第10話

「へ、ヘラクレイオス。遅かったね」


「少し興に乗ってしまってな。待たせてすまない」



 担いだ荷物を下ろして、肩を鳴らす。結局馬に乗せるだけでなく、自分で持たなければいけない量になってしまった。

 3馬鹿が感嘆をもらしながら積まれた毛皮を眺めている。暇そうだし、あとでなめし作業でもやらせよう。



「そ、それはいいんだけど」


「何か問題があったのか?」



 ザクロが目線を逸らした方を見ると、体の線がはっきり見えるほどぴちぴちの服を着た男が立っていた。



「いやはや、見事ですな」


「貴公は?」


「ふ、一撃で倒されるような弱者に興味はないと。まさに強者といった具合ですか」



 慇懃な態度で近寄ってくる男に見覚えはない。

 声はなんとなく覚えがあるのだが。



「……貴方に腹パン食らって吐いた近衛騎士ですよ」


「ああ」



 そんな奴もいたような気がする。あの時はイザドラしか眼中になかったから完全に忘れていた。



「うおっほん! 私はベイトールと申します。イザドラ様の命により、貴方と同行することになりましたので、以後お見知りおきを」


「なるほど、貴公が聖騎士か。む? 今近衛騎士と名乗っていたが」


「兼ね役ってやつです。神殿からの出向なんですよ」


「覚えるのが面倒だな」


「正直な人ですね。まあ、私としても肩書なんてどっちだって良いですが」



 ベイトールが肩をすくめる。どうも信用ならない男だが、イザドラがつけた伝令なら無下にはできない。適当に相槌を打っていると、小指がくいくと引かれる。ザクロだ。



「あ、あのヘラクレイオス。王女が戻ってきたと思ったら、せ、説明もなくいきなりこの人押し付けられたんだけど、い、一体何?」


「む、それはな」



 イザドラに依頼された話をかいつまんで話す。聞き終えたザクロは、どこか納得のいかないような顔をしていた。



「た、確かに鎧は赤と青だったけど、それだけで有名なき、騎士団と断定するのは違うと思う」


「無実ならばそれで良いではないか。そのまま報告すれば良いのだ」


「そうですよ。ちゃちゃっと調べて、帰ってくればよいのです」


「う、うーん」


 

 煮え切らない様子だったが、やがて何か決心したように頷く。



「わ、わかった。とりあえず信じる」



 ザクロの返事に、にこりと笑うベイトール。

 そう、信じることは大事だ。もし裏切ったならば殺せばよいのだからな。

 常習犯テーバイほど裏切りを繰り返されても問題だが。本当にあのポリスはウナギのように掴みどころがない。



「お連れさんも納得したようですので、建設的な話をしましょうか」


「となると、まずは行先か」


「そこは問題ないでしょう。まずは青獅子騎士団の主要拠点オリゼ、次に赤竜騎士団の砦バウルに行くのが効率が良い」


「ふむ」



 全く知らない地名だ。さっぱりわからん。

 都市にオリゼがつくということは、侯爵の直轄領なのだろうか。



「オリゼに行くにはやはり海路ですね。陸路ですと、ひと月以上かかりますし」


「旅程は任せる。なにぶん地理に明るくないものでな」


「そうなんですか? 冒険者と聞いていましたが」


「最低ランクなのだ。そこは目をつぶって欲しい」


「はぁ、わかりました……では海路で決定ということで。お連れさんもよろしいですか?」


「そ、そのお連れさんってやめて、私の名前はざ、ザクロ」


「これは失礼しましたザザクロさん。それでは、行きましょうか」


「待て。もう行くのか?」



 私が止めると、ベイトールは口元でちっちっと指を振る。やけに腹の立つ動きだ。ザクロはザクロで「ザザクロ……」と小声で言うの鬱陶しいからやめて欲しい。

 


「兵は拙速を尊ぶものです。たらたら移動してたら、いつまで経ってもイザドラ様に報告できませんよ」


「それはそうだが、糧食がなければ進軍もままならんだろう」


「大丈夫ですよ。すでに数日分の食料は買いそろえましたし、ずっと船に乗ってるわけじゃありませんから。港町でその山となった素材を売って、食料を買えばいいじゃないですか」


「そうなのか」


「そうなのです。実はイザドラ様に命を預かってすぐに、部下に言って船を手配させていたのですよ」


「水夫はどうしたのだ? ピエタは労働力不足のはずだが」


「そこも大丈夫です。というのも、オリゼ商会と同船でしてね。ちょうど海路で帰ると言っていたので、待ってもらっているんですよ。ですから、すぐにでも向かいたいのが本音でしてね」


「オリゼ商会。ならば好都合だ」



 恐らく、帰る準備をしているのはエマたちだろう。大型の馬車がいくつもあったし、オークの船から戦利品を回収すると言っていた。それだけの大荷物で、この人が詰まった道を、逆方向に向かって帰るのは難しいだろう。


「そう言っていただけるとありがたいですね。さあ、行きましょう」



 踵を返して海へと向かうベイトール。



「せっかちな奴だ。では、ザクロ私たちも――」



 荷を担ぎなおそうとしたら、置いたはずの場所に見当たらない。大胆な泥棒もいたものだと顔を上げると、いたずらに成功した子供のようにザクロが笑う。

 私がベイトールを話している間に、ザクロは召喚した不死兵に荷物を担がせていたのだ。


 ふふんと彼女は鼻を鳴らす。息が合ってきたことを誇示したいのだろうか。

 実年齢とは程遠いしぐさに思わずこちらも笑ってしまう。


 私はフードの上から彼女の頭をくしゃりと撫でた。



「では共に行くか」


「う、うん」



 言葉通りの新しい船出が、素晴らしいものとなるように。

 私はそっと海界の王ポセイドンに祈った。


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