第24話
オークの国。
オークはそれぞれの部族に長が降り、それぞれ裁量権を持っているらしい。1人の帝王が治めるペルシアより、都市ごとに法がことなるギリシアに近いが、全て僭主制なのは大きな差異だろう。
そのためピエタの都市に攻め込んだのもオークの総意ということでもなく、人間と貿易しようと試みる穏健派の部族もいるとザクロは言う。
「し、しかも攻め込んできた海軍は、ぜ、全滅させたから、私たちの顔も割れてない。あ、安全」
「そうは言うが、オークの国とて徒歩では遠いだろう。隻腕ではさすがに泳いでいくとはいかないぞ」
「そ、それも大丈夫。遭難中にちょ、潮流は理解した。
「不死兵の筏」
想像してみる。海面に浮かぶ大量の水死体の上に立つ戦士と魔術師。
「た、体内のガスを噴射すれば、もっと速い」
「ガス噴射とは、どのように?」
「こ、こう、お尻の穴からぶわぁっと」
「ふむ」
想像しなくてもひどい光景になるのは明白だった。
「それは接岸する前に敵対するのでは?」
「お、オークにも死霊術師はいる。多分大丈夫」
「うーむ……まあ、今は手立てがない。ザクロの案に従おう」
人事を尽くすと決めた以上、贅沢は言えない。
「ただいま。話は決まった?」
声の方に顔を上げると、洞窟の入り口にアイナが立っていた。
「アイナか。エマたちと一緒に行かなくてよかったのか?」
「密航者がそんな厚かましいまねできるわけないでしょ」
「旦那、俺たちもいるぜ!」
アイナの後ろからひょっこり顔を出す、元山賊3人衆。
手には大きな袋と大樽。臭いからして干し肉とパン、ワインだろう。ただいまといいうことは、食料調達にでもでてたのか。
「オリゼ商会に頭下げてもらってきたなけなしの食料よ。オークの国くらいまではもつでしょ――ってヘラクレイオス、腕がないじゃない! どうしたの!?」
「誰にやられたんだ旦那!」
「治療が絶望的ということだったのでな、自分で斬った」
「いや絶望的だからって普通斬り落とす?」
「そ、それがヘラクレイオスだから」
「こいつなら片腕でもそこらの冒険者より強いだろうけどさぁ……」
まじまじと切り口を見ては、うわぁと呟くアイナと3馬鹿。大変鬱陶しい。見るなら筋肉を見ろ筋肉を。
「そんなことより、用事があるのではないのか?」
「ええ、今回オークの国に行くってことだけど、私もついて行ってあげるわ。冒険者組合の元受付嬢として、情報ならいくらでも提供できるわよ」
「俺らも雑用ならできるぜ! ついて行っても良いよな、旦那」
「そうか、助かる」
彼らは毒気を抜かれたような表情をしながら、ぶしつけに指をさす。
「やけに素直なんだけど、本当にどうかしちゃったの?」
「旦那、悪いものでも食べたのか?」
「よしんば食べたとしても、スパルタの胃袋なら消化する。ちょっとした心境の変化だ」
「ふーん……まあ、いいけど。それで詳しく聞いてないんだけど、どうやって行くつもりなの?」
「し、屍体の筏を浮かべて」
「ガス噴射するそうだ」
「……正気?」
狂人を見る目で見られても困る。生憎神々に呪われてないし、
「いやいやいやいや、そんなの水平線の向こうから現れたらいくら穏健派のオークだって厳戒態勢になるでしょ」
「代案があれば採用したいのだが、あるのか?」
「それは、えー……普通に筏を作るとか」
「大工は
「俺らもこぶ結びと蝶結びしかできないぜ!」
「いばるな。じゃあ、丸太くりぬいた簡易的なボートとか」
「な、波の高さからして、沈むよ」
「両端、いや片方だけでも浮きをつけたやつなら……だめね、筏の方が簡単そうだわ」
「やはり不死兵の筏が最善なのでは」
「それはないからちょっと待って」
うんうんと唸りながら、アイナは断固拒否の姿勢を崩さない。
そんなに乗りたくないのか。まあ、腐乱臭もひどいしな。
「巨人の国だから船を借りることもできないし、馬もいないし……え、本当に屍体の筏に乗っていかなきゃならないの?」
「姐さん、あきらめは肝心だぜ」
「誰が姐さんか山賊くずれ」
いろいろ考えてはいるが策は浮かばないようだ。
「では、ザクロの案で決て――」
い、と言い終わる前に突如目を焼くほどの光が洞窟を満たした。
「うおっ眩し!」
「何この光!」
「へ、ヘラクレイオス何をしたの?」
「私は何も……いや、これは腕輪か?」
目を細めると、かろうじて光源が腕輪であることがわかる。
わかったからといってどうにかなる訳でもないのだが。なにしろ、この腕輪――支配の腕輪の能力を、私はほとんど理解していないのだから。
どうにかしようと腕輪に触れると、光は唐突に収束した。
「皆、無事か」
未だ定かにならない視界の中、声を頼りに皆の安否を確認する。
「うー、世界が緑色にそ、染まってる」
「何も見えない……壁、壁を支えに――なにこのふわふわした触り心地」
「ほんとだ、なんかもこもこして温けえ。でもなんか獣臭いな」
「この肉付きは狼……いや、犬?」
光の代わり現れた何かは、肉質の硬い四足獣。それにしてはやけに大きく大人しい。しかし、なんだろう依然も触ったことがあるような気がする。
徐々に目が慣れてくると、その毛並みが光り輝く白金であることがわかった。耳は垂れているが、牙は獲物を狩るには十分な獰猛さを備えている。
ああ、こいつは見たことがある。
「エルフの犬橇を牽く猟犬か」
「ちょ、ちょっとまって。なんでプライム王国至宝がこんなところにいるの!?」
白金の体毛をゆらし、私に近づくと傷口をぺろりと舐めた。
「はは、くすぐったいな」
「プライム王国の至宝がいるのも意味わからないけど、切断したばかりの傷口舐められてくすぐったいと感じるあんたの肉体も意味わからないわね」
「スパルタの旦那は最強なんだ! これぐらい屁でもねえぜ」
「最強って、巨人にやられたばかりでしょうに」
「に、人間では最強なんだよ!」
「まあ、それには異論ないわね。問題はそこじゃないんだけど。どうするのよこれ」
外野がうるさくしている中、ザクロだけがまじまじと私の腕輪を見ていた。
「し、支配だけじゃなく、召喚もできる腕輪……こんな代物を気軽に渡せるき、騎士たちって何者だったの」
「それも気になるが、この猟犬が呼ばれたのは何故だ?」
「そ、それは簡単。墜落を止めた時、もう隷従の契約はされてた。しっかり、目が合ってたでしょ。気高い猟犬が飼い主でもないのにな、撫でさせるわけがない」
「そういえば、最初から懐いていたな。あの時すでに支配していたのか」
支配の腕輪の発動条件は目を合わせて命令すること。受け止める際に知らず知らず、隷従させていたのか。
「あの程度の邂逅で支配できるとは、本当にとんでもない道具だ」
「そ、それだけじゃないと思うけどね」
「どういうことだ?」
「し、支配の魔法は術者と対象の精神力の差が重要。どれだけ高度な支配の魔術でも、ま、全く従う気がない相手には成功しない。す、少なからず、畏怖、敬慕、憧憬みたいな人を惹きつけるカリスマがないといけない」
「私に人を惹きつける力が? ありえぬ、
「そ、その若輩の下に集まった人がこれだけいるんだから、み、認めてもいいんじゃないかな」
ザクロに言われて彼女らの顔を見る。
命令に従い追従するのでなく、自由意思で同行している明るい表情だ。
なるほど、確かにこれは少し誇らしい気持ちだ。
「期待を裏切らないようにしたいものだ」
「へ、ヘラクレイオスなら大丈夫だよ」
「あんたたち、なごんでないでこのお犬様どうにかしなさいよ! 触ったことバレたら私たちの首が飛ぶのよ!」
空気をぶち壊すアイナの肩の手を置き、優しくたしなめる。
「巨人の国にプライム王国の役人はいないだろう。密告せねば誰も気づかんさ」
「見つからなけらば犯罪じゃないみたいな理論やめなさい」
「見つからなければ犯罪じゃないだろ?」
むしろバレない犯罪は通過儀礼だろうに。
「真顔で言うから始末に負えないのよね」
「もしかして、旦那って元山賊俺らよりよっぽど悪なんじゃ……」
人聞きの悪い。スパルタでは教育課程中は推奨されているし、それすらできないと
「ともあれ、これで移動手段は見つかったな」
「移動手段って、これ?」
アイナはおそるおそると猟犬に指をさす。
「それ以外に何がある」
「いやさすがに恐れ多いというか……」
「では屍体の筏か」
「私、王国の至宝に乗れて嬉しいなー!!」
そんなに喜ぶとは、よほど乗りたかったと見える。
「犬橇は付属してないようだから、屍体の橇を牽いてもらおう」
「え」
「う、うん。まかせて」
「え」
上陸地点が限られる海より、どこでも着陸できる空の方が都合がよい。厳戒態勢を取られる前に国境を越えられればこちらのものだ。
「では、行くぞ。オークの国へ」
私は折れた魔剣を掴み、アイナの叫びがこだまする洞窟から踏み出した。
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