第3話
「なんだこの賑わいは」
「す、すごい人だかり」
ピエタに到着すると、そこには
「全員荷馬車を牽いている。商人か?」
「そ、それにしたって、お、多過ぎるような」
確かに同じ都市であるエアリスでは、待つことなく門を入ることができたし、ピエタは被征服中だとはいえ、他の行商人を見ることはなかった。
元山賊3人衆を見ても首をかしげている。
「さて、どうしたものか。あまり待つのは好きではないのだがな」
「こ、これだけいると、入れるのは明日になりそうだね」
「ふむ。では、まずは話を聞いて状況の確認をするか」
列に並ぶ人たちは、エマと同じような行商人だと思われる。皆揃って荷車を馬に牽かせ、護衛を侍らせているからだ。しかし、それにしては荷車はロバに牽かせるものと勘違いするくらい小さい。また、1つ1つに乗っている商品も少なかった。
ともかく、話を聞かねばわからない。
私は咳ばらいをして、恰幅のよい男に話しかけた。
「もし」
「む、どうかしたのかね?」
男は護衛がぴくりと動くのを手で制して、柔和な笑顔でこちらを向く。
「この列はいったい何があったんですか?」
「ああ、ピエタ戦勝記念の祭りがあってね。景気の良いことに、領主が食料品なら割り増しで全量買い取りしてくれるっていうんだ」
「全量とは。それにしては1台あたりの量が少ないようですが」
「はは、私も全部の馬車を出して卸したかったんだがね。街道は狭い崖路がある。あそこで詰まるような馬車は引き返すように命じられるんだ」
「それで数を増やしたのですか」
「儲けることができる時にできるだけ稼ぐのが、商人の
交通を整理することで物資がつまることを解消しようとするピエタ。1度に運べる量が少なくなった分を、馬車の数で取り返す商人。ピエタも、商人も良く考える。
それで門の前で詰まっているでは世話ないが。
「君は冒険者かね?」
「はい。しばらく山の方に籠っていましたので、少々情報に疎くなっていました」
「それは幸運だったね。ピエタはオークの軍勢に襲われて、一時期は陥落していたんだ。そこからオリゼ商会の力で押し返したらしいんだけど、君も都市の中にいたら危なかった」
「ほう」
大衆にはオリゼ商会、エマたちの手柄と伝わっているのか。
都市内のオークを駆逐した彼女たちの功績は大きい。しかし、港で待機していた本隊を殲滅したのは私とザクロである。
戦利品や報酬はどうなろうと構わないが、スパルタの栄光を示すためには、初陣が語られないというのはよろしくない。
「ユーリッドには、戦勝式で布告をしてもらわねばな」
「おいおい、新領主様を呼び捨てするもんじゃないよ。おっと、ようやく進んだ。それじゃあな」
男は手を振って列の前進に合わせて去っていった。
他の商人もぞくぞくと進んでいくが、最後尾はまだまだ見えない。
「へ、ヘラクレイオス敬語使えたんだ」
「私を何だと思っているんだ」
前回人にもの訊ねた時には、おざなりにされてしまったからな。物事が順調に進むならば、初対面の者に敬語くらい使っても構わない。敵対するものは別だが。
「それで、ど、どうする?」
「うーむ……壁を登って入るか」
ピエタの壁は高いが、ギリシアのものとそこまで変わらない。戦時下であれば石も油も落ちてくるだろうが、平時であれば絶壁の山肌より登るのは容易い。
「そ、それはやめた方が良い」
「なぜだ?」
「い、今現存する都市は、全部古のエルフの技術でつ、作られている。あの壁は見た目通りのた、高さじゃない」
「というと」
「えっとね。む、昔都市はエルフに物資を送るための拠点だった。だから、魔物や盗賊から守るために天空大陸に届くほどの、障壁がある。も、門以外から入ろうとすると、強烈な力で跳ね飛ばされる」
まるで
「う、海にも、沈んだ都市があって、それを利用して海上防衛してる」
「だからこそ、魔力阻害剤が致命的になったのか」
軍事には金がかかる。スパルタは全市民が戦士だが、他の都市はそうもいかない。戦争にいけるように
絶対に打ち破られる心配のない壁があるなら、金を食う常備兵は少ない方が良い。オークはそれを知った上で、新兵器の魔力阻害剤を導入したのだろう。そしてそれは、木馬のごとく十全に働いた。
こと戦争においては、あちらの方が上手のようだ。私も無風という幸運に恵まれなければ、あの大軍に押しつぶされていた。
スパルタならば、そんなことはありえなかっただろう。自らの肉体を信じるスパルタには、城壁は存在しない。人こそ壁であり、人こそ
軍団を持つ重要性を改めて認識できたが、今はそんなことより都市に入る方法だ。
「では、大人しく並ぶしかないのか」
「う、うん、それが確実だと思う」
先ほどより順調に進んでいるようだが、列は
だが、仕方あるまい。鍛錬しながら並んでいれば、そのうち入れるだろう。
方向転換をした矢先、西の空に光るもの見た。
「なんだ、あれは」
周りの商人たちは一様に頭を下げ、光体を直視することはない。
あの3馬鹿でさえ、恭しく膝を折っている。
そんな中、同調せずに私と共に空を見上げていたザクロが、答えを教えてくれた。
「あ、あれはエルフの
ザクロに言われて目を細めて遠見をすると、確かにそれは巨大な猟犬に牽かれる橇だった。白金の毛並みをなびかせ、土の代わりに空を踏みしめる犬。しかし、獣の最大の武器である牙は革の帯で閉じられ、轡が掛けられていた。
轡の先には、猟犬と同じ大きさの橇。離れているので正確ではないが、おそらく10人は乗れるだろう。
雷鳴こそ伴わないがまるで、
「古のエルフとやらは、ずいぶんと力を持っていたのだな」
都市を守り、空を支配するならば、たしかにギリシアの神々と同じく信仰対象になるのも頷ける。
「しかし、古のエルフはもういないはずでは?」
「う、うん、だからあれは昔エルフから下賜されたもの。たぶん人間の王族か、それに近い人のものだよ」
「この国の王は、かなり力を持っているようだな」
「み、ミドラ大陸で最大最古の王国だからね。他種族に都市を奪われたのは、こ、今回が初めてなくらい」
「最古の国が今まで都市を奪われていなかったとは、信じられぬな」
「ほ、本当、見てきた」
そういえば、ザクロもエルフか。古の天上種とは違うと言い張っているが、最古の国を見てきたとは一体何歳なんだ。
「となると、今回の侵略は王国にとって驚天動地の事態というわけだ」
決して落ちないはずの城塞が陥落。
それも経済的に重要な、湾口を有する大都市だ。
尻に火が付いた王族は、さぞ慌てて出発したことだろう。
「これは、大規模な戦争が始まるな」
衰える人間の大国。人間の優位を奪ったオーク軍。
次の戦争の火種として十分すぎる。
さらに言うと、今回攻め込んできたのは、あくまで海軍だけだ。もっと陸戦に特化した精鋭、騎馬兵を含んだ陸軍が送り込まれたら、ピエタは再び危機に瀕するだろう。
「ザクロ、忙しくなるぞ」
「うん、か、覚悟しておく」
そのためには早く都市に入って装備を整えなければいけない。
思いを新たに、神々の座す天を仰いだ。
すると、エルフの犬橇が落下していた。
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