第2話
「へ、ヘラクレイオス。本当に大丈夫?」
「仔細ない。すでに骨はつながっている」
私は、ザクロをつれてピエタに向かっていた。
まだ痛みはあるが、拠点で数日休んでいる内に筋肉の腫れも引いた。
であれば、いつまでも山の奥で狩猟生活をしていても仕方ない。
「それに、いつまでも盾無しというのは落ち着かんのだ」
「そ、そこまで盾って大事なの?」
「無論。盾と共に帰らぬスパルタ人など、雷霆のないゼウス、弓を持たないアポロンのようなものだ」
しかも、この国に来た際と合わせて2度目である。
そろそろスパルタ人の誇りを語るのが恥ずかしくなってくる失態だ。
「まさか消失するとはな」
「蛇のま、魔石もなくなるくらいだからと、当然だよ」
昨日、盾の回収のために激戦地となった花畑を訪れたが、そこには何も残っていなかった。枯れた薬草も、蛇の灰もない。ただ、荒涼とした大地だけが広がっていた。
雨上がりだというのに、エジプトの砂漠のように水気は一切感じられず、
魔力を失った土地というものに、底知れない恐怖を覚えた。
「代わりに得たものがあるだけ、儲けものと考えるべきか」
背中に差している大剣に目をやる。
業火の魔剣ヘルファイア。赤い騎士エドの持っていたものを頂戴したものだ。大きく重いくせに、思いの外使い勝手が良い。
まだ、魔力に慣れず自分で火を起こすことは出来ないが、硬く折れない刃は魔物を切断するのにもってこいだ。拠点に迷い込んだオーガベアを試し斬りした際には、綺麗に頭から両断できた。
しかし、やはり
などと物思いに耽っていたら、後ろから騒々しい声が聞こえてきた。
「そうっすよ、スパルタの旦那。魔剣なんてそうそう持てるもんじゃないんですから」
「王都でも売ってることは少ないし、たとえ店頭に並んでても金貨100枚はしますぜ」
「よ! 期待の新星冒険者!」
「…………貴様らはいつまで着いてくる気だ」
3馬鹿――3人の山賊たちは、私たちの後をずっとついてきていた。
兄貴分がアット、太めの子分がポール、細めの子分がネルというらしい。まだベッドから起き上がれない時に名乗られたのだが、未だに誰がどれなのかよくわかっていない。十把一絡げにして良いほど個性のない奴らだ。
「すでに支配の腕輪で自由にしろと命じたはずだ」
彼らは山賊ではあるが、退治の依頼の対象ではないことが判明している。さらに、私には満身創痍の際に助けてもらった恩もある。だから、ピエタに突き出さず、穏便に図ってやる伝えたはずなのに、一向にどこかへ行く気配がない。
「いやいや、そんな冷たいこと言わんでくださいよ旦那」
「俺たちは旦那の強さに惚れちまったんすよ」
「旦那の邪魔はしねえ、だから一緒に行かせてくれよ」
「すでに邪魔なのだが」
確かに戦列を組めるくらいには戦士が欲しいと思っていたが、持ち上げるだけの賑やかしは結構だ。私は
「そりゃないですぜ旦那ぁ!」
「そもそも、その身なりではピエタの門もくぐれまい」
彼らの服は、よく言っても浮浪者だ。とても冒険者や商人と言い訳が通じる姿ではない。門に近づいたが最後、そのまま守衛に捕まり牢屋に直行させられるだろう。
「そこは、こう旦那の力で」
「ただの戦士に何を求めている」
武力が権力になるのは蛮族だけだ。武力を尊ぶスパルタであっても、その一線は超えない。でなければ、オリンピアの祭典の度に王の首がすげ替える。
「もういい加減にどこへなりと行け」
「そこが、ここなんすよ。自由ってんなら、旦那の後ろをつけるのだって自由じゃないっすか」
「俺たちは自由に歩いてるだけっす」
「そうだそうだ!」
私はこめかみを押さえる。
本当にこいつらと話していると頭が痛い。気の迷いで山賊を始めたとしか思えない奴らだったが、ここまで抜けているとは。
――いっそのこと、ここで始末してしまおうか。
「ま、まあヘラクレイオス。根は悪い人たちじゃないから」
「幹が
きっと花も咲くまい。
とはいえ、戦友となったザクロがわざわざ庇っている奴らを処分するのは忍びない。だから私は妥協案をとることにした。
「――――私から話しかけた時以外、私に語りかけるな。あとは勝手にしろ」
「「「はい、旦那!!」」」
「…………」
「おっと、いけねえいけねえ。それじゃ少し離れて着いていきますので」
常時見張られている不快感は残っているが、戦闘に障る実害はない。及第点ということにして、諦めるのも肝心だ。とにかく先に進もう。
傍らでは、何が面白いのかザクロがにへらと笑っていた。
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