第6話

 元は魔物だけあって、首無し馬ヘッドレスホースの脚力は目を見張るものがある。成人2人を乗せた上で襲歩できる馬など、ギリシアではトラキアくんだりまで行かないと見つからない。


「良い馬でしょう?」


「ええ、首があって腐ってなければ最高の名馬でしたわ」



 イザドラが疲れた声をもらす。先ほど暴れすぎて体勢を崩し、頭が削げそうになったせいだろうか、出会った時ほどの気迫はない。


 狩りを楽しんでもらうためには、もう少し元気を出してもらいたいところだ。

 しかし、小粋な会話など全く頭に浮かばない。私から出る言葉は、今日の天気や狩場の様子など当たり障りのないことばかりだ。


 それでも何かを話さねば、と口を開こうとしたら彼女に機先を制された。



「貴方、2人で狩りがしたいとおっしゃいましたわよね?」


「うむ、貴女と狩りができるならば、これ以上の幸福はない」


「弓矢も持たずに狩りなどできるわけがないじゃない。それとも、貴方その格好で魔術師とでも言い張りますの?」



 良いところに気付く。確かに狩りはアルテミスの領域、弓矢こそ正式な装備だ。



「弓矢があれば、効率的に獲物を狩れるでしょう」


「でしたら――」


「しかし、ナイフ1本で狩りをしてこそスパルタ。大剣に馬まであるならば、森の1つ根こそぎ狩りきって見せよう」



 ちょうどよく草木の間からオーガベアが首を出したので、剣で刎ねる。



「どうだろう」


「どうと言われましても、蛮族という感想しかわきませんわ」


「うむぅ」



 おかしい。スパルタでは熊を狩れば言い寄ってくる女性が1人や2人いるというのに、彼女の心に響くものは全くないようだ。


 その後、野生のヘッドレスホースやレッドタングを狩ったりしたが、目を輝かせるようなことはない。


 ならばもっと大物を狩るか。


 新しい獲物を求めて馬の脚を止めさせた矢先、前に座るイザドラが振り向いた。



「……質問してもよろしいですか?」


「どうぞ、なんなりと」



 馬は嘶く口がなく、獲物は近くにいない。

 静かな場所で2人きりという状況に、鼓動が速くなるのがわかる。


 もしや、女性関係など聞かれるのでは? と身構えるがその考えは全くの見当違いだった。


「貴方本当に赤竜騎士団と無関係なのですよね?」


「先ほど言った通りです。私はスパルタのヘラクレイオス、冒険者であって騎士ではない」


「そうですか。でしたらその剣、山賊から頂戴したとおっしゃいましたよね。どのような輩だったんですか?」


「エドと名乗る、赤い鎧の大男だ」


「赤い――やはり赤竜騎士団がここに」


「一緒にリックと名乗る青い鎧の者もいたな」


「青獅子騎士団まで?」



 青獅子騎士団。たしかエアリスのレオルドが所属していた騎士団だったか。リックとレオルドの鎧は色以外特に似ている部分はなかったが。



「貴方が彼らを山賊と呼ぶということは、騎士団として名乗らなかったのでしょうね」


「うむ、山賊で良いと言っていた。実際、山賊行為で山の奥に行かせないようにしていたしな」


「山の奥には何があったんですの?」


「薬草が繁茂する土地で、玄翁大蛇ハンマーヘッドボアを飼育していた」


「………………はい?」


「中々の強敵だった。あの時風が吹かねば、雷が落ちねば負けていた。全ては神の加護のおかげだ」


「ちょっと待ってくださいまし。玄翁大蛇ハンマーヘッドボア? あの城壁すら締め壊す怪物を? というか今なんとおっしゃいました?」


「中々の強敵だったと」


「聞き間違いかしら、過去形に聞こえるのですけど」


「すでに倒しているのだ。当然だろう」


「…………ふーん」


「信じていないな」


「当たり前でしょう。貴方が聖遺物レリックの墜落を受け止め、私と聖騎士を相手取っても余裕だったからといって、巨人族が集団で狩るような魔物を倒したなど、にわかに信じがたいですわ」


「確かに、口だけではなんとでも言えるからな。しかし、事実だ」



 やはり、魔石か蛇皮どちらか一方でも回収しておきたかった。どれだけ悔やんでも意味のないことだが、彼女に良いところが見せられなかったと思うと、猛烈に悔しい。



「なるほど、貴方はその大言壮語が事実であるとおっしゃいますのね?」


「うむ」


「では、取引しましょう」


「取引だと?」



 取引。これは男女の駆け引きというやつだろうか。つまり最速の狩人アタランテと結婚するために徒競走をしたり、エウロペを手に入れるために射的をするような試練か。



「ええ、もしわたくしの依頼を完遂したならば、あなたの言うことが事実だと信じます。あと、王家の秘宝に触れた罪、私を拉致した罪を許しましょう。それと、そうですね……貴方はわたくしとお近づきになりたいのですよね?」


「うむ」



 むしろ嫁にしたいと言いたいところだが、急いては事を仕損じる。ここは慎重に彼女の言い分を聞こう。



「では、依頼を完遂したあかつきには宮廷でわたくしと食事するというのはどうですか」



 食事を共にする。私は初めて共同食事シュッシティアを行う際に、上官に言われたことを思い出した。同じ食卓で一緒に食事をするのは、命を預ける仲間に心を許し、お互いを信頼し合うためだと。

 つまり、彼女は私に命を許し、信頼し合いたいと言っているわけだ。

 これはもしかしなくても告白である。



「良いだろう。スパルタはどのような試練であっても乗り越える」


「ふふ、内容も聞かずに受けるとは、勇ましいですね」



 彼女の見上げる笑顔は艶めかしく、美しい。

 ああ、なるほど。このような感情が芽生えるならば、トロイアの王子パリススパルタの姫ヘレネを攫うのも納得だ。



「無論だ。どのような怪物であっても、どのような難問であっても討ち果たして見せよう。して、貴方の示す条件は何だ?」


「難問は討ち果たしてはいけないと思うですが……まあいいでしょう、わたくしからの条件は1つです」



 1つとは大英雄ヘラクレスの12の功業と比べればかわいいものだ。



「赤竜騎士団と青獅子騎士団が何をしていたか突き止めてくださいな」


「それは大蛇を飼育して、先兵とするためだろう?」


「その矛先を知りたいのです。もし、王国に反旗を翻すために行ったのであれば、対策をとらねばなりませんから」


「ふむ」



 確かにピエタのような大都市の周辺で、あのような怪物を飼うのが国益になるとは思えない。反抗勢力の仕業と考えるのが自然であろう。


 反乱は大国の常だ。スパルタでは奴隷へロットが武装蜂起するのは、もはや風物詩になっているし、拡大を続けたペルシア帝国はスパルタ以上にきな臭い地域が多い。



「聖騎士を1人同行させますので、確かな証拠を掴んだらその者に報告させてください」


「承知した。必ずやり遂げて見せよう」


「期待してますわ。それでは、もう狩りは終わりにしましょう。すでに鼻が麻痺してるとはいえ、これ以上腐敗臭を吸っていたら肺まで腐りそうですから」



 彼女は豊かな黒髪を優雅にばさりとなびかせる。花の香りが鼻孔をかすめて、なんとも心地よい。



「そのことなのだがな」


「どうしたのですか? 早く戻ってくださいまし」


「ここはどこだろうか?」



 調子に乗って馬を走らせてはいけない。

 

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