第15話

「死霊術か」


「いえいえ、そんな外法ではありませんよ。ただ人より丈夫なだけです」


「丈夫だと?」



 内臓の大半を切り裂かれ、顔面を砕かれていたというのに、今は無傷ではないか。それはただ丈夫だとか回復が早いとかではない。



不死隊アタナトイと同じか。怪物め」


「心臓撃たれて死なない人間に言われたくありませんねえ――化け物!」



 魔剣と直剣が戦場の快音を奏でる。

 死の淵でさえ鉄の筒を向けての射撃に拘っていた者と、同一人物か疑わしいくらい、鋭く力強い剣撃だった。



「まだまだいきますよ」


「いいだろう、来い」


 

 迫り合う刃を滑らせて、狙うはつかを握る指。しかし、ベイトールの握る直剣の長い棒状のつばは想像以上硬く、指にたどり着く前に受け止められ、制止させられた。



「隙ありですね」



 彼は手首を捻り剣を巻く。すると、なんということか。それだけで鍔迫り合いは剝され、勢い余った魔剣は甲板に刺さる。

 

 驚いている暇もなく、鋭い突きが喉元に迫る。

 魔剣を手放し、すんでのところで避けるが、それも想定通りだと彼はすぐさま短剣を抜き腹部を狙う。

 

 だが、スパルタの固めた腹筋は短剣程度で貫けない。刺そうとしたが最後、至近距離で拳を見舞ってやる。



「今から腹に力を入れると、顔にでてますよ」



 敵のそれは虚であった。直角に軌道を変える短剣、狙いは風穴の空いた心臓。

 急いで大胸筋を固めるが、すでについている傷をえぐるのは新しく傷をつけるのと違って簡単だ。筋肉の収縮のみで塞いでいた傷は容易に広がり、胸から血が噴き出した。



「っつ!」



 手を抜いたつもりはない。しかし、剣の扱いはベイトールの方が長じていた。



「その武器、まだ慣れてませんね? 駄目ですよ戦いには一番得意な得物を持ってこないと」


「スパルタ人は武器を選り好みしない」


「そうです、か!」



 厄介だ。緩急のつけられた連撃はとらえどころがなく、全て捉えているというのに、次第に剣が当たる回数が増えてきた。執拗に狙われる心臓を守れば関節や目といった痛いところをついてくる。

 武器は選ばないが、やはり盾は欲しい。


 それにしても、本当に鉄の筒を撃って悦に浸っていた者と同一人物なのだろうか。この剣には間違いなく技がある。スパルタや他の都市国家ポリス、アジアの戦士とは全く異なる系譜だ。

 

 剣を巻く技といい、時折見せる右手で握りを掴み、左手を刃に添える構えなど見たことも聞いたこともない。



「鉄の筒など使わず、最初から剣を抜いていれば不覚も取らなかっただろうに」


「あの私の得手は銃でしたから」



 あれは銃という武器なのか。

 それはともかく「あの私」とは独特な言い回しだ。

 まさか双子か何かだったとでもいうのか?

 スパルタの英雄であるカストルとポルックスディオスクロイも双子だ。同じ顔を持つ猛者はそれなりにいる。彼もその同類ということならば納得はいくが。



「その顔、私が双生児だとでも思ってますね」


「違うのか?」


「皆考えるんです。死んだはずだ、あの状態から復活するなんてありえない、そうだお前は双子の片割れなのだろうって」


 

 ベイトールが構えを変える。

 それは私の慮外の構え。両手で刃を握るというものだった。



「まあ、そんな愚劣な思考回路の頭は叩き割ってきましたけどね」


 

 逆さまに持たれた剣は、瞬く間に戦槌の型となる。刃は柄に、棒鍔は鎚に。

 頭を砕かれまいと腕を交差するが、それは悪手だった。

 棒鍔が鎌のように腕をひっかけ、あっけなく防御を崩す。



詰みですチェックメイト



 無防備になった私に迫りくる柄頭の突き。今のベイトールの膂力に加え、硬く重い柄ならば頭蓋を割ることもできよう。


 並みの戦士ならここで死を迎えるだろう。


 だが、彼は知らない。

 スパルタの在り方を。



「それはどうかな」



 槍が折れれば剣を持ち、

 剣が折れれば拳を構え、

 拳が砕ければ歯牙を剝く。


 命果てるまで戦士たる、スパルタ人を誇るうた


 最終手段であるスパルタ人の歯は、何より硬く何より強い。



殺撃今のを噛んで止め――」


ほんほはほひらのはんあ今度はこちらの番だ



 柄を噛んだまま頭を振ると、剣を握ったままのベイトールはつんのめる。

 傾き、前に出た顔面は格好の的だ。

 握りしめた渾身の右は、彼の首は3回転させる。大量の血と砕けた歯を吹き出し、ベイトールは力なく項垂れた。



「辛うじて、私の勝ちだな」



 直剣を吐き捨て、落ちた魔剣を拾いなおす。滑る手のひらが、どれだけ自分が気を張っていたかを教えてくれる。



「まさか、ここまでの実力だとは」



 名誉の死すらよぎる激しい戦闘だった。

 未知の技、的確な戦略どれも凄味があり、相手がもう1手残していたら甲板に倒れていたのは私かもしれない。

 肺いっぱいに空気を吸い込み吐き出す作業を数回繰り返し、息を整える。

 サメとの戦闘があったとはいえ、100万の軍勢を抑えたスパルタ兵を疲弊させるとは本当に恐ろしい戦士だった。



「さて、復活はしないか?」


 

 警戒を怠らず、じりじりと近づく。

 1度確実に殺したはずなのに、百俣蛇ヒュドラの頭のように復活した相手だ。油断だけはすまい。



「サメといい、こいつといい、この国では復活が当たり前なのか?」



 だとしたら度し難いことだ。

 ハデスを領域を侵犯し、死者蘇生の秘薬を作り出した医療神アスクレピオスはゼウスの雷霆によって裁かれた。

 半神でさえ、神の許しを得ずに不死を得ることはできない。ましてや、ただの獣や人間が神の模倣をするなど。


 

「いや、考えるのは後だ今はこの死体だな」



 憶測で怒りを覚えていたら仕様もない。まずは検死して、復活する絡繰りを探るのが先決だ。



「頸椎は間違いなく外れている。普通なら即死だな」



 呼吸も脈拍もない。調べる限り、確実に死んでいる。

 奴の言葉を信じるならば死霊術ではないのだろう。ザクロも意志を持った不死兵は稀だと言っていたしな。

 回復魔法という線も薄いだろう。致命傷でなくても施術後の疲労感は大きかった。もし回復魔法を使っていたならば、剣を持って現れた際に肩で息をしてなければおかしい。



「戦技か魔法で擬死、高度な死んだふりをしているのか?」



 草食動物の中には襲われた時にそういった習性を見せるものもいる。

 ……頸椎が折れて死んだふりもないか。


 推理は苦手だ。こういった相手は対処に困る。



「………………………………………………………………燃やすか」



 頭が燃えそうなほど考えに考えた結果、そういう結論に至った。

 私では敵の小細工は見抜けそうにない。

 もう跡形もなく燃やした方が早い。百俣蛇ヒュドラだって切り口を炙られたら新しい首が生えることはなかったし、多分こいつも復活しないだろう。


 火といえば、お誂え向きに魔剣ヘスティオンがある。幾十もの魔物の死体を処理した実績から見るに、人ひとり燃やすには十分すぎる性能だ。


 私は魔剣に火を灯すため、ベイトールに奪われていた小袋を拾い、魔石を取り出す。幸い割れたりしていないようだ。


 光沢のある魔石を口に含み――――膝から崩れ落ちた。



「――――――――――!」



 全身の痺れ。すぐに吐き出したが、筋肉が弛緩し、力が入らない。

 即効性の麻痺毒。まごうことなき猛毒だ。



「あーあ、落ちたもの食べてはいけないと習わなかったんですか?」


「ベイトール……」



 私の顔を覗き込むのは、またもや無傷のベイトールだった。

 おかしい。そこにはまだ遺体があるというのに、男は腰を曲げてへらへらと笑っている。



「生憎、年中飢えているスパルタ人にとって、落ちてるものも貴重な食料だからな」


「まだ減らず口を叩ける元気があるとは驚きですね。それ、オーガベアも1秒で卒倒する毒なんですよ?」


「ふん、不死の半馬人ケイローンすら死を懇願するようになる最凶の毒蛇ヒュドラの猛毒に比べたら、どうということはない」


「痺れて立ち上がれもしないくせに、強がってまあ」



 頬を鉄の靴が叩く。蹴られた衝撃に耐えきれず、私は無様に甲板に倒れた。



「とはいえ、敢闘賞です。さすがの私も1日に2回死んだのは初めてですよ。それも1度は遠距離からの奇襲、2度目は貴方の頼みの綱である魔石を奪っておいてこの結果ですから」


「ほう、では3度目といこうか」


「は?」



 彼の足の指を吐き出す。頬を蹴られた瞬間に鉄の靴ごと噛み千切ったのだ。

 ベイトールの顔が憤怒に歪む。



「貴様」


「人より丈夫と豪語した割には、柔らかい肉ではないか」


 

 ベイトールが槍を繰り出すが、怒りに任せた一撃を受けるほど私は優しくない。今度はしっかりと手で柄を握って止める。



「……なんで、動けるんですか」


「言っただろう。スパルタ人は落ちているものも貴重なだったと。毒などとうに代謝したわ」



 初めて体験する睡眠毒ならともかく、麻痺毒なら子供のころからよく間違って食べていた。食べるのを繰り返す内に、薬がなくとも次第に解毒できるようになり、今では一言二言交わすだけの時間があれば回復する。



「どこまで規格外なんですか貴方は」



 引きつった笑顔に蹴りを叩きこむ。拇指によって陥没した鼻から、ぬちゃりと音を立てて、都合3人目のベイトールが倒れ伏せた。


 積み重なる死体。

 騒ぎを聞きつけ、乗組員たちが近寄ってくるのを手のひらを上げて制する。



「まだ終わりではないだろう」



 恐らく予想は当たる。2度あって、3度目がないということはない。

 銃に剣に槍、全く異なる武器を得意として現れたベイトールが次に何を持ち出すか見当もつかない。何人倒せば良いかもさっぱりだ。


 だが、それでいい。

 スパルタ人のくせに小難しいことを考えることが間違っていた。



「良いだろう、付き合ってやる」



 敵が復活するのなら、



「これより殲滅戦スパルタを開始する」



 復活しなくなるまで殺せばよいのだ。

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