたいなものだろうな。

 いや、流石にレベル0.1とかだったら死ねるから勘弁して欲しいっていう願望でもあるんだけどな……。


 出来れば、弱いモンスターや動物を倒してDポイントを稼ぎつつ、ダンジョンとエンギのレベルも上げたいところだ。


 そのためにも


「いいかエンギ、俺たちはまだまだ弱い。 だから、基本的には隠れながら獲物を探すぞ」


 俺は周囲の警戒をしながらゆっくりと歩き回り、危険がないか確認しながら音を殺して移動する。

 後ろにいるエンギも音をしっかり殺しているのか、気配が完全にない。


 なかなかやるな。


「エンギ、なんか見つけたか?」


 エンギに声をかけるが、返事がない。


 どうしたのかと、後ろを振り返ってみると、そこにはただただ森が広がるばかりだった。


「あれ?」


 エンギがいない。


 まさか、森の凶悪なモンスターの餌食にでもなったのか!?


 必死で周囲を見回すと、だいぶ先の方でエンギがずかずかと歩いている姿が見えた。


 …………通りで気配を感じないと思ったわけだ。


「はぁー」


 呆れて良いのやら、安堵して良いのやら複雑な気分だぜ、まったく。

 でも、無事で良かった。

 つけ上がりそうだし、アイツには言ってやらないが、初めて出来た仲間だからな。


「まったく、1人で勝手に進むなよ」


「ゴブゴブゴブ」


 お前の足が遅いのが悪いんだとでも言うように、呆れられる。


 ま、こういうところはムカつくけどな。


 エンギと一緒に辺りを探検していると、角の生えたウサギがぴょんぴょんと跳ねているのが見えた。


 エンギが即座に背後から襲い掛かろうと前に出ようとする。


 しかし


「エンギ、まずは様子見だ。 見た目はめっちゃ弱そうなウサギだけど、角があるしめっちゃ強いかもしれないからな」


 言葉だけじゃなく、手でも静止する。

 その間に、俺はウサギのステータスを見ておく。



 種族 ホーンラビット

 レベル 3/5

 特技 突進



 こいつ、レベルが3もありやがる!

 エンギや俺に比べたら歴戦の猛者みたいなもんだ。

 とはいえ、このレベルなら2人がかりで行けば何とかなるか?


 ホーンラビットは、ぴょんぴょんと跳ねながら、草をモッシャモッシャ食べている。


 めちゃくちゃアホそうな顔してんな……。

よし、


「エンギ、あいつは見た通り角を使った突進攻撃が得意みたいだから、正面に立たないように注意して背後から攻撃するぞ」


 エンギが、俺の事をジト目で眺めている。

なんか、無言の圧力を感じるが、無視だ無視!


 まずは、ゆっくりと背後からホーンラビットに近づいていく。

 しかし、近づくにつれて、初めての戦闘に緊張と不安が湧いてくる。


 あいつ、角あるし刺されたらまずいよな?


 突進は本当に避けられるのか?


 実はもう気付かれてるんじゃないか?


 他に敵はいないよな?


 周りを警戒したり、前に出る事に躊躇していたせいか、気付けばエンギが一歩前にいた。


 そして、エンギは全く躊躇する素振りを見せずホーンラビットに飛びかかると、右手で頭を、左手で首を掴み、暴れるホーンラビットを意に介さず即座に縊り殺す。


「ナイスだエンギ」

「グギャ」


 俺の声に応えるようにエンギも返す。


 もしかしたら、蛮勇の類かもしれないが、恐れる事なく立ち向かえるその姿に、初めてエンギの事が凄いと思えた。


 そんな感動に浸っていると、エンギは殺したホーンラビットを手に持ったまま、近くに落ちている太そうな枝を手に取り、ホーンラビットの死体に突き立て傷口を広げていく。


 ん???


「どうしたんだ?」


 集中しているようで、どうやら俺の声は聞こえていないみたいだ。


 すぐに作業を終えたのか木の枝を放り投げると、血の滴り落ちる生肉にガブリと噛り付き、旨そうに血を啜り始める。


 おぉぅ、めちゃくちゃスプラッタ……。

 そういえば忘れてたけど、こいつも生きてるんだもんな。そりゃ、食べ物や飲み物だって必要だよな。

 にしても、唐突過ぎてビビったけど。

 それに、さっきの感動も一瞬で吹っ飛んじまったけどな。


 仕方ない。

 食べてる間は俺が周りの警戒をしておくか。


「今度からは、ダンジョンに戻ってから食べるようにしろよ?」


 エンギは、聞いてるのか聞いてないのか、ガツガツとホーンラビットを貪っている。


 食事が終わると、また探検を再開した。

とは言っても、特に何事もなく、道中何体かエンギがホーンラビットを倒したり、木の枝でつついてスライムを倒した程度だ。

 戻れなくなる可能性もあるから、あまり遠くには行けなかったが、ダンジョン周辺には森が広がる事しか分からなかった。


 さて、危険なモンスターも特にいなさそうだし、さっさと帰るか。


 エンギと2人、行きの時よりも足取り軽く歩いていく。


 すると、近くの草むらが一瞬ガサッと音を立てる。


「お、またホーンラビットか?」

「ゴブ?」


 エンギと警戒をしていると、突然、草むらからホーンラビットよりも遥かに大きい灰色の影が凄い勢いで飛び出して来た。


「うぉ!?」


 避けようとするが、ホーンラビットだと思っていたせいで驚き、尻餅を付いてしまう。

 しかしそのおかげで、間一髪のところで攻撃を躱す事が出来た。


 一体何なんだ今のは!?

 大きさだけでも1メートルは軽く超えてたぞ!


 影の正体を目で探すとすぐに見つかった。



 種族 ウルフ

 レベル7/15

 特技 狩り



 狼か!


「ウゥゥゥゥゥ!」


 威嚇するようにウルフが犬歯を剥き出しにし、唸り声を上げる。


 その迫力に思わず息を飲んでいると、エンギが俺を庇うようにウルフの前に立つ。


「グギャギャ」


 エンギは俺の事をチラと見ると、鼻で笑うように小馬鹿にしてくる。


 クソッ、馬鹿にしやがって!

 だけど、馬鹿にされた事よりも、今の不甲斐ない自分自身に嫌気が差す。


 そうだよな。

 こんなところで怖気付いて何も出来ない腰抜け野郎なんて、エンギじゃなくたって鼻で笑うに決まってる。

 どっちにしろ、ウルフは俺たちを獲物として見てるんだ。


 弱肉強食。


 単純な話だ。

 どうせ何もしないとやられるんだ。

 ならせめて、出来るだけの事はやってやる!


 見た感じ、ウルフは一頭だけで周りにいる様子もない。

 恐らく、群から逸れた一匹狼ってやつだと思う。

 向こうは7レベルとだいぶ格上だけど、1対2だしエンギもここまでの戦闘で強くなっている。



 【エンギ】

 種族 ゴブリン

 レベル 4/10

 特技 喧嘩



 十分可能性はある。


 こっちの武器は俺とエンギがそれぞれ一本ずつ持っている木の枝のみだが、ウルフの持つ鋭い牙による噛みつきさえ何とが出来れば倒せるはずだ。


 ウルフは威嚇しながら、俺たちの周りをぐるぐると回り出す。


 いつ襲われるかも分からない中、死角を無くすため、俺とエンギは背中合わせになり、枝を構える。


 さあ、どっちに来る。


 張り詰めたような緊張感の中で自分の呼吸の音が、やけにはっきり聞こえてくる。


 エンギか、俺か。

 俺か、エンギか。


 いつだ?

 いつ来る?


 …………………………来た!!!


 ウルフは、その強靭な脚力を生かして、反応出来ても、防ぐ事さえ困難な速度で俺に向かって迫り来る。


 エンギは、まずいと思ったのか必死に体を反転させ、木の枝でウルフを攻撃をしようとするが間に合わない。


 そしてウルフは、俺の喉笛を噛みちぎらんと、その凶悪な顎門を開く。


 …………でもな、絶対そう来ると思っていたよ!!!

 お前は特技にも表れていたように生粋の狩人だ。

 だからこそ、絶対にエンギではなく俺を狙うと思っていた。

 狩りにおいて、弱い方を先に殺すのは鉄則だからな。

 それに、急所を狙ってこないはずがないとも思っていたから、あらかじめ木の枝は喉の前に構えていた。

 そうじゃなきゃ俺の喉笛は噛みちぎられていたと思う。


 食らえ!

 お前の速さと、俺の突き出す速さの両方が加わった枝の味を直接口の中で味わわせてやる!


「うぉぉぉぉぉおおお!!!」


 直後。


「キャン!?」

「ぐふぇっ!」


 枝がウルフの頭部を突き抜ける感触が手に伝わってくる。

 しかし、ウルフの体は勢いそのまま俺を押し倒して上にのしかかってくる。


 俺は、ウルフの体の下から何とか顔を出すと、潰れたカエルのような声を上げる。


「………エンギー、助けてくれー」


 エンギは、俺がウルフを倒した事に驚いたのか、少しの間呆然とした様子だったが、すぐに我に返るとウルフをどかすのを手伝ってくれる。


 エンギには、さっき不甲斐ない姿をみせちまっが、少しは挽回出来たとしたら良いな。

 とにもかくにも、俺たちはウルフっていう大物相手に生き延びられたんだ。

 今はそれだけで満足ってもんだ。

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