第17話

 ベイトールが斧を振るう。手首を落として無力化し、返す一撃で腹から心臓まで切り裂く。殺した。

 ベイトールが拳を放つ。こちらも拳で迎え撃ち、指の骨を余さず粉砕する。殺した。

 ベイトールが双剣を振り回す。双剣ごと魔剣ヘスティオンで両断する。殺した。

 ベイトールが鎚鉾メイスを投げつける。回転して襲い来る鎚鉾の柄を空中で掴み、投げ返す。殺した。

 ベイトールが弓を引く。矢を全て叩き落しながら近づき、拇指に力を凝縮した蹴りを放ち、腹に大穴を空ける。殺した。



「まだやるか?」



 短剣を持って忍び寄ってきたベイトールの前頭部に五指を食い込ませ、頭蓋を砕く。血と脳漿で汚れるが、すでに全身返り血に塗れているので大した問題ではない。


 ついに足元に転がる死体の数は100を超えた。海に落ちた者もいるので実際はもっと多いだろう。熱き門テルモピュライのペルシア兵を思い出す。あの時も足の踏み場がないほど、死体が敷き詰められていた。



「やりますとも――私が死に果てるまで、ね!」



 復活するやいなやベイトールは長細い刃の剣を突き出す。

 鋭く、素早い剣の突きは、掴んだとしても剣身が滑る可能性がある。ゆえに、避けるしかないのだが、私はその場を動かなかった。

 頼もしい相棒がすでに手を打っていてくれたからだ。


 鉄が鉄を打つ、激しい音が響く。



「遅かったな、ザクロ。先に楽しませてもらったぞ」


「ご、ごめん」


「かまわん。私一人で片付けるつもりだったからな」



 ザクロの不死兵アンデッドが、怨念のこもった剣撃でベイトールの剣を粉々に砕いた。さらに、間を置かず斬り上げ、顎から左目にかけて切創を残す。

 

 数歩下がり、距離を置いたベイトールから血が滴る。顔を上げると、涙のように血が流れた。



「死霊術師ザザクロさん……貴女には眠ってもらっていたはずですが」


「お、おかげで快眠。ありがと」


「致死量超えた睡眠薬は安眠するためにあるんじゃないんですよねぇ!」



 彼はだくだくと血を流しながら、憤懣やる方ない叫びをあげた。

 そして、赤くなったまなこでザクロを睨み、表面上は穏やかに話しかける。



「切り離したとはいえ、元々私の一部だった命を蘇生するとは。貴女も只物じゃありませんね」


「わ、私はただの死霊術師。そんなす、すごい者じゃない」


「いや、自分の屍体蘇生できる時点で十分やばいんですよ」



 この国の死霊術なら誰でもできると思ったが違うのか。ザクロを見ると照れ臭そうに笑っている。慣れたといっても、やはり腐敗している分、若干怖気が走る。



「そ、そこまで言われたなら、ほ、本気を出さなきゃね」



 彼女が髑髏の杖を振ると、他の屍体もゆっくりと起き上がる。



「なっ! 同時に100体以上操作できるのですか!」


「すごいことだったのか?」


「わ、わからない。自分以外のし、死霊術師を知らないから」



 魔力増幅剤があったとはいえ、ザクロは対オーク戦で2000の不死兵を操っている。むしろ軍勢を操ることが死霊術の強みだと思っていたのだが違っていたとは。



「ううむ。やはり、一般常識を教えてくれる仲間が欲しいものだ」



 戦闘において常に全力で立ち向かうことは礼儀であるが、スパルタが弱者をいたぶる集団と広まるのはまずい。それではギリシア語も通じぬただの蛮族だ。

 強大な帝国が相手だろうと決して引かず、誇りを貫き通す真の戦士と知らしめねばならないというのに。こういう時に羊飼いのティアナが居ればな……やはりあの別れは惜しかった。



「あ、あの元山賊3人がいる」


「あいつらか……」



 3人ぽっちで大商人の通る街道を占拠できると思い至った彼らを、果たして常識人と認めても良いものか甚だ疑問だ。



「和やかに歓談しているところ悪いんですが、まだ戦闘は終わってませんよ」



 見かねたベイトールが青筋を立てて威嚇してきた。

 相手が歓談しているなら、その間に策を練り奇襲の準備をすれば良いものを。もう頭も回っていないらしい。


 正直言うと、もう飽いた。

 無限に復活する敵と知って最初こそ興奮したが、蓋を開けてみればどれも一流に届かない技術ばかり使ってくる。死から縁遠い故の傲慢さというか、驕りというか、未修得してからまともに鍛錬をしていないのだろう。これなら隣国の古き冶金の国アルゴスと戦争してた方がまだ楽しい。

 私が大げさにため息を吐くと、彼はあからさまにまなじりを吊り上げた。



「戦闘? 蹂躙の間違いではないか」


「……いつまでそんなことを言ってられますかね。私はまだまだ復活できますよ」


「100回以上殺されてその精神は、ある意味尊敬するな」



 確かに、結果的にベイトールが生き残り、私が死ねば彼の勝利となる。彼にとってはそれは当然のことであり、今までもこれからも在り方を変えることはないのだろう。本当につまらない相手だ。

 


「そも、死んでも次があると考えるような軟弱者に、スパルタ人が負けるわけがなったのだ」



 死んでも次がある。機会は何度でも訪れる。

 甘ったるい信条だ。どれだけぬるま湯に使っていれば、そんな茹だった思考になるのか。


 出生間もなくにワイン壺に沈められて、無事でなければ谷から落とされる。

 7歳から始まる軍事訓練に追いついていけなければ死ぬ。

 12歳に裸で野に放たれたて、暖を取り食料を得ることができなければ死ぬ。

 18歳に奴隷へロットを暗殺できなければ逆に囲まれて殺される。

 20歳から本格的に始まる訓練は、それまでの軍事訓練が遊びだったと思うほど過酷だ。常に死と隣り合わせの毎日を過ごした。

 30歳に晴れて一人前の戦士になれるのは、生まれたスパルタ人の一握り。


 今を苛烈に生きる私と、貴様では覚悟が違う。



「あまり、スパルタを舐めるなよ」



 ベイトールに詰め寄り、首を掴んでは高く掲げる。ぎりぎりと締め上げる私に抵抗するでもなく、彼は不敵に笑っていた。



「はは、今度は首でも絞めて殺しますか?」



 死が絶対でない故に、この期に及んでまだ余裕を見せる。それは彼の強みであって、同時に大いなる弱点である。



「なに、不死の怪物を倒すには、二度と出られない場所に押し込めれば良い。幸い、ザクロが目覚めている」



 かつて全能神ゼウスが多くの巨神ティターン怪物たちの父テュポーン奈落タルタロスに落としたように、不死はいずれ攻略されるものだ。


 

「死霊術師が神聖魔法である封印シールドを使えるとでも?」


「いや、そんな魔法は知らん。ただ貴様は死んだ場所から近いところにしか復活できないようだな」



 これは確信だ。100以上殺した内、極端に離れた場所に復活したベイトールはいなかった。銃による奇襲の有効性を知っておきながら、最初以外行わなかったのだ。



「それがどうしたというのです。その程度気付いただけで私を殺しきれるとお思いですか?」


「それは貴様の身をもって知るが良い」



 私は大きく腰を捻る。慣れ親しんだ円盤投げの姿勢。

 ただし、仰角ではなく俯角だ。



「ザクロ、頼んだ」


「う、うん」


「こけおどしもいい加減に……いや、待ってください。その死霊術師に関係が? 多くの兵を操れる手腕。それなら――もしや巨大な屍体ですらも」

 

 

 投擲。 


 鯨が跳んだが如き、巨大な水音。

 

 ベイトールは最後まで言い終わる前にその身体で水を切った。スパルタ人の全力の円盤投げは、人すらも小石のように回転させ、何度も水上を跳ねさせることができる。


 しかし、どれだけ距離を置こうと、そのままでは自由走行フリーランニングなどの戦技で戻って来れるだろう。


 奴もそれに気づき、減速を試みるももう遅い。

 終着点はもうすぐ傍にあるのだから。


 恐ろしいほどの虚空。闇色の空洞。

 首のない巨大サメの不死兵アンデッドが、食道を広げて待ち構えていた。



「ヘラクレイオスぅううううううううううううう!!!!」



 ザクロによって蘇った無頭の怪物は、ベイトールを一口で飲み込んだ。

 

 そして、急速潜行。サメの怪物は、どこまでも深く深く潜っていく。彼にはあの巨体をどうこうする力はなく、復活しようとそこは全てを圧し潰す海の底。


 永劫の生には永劫の死を。

 彼は海界の王ポセイドンの領域で神への反逆者プロメテウスが如き責め苦を受け続けるだろう。

 

 かくして、不死殺しは遂げられる。



殲滅戦スパルタ完了」



 私の初めての海戦は、こうして幕を閉じた。

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