第36話

 山賊の体力が戻るまで小休止してから、再び薬草の生える山へと向かった。



「やっぱり薬草はこの先に生えてんじゃん。なんで通行人が誰もいなかったんだ」



 山賊の兄貴分がぼやく。支配の腕輪のせいか、やたらと気安く話してくるようになった。実害がないので放っておいているが、正直やかましい。



「ねえ、親分はどう思います?」


「誰が親分だ」


「やだなあ、親分は親分じゃないっすか。水臭い……そういえば名前を聞いてなかったすね」



 名も知らない相手を親分と呼ぶのかこいつは。

 睨みつけると、先程の威勢はどこへやら。アレックスと同じく世を渡るために揉み手でへりくだる姿に、誇りなどない。


 私は呆れ返りながら、眉間を抑える。

 面倒だがピエタまでの付き合いだ。ごっこ遊びに付き合ってやろう。


 

「スパルタのヘラクレイオスだ」


「長いっすね、ヘラの親分じゃ駄目っすか」


「駄目に決まってるだろう、馬鹿なのか貴様」



 ギリシアで一番恐ろしい神の名前を騙るなど、とんでもない。そんなことをしたら、アルゴス人とサモス人が酒瓶アンフィラで殴りかかってくる。



「じゃあスパルタの旦那で」


「…………まあいいだろう」


「おっし、じゃあスパルタの旦那。なんで誰も通らなかったと思います?」


「依頼が申請された日を見れば明らかだ」



 そう言って依頼書を広げると、山賊たちは食い入るように見てきた。



「……なんて書いてるんです?」


「まあ、そうだろうな」



 人のことを言えた立場でないが、やはりこの山賊たちは字も読めないようだ。私は依頼書をザクロに渡して日付の部分を確認させた。



「えっと、最初にま、魔物退治の依頼。つ、次が山賊退治。最後に薬草さ、採取だね」


「それがどうかしたんですかい?」


「つまり――面倒だ。ザクロ、頼む」


「ま、魔物が出るから元より減っていた通行人が、山賊でさらに減って、や、薬草摘みでさえ人任せにし、している状況ってこと」


「ははぁ、なるほど」

 


 おざなりな返事だ。本当にわかっているか問い詰めたいところだが、したところで意味はないだろう。


 私が説明を諦めて先を進もうと一歩踏み出した時、子分の1人が聞き捨てならないことを口走った。



「その腕輪をくれた奴ら、山賊だったんですね」


「なんだと?」


「いや、俺ら流れ着いたところにあった村で介抱されたんですけど、そこの村人がやけに親切でしてね。お土産にその腕輪までくれたんですよ」



 人間の精神を支配する腕輪を土産にするような奴らを、親切で片付けるのはどうかと思ったが、今はそこじゃない。



「まて、山賊とはお前らではないのか?」


「俺たちゃ山賊ですが、元はもっと北の方にいたんで、依頼が出るほど活動しちゃいませんよ」



 警戒を最大にした時にはすでに遅かった。

 すでに、私たちは囲まれている。

 ゆるりと木々の間から現れたのは、荘厳な鎧を着た戦士たち。山賊というには装備が整い過ぎている。後ろで怯えている、みすぼらしい革鎧たちと比べれば、雲泥の差だ。



「冒険者か、面倒な」


「おいおい、あのチンピラども腕輪渡したのにしくじったのかよ。使えねえなあ」



 先頭に立つのは、赤い大鎧と青い痩躯の鎧。顔は兜に全て覆われていて、うかがうことはできないが、口調からこちらをかなり舐めているのはわかる。



「貴様らが依頼にあった山賊か」


「はは! 面白いこと言うねえ。山賊かと聞かれて、ハイそうですって言う山賊がこの世にいるのかよ」



 後ろで下手くそな口笛が聞こえる。自覚はあるのか。

 それを見た赤い鎧は、巨躯を揺らし笑っていた。対して青い鎧は神経質そうに右脚で足踏みを続けている。

 


「まあいいや山賊で、そっちの方が都合いいし」


「エド、あまりふざけてないでさっさと殺せ」


「いいじゃねえか。何ヶ月も山の中にいて暇してたんだ。たまにはお喋りくらいさせてくれよ」


「不要だ。隙を突かれて応援を呼ばれたらどうする」


「面白いこと言うねえ」



 エドと呼ばれた赤い鎧は、巨躯をねじり、息も当たりそうなほど青い鎧に詰め寄ると、ぼそりと言い放った。



「このエド様が、ネズミを逃がすと思うのかい?」


「だったらさっさとしろ。冒険者が動いたとなれば時間が惜しい」


 

 青い鎧は恐れた風でもなく、ただ億劫に言い捨てた。

 エドは満足したのか、体を戻すと背中から大剣を抜いた。贅沢にスパルタの刀剣マカイラの20本分の鉄を使っているだろう刃は、あらゆるものを断ち切らん凄みがある。



「へへ、業火の魔剣ヘルファイア。こいつの前では、誰だろうと消し炭よ」



 エドが構えると、剣が火を帯びて燃え盛った。灯台の明かりに匹敵する光量に、思わず目を細める。

 


「燃える剣か」


「すげえだろ?」


「煙の魔物、レイスビーストを狩る際には便利だな」


「おいおい、そんな小物狩るかよ」



 ゆったりとした動きで、剣先をこちらに向けてエドは言った。あの大剣を片手で支えるなど、並大抵の膂力ではない。



「こいつは伝説の魔物を狩るためにあるんだ」


「エド!」


「はいはい、うるせえな。ちゃんと殺りますよ」



 伝説の魔物――火を使うとなればヒュドラだろうか。確かに無限に再生する首を1人で対処できるなら素晴らしい偉業だ。ヘラクレスでさえ甥の助けを借りたというのに。



「なるほど、ならば相手にとって不足はないな」


「不足ぅ?」



 エドは前かがみになって私の顔を見る。そして呵々と笑い出した。



「おいおいおいおい、リック! こいつ俺の剣を見て不足はないとか言い出したぞ!」


「ふん、冒険者というのは大概傲慢なものだ。それより、さっさとしろ。時間が惜しいと言ったはずだ」


「当然だ。おまえこそ手を出すなよ。こいつは俺の獲物だ」



 エドから発せられる重圧が増す。ペルシアの将軍に匹敵する、景色が歪むほどの空気。

 私は思わず舌なめずりをした。

 不承不承と受けた依頼ではあるが、このような戦士と相まみえることができるとは。ギリシアの神々の祝福を感じる。


 私は肉体の状態を確認する。

 骨完治。臓器栄養不足。筋肉疲労。傷完治。

 武器――槍と斧。

 鎧――毛皮鎧。

 盾――ヒヒイロカネ合金の円盾。

 戦力異常なし。



「万能たるゼウスよ、戦神アレスよ、祖たるヘラクレスよ、ご照覧あれ」


 

 右手に槍を、左手に盾を構え、私は啖呵を切った。



「これより、戦争スパルタを開始する」












 








 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る