第21話
「がっはっは! すまなかったなお客人、貝の幻影の1つかと思ったわ」
「いえ、こちらも正規の港以外に停泊しようとしたのです。事故は起こるべくして起きたのでしょう」
「随分とかしこまる。互いに悪かったと言うなら、気軽に話してもらって構わんよ」
「まさか、曳航までしていただいておきながら、そのような無礼許されません」
「とって食うわけではないのだ、そうびくびくするな」
とって食うが比喩ではなくできてしまう巨人が、船首の先で破顔する。
船を水浸しにした謝罪として、船の曳航をかってでてくれたのだ。
曳航とは言っているが、船を呼ぶような段階を踏んではいない。巨人が直接船に縄を括り付けて引っ張っている。
「それに俺様も港には用があるからな」
「用ですか?」
「おう、この貝を焼こうと思ってな。食いでがあるのは良いが、火力が足らんと腹を下すから灯台の火で炙るんだ」
「灯台の火で……それはまた豪快な」
「人間はやらんのか。ただ薪を燃やしてるのはもったいなくないか?」
「いえ、こちらは魔力灯で光ってますので」
「相変わらず人間は器用なものだ。灯すら魔道具で作るか」
エマは船首に立ち、率先して巨人と言葉を交わす。
普段は賊の頭領のような口調だが、あんなに礼儀正しくできるとは、さすがは商人といったところだ。
「それが取り柄ですので。力ではとても他の種族には敵いません」
「力ではね……その割には、ギラついた目を向ける奴もいるみたいだが」
巨人が私を流し見る。
視線がぶつかった。しかし、火花が散る前に逸らされていしまう。
「そう、情熱的に求めるな。思わず潰したくなっちまうだろ」
「その巨体でできるのか?」
「へえ……」
「おい、ヘラクレイオスやめな。約束だっただろ」
「こんなもの挨拶みたいなものだろう?」
「そんな屁理屈――」
「いや気にするな。巨人族では跳ねっかえり珍しくもねえし、気分を害すもんでもねえ」
「……それならば良いのですが」
「ちっと、わからせるくらいしかしねえよ」
「え?」
瞬きをすると、目前に水塊があった。
いつの間にとか、どうやってとか考える暇もなく、それは私の顔面を叩いく。
痛みこそないが、塩味が鼻に入り思わずせき込む。
「少し頭が冷やしとけ。ここでやったらお前の味方は全員藻屑になるってわかんだろ」
巨人の指が伸び切っている。水を指で弾いただけで、あの速さをだせるのか。
「港についたら、やってやるから今は大人しくしとけ」
そう言って巨人は船を曳き直す。
私は顔を濡らす海水ごと舌をなめずった。
巨人の国の港というから、よほど立派なものなのだろうと思っていたがそんなことはなかった。港湾は狭く、伸ばされた埠頭もピエタに劣る。
市場があるわけでもなく、ただ勇壮な灯台だけがぽつんと建っていた。
「これが、港?」
「貧相だろう?」
「いえ、決してそんなことは……」
「はは、誤魔化さなくてよい。俺様もそう思う」
巨人は器用に船を埠頭の柱に係留させながら、ごちるように語った。
「交易なんてしなくても暮らせるほど、巨人の国は豊かだ。この港はたまに来る他種族用のもんだよ。まあ、こうやってたまに海産物を焼きに来るがね」
「豊か、ですか」
「人間には荒涼とした地に見えるだろうけどな。濃い魔力のおかげで魔物もでけえ。どれだけとっても取りつくせない獲物がありゃ農作業なんて馬鹿らしくやってられねえよ」
「なるほど、たしかにそれは豊かだ」
「だがまあ、酒ばっかりはいかんともしがたくてな。造れないことはないんだが、たまに来る寒波で発酵前に凍っちまう。だから、この港もほとんど酒の入荷用に造られてある。時期になると都から大量の若い衆が運びに来るから、建物があると逆に邪魔になるんだ」
「私の商会も良く卸させていただいております」
「む? オークの戦艦に乗ってきたから海賊かと思ったが商人だったか」
「はい、オリゼ商会第2支部所属、エマ=ランドブリッズです。以後お見知りおきを」
「オリゼ商会……おう! あのいつも美酒を献上してくれる人間の仲間か」
「第1支部の管轄でありますので、此度はプライム王国産のワインはございませんが、代わりにオークのワインを積み込んでおります」
「それは良いことを聞いた。親父たちも喜ぶだろう」
「その代わりと言っては申し訳ありませんが――」
「みなまで言うな。わかっている、お前たちの安全は俺様が保証しよう。船が直るまで大亀に乗った気持ちで逗留するがよい」
亀? と疑問に思ったが、周りの者が首をかしげる様子はない。この国では巨人が乗れる亀がいるのは常識なんだろうか。
「感謝いたします」
「まあ、その前に約束を果たさなければな――――待たせたな獰猛な小さき者、いつでもかかってきてよいぞ」
エマは頭を下げたまま、私に視線を送る。どうか矛を下ろしてくれと、願望と警告の入り混じった眼付だ。
約束を守るのは当然だ。それは信頼関係を築くうえで、何より重要だ。
だが、スパルタの戦士が強者に誘われて抗えるだろうか。
言うなれば、最高の美酒に山と皿に盛られた肉。それを鍛え抜かれた美しいスパルタの女性と、まだ年端もいかない美少年が手招きしているのと同等以上。
他の何を捨てても得たいと思う、黄金のリンゴだ。
私はゆっくりと歩きながら、
エマはひっそりと目を閉じた。
「スパルタの戦士、ヘラクレイオス。いざ参る」
「名乗りか……どうやらいっぱしの戦士らしい、ならばこちらも名乗りを上げねばならんな」
巨人は魔物が刺さったままの槍を大地に突き刺し、無手の構えにて大音声を上げる。
「俺様はテロス王国東方狩猟大隊長、
甲板を踏み抜く。砕け散った木片を置き去りにして、私は巨人の足元に迫った。
狙うは巨人のアキレス腱。
どれだけ強靭な者であろうと、足首の腱を斬られたら立っていられまい。
渾身の手ごたえ、腕が痺れるほどの衝撃は間違いなく巨人に痛撃を与えたはずだ。
「狙いはいいな」
しかし、巨人が倒れることはない。
「だが、戦技とやらを使わないでかかってくるとは、なめられたものだ」
代わりに、
数多の魔物を屠り、不死の男を100以上切り刻んでも刃こぼれ1つしなかった魔剣が、たった一度巨人の腱に斬り付けただけで、真っ二つに折れたのだ。
「何を呆けている。戦闘中だぞ?」
迫る足の爪先。
巨大なものは遅いという甘い考えを打ち砕く豪速の蹴りを、避ける余裕などはなかった。
反射的にに構えた左腕。
だが、そこにはいつだって自身を、隣の味方を、スパルタの民を守ってくれた盾はなく――――
肉の内側から、言い表せない音を感じる。
海面を滑り、岩礁に頭を打ち付けた時に、やっと左腕が複雑骨折したことに気付いた。
「だからぁ、ぼうっとすんなって」
速い。
かなり吹っ飛んだはずなのに、ウルカスの影が私をすっぽりと収めていた。
そこで放たれるのは、無造作に振り下ろしただけの攻撃。
初動どころか動作がはっきりとした大振りの平手。しかし、頭を打った衝撃で鈍った意識では、避けることも守ることもできず。私は子供に見つかった蛙のように、岩礁ごと叩きつぶされた。
「おーい、まだ始まったばかりだぞー」
「…………」
巨人の挑発に言い返すこともできず、私の視界は暗くなる。
「なんだ、名乗るほどの奴じゃなかったな」
意識はそこで途絶えた。
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