第35話

 冒険者組合は予め依頼者から報酬を貰い、冒険者が達成することで手数料を天引きして報酬を渡す仕組みらしい。

 未達成なら当然報酬を依頼者に全額返すのだが、実はそれだけではすまない。違約金として何割か上乗せして返さなければいけないのだ。

 何故依頼者に違約金がいくのかについては依頼の質を保つためとか言っていたが、正直良くわかっていない。



「そ、それで急に山賊退治なんだね」


「うむ、他にも魔物の退治と薬草の採取がある」



 私はザクロをつれて、依頼がまとめて達成できると言われた山道を歩いていた。ザクロは、オークの屍体から鎧を剥ぎ取ろうと門を出た時に、そのままついてきた。


 薬草の見分け方などさっぱりわからなかったから、まがりなりにも魔術師がいるのは助かる。エアリスにいた時は薬草摘みなど馬鹿らしいと思っていたが、回復手段を自分で持つことは重要だと気付かされた。いちいちギリシアの神以外に寄付など行っていられるか。


 

「どうせ夜まで訓練しかすることがないしな」


「き、昨日あんなに戦ったのに、ま、まだ鍛えるの?」


「当然だ。スパルタ人に鍛錬を怠って良い日などない」



 一切の戦闘を禁じるカルネイア祭で戦争が行えずとも、ワイン解禁アンステリア祭で酔いつぶれようと、スパルタ人は筋肉を鍛え続ける。

 絶好調とはいえない時こそ鍛えるべきと言っても良い。なにせ戦場で絶好調で有り続けることなどありえないのだから。常在戦場はスパルタ人の基本だ。



「さて、そろそろ報告のあった場所なのだが」



 目印となる、曲がりくねった根が特徴の巨木を見据える。薬草のとれる山へと続く唯一の道らしいが、鬱蒼とした木々が太陽を遮り、昼間だというのにかなり暗い。

 山賊が潜むには十分。しかし、あまりに人通りがなさすぎて略奪できているのかこちらが不安になる。ここに構える山賊は、相当の間抜けだ。

 

 

「あれれーおっさん、ひとり旅ですかー?」


「知ってる? この道って通行料が必要なんだよ」


「大人しく金貨10枚払いな。じゃなきゃお前を売っぱらうぞ」



 そうこう考えていると、見覚えのある3人の馬鹿が現れた。

 あれだ、エマの護衛を抜け出して偵察に行った際にいた山賊たち。ザクロに谷底へ落とされていたが、生きていたのか。



「おい、無視してんじゃ――ってお前たちは!」


「やべえよ、兄貴! あの女、俺たちをわけわかんないうちに投げ飛ばしたやつだよ」


「なんでこんなところにいる!」


「何故と言われてもな……」



 武装した男と怪しげな女が、薄暗い山道をうきうきで散歩しているように見えるなら、医療神殿アスクレピオンに行ったほうが良い。夢で犬に眼球でも舐めてもらえば、節穴も治るだろう。



「山賊の退治の依頼を受けた。だが、大人しく投降すれば悪いようにはせん」


「山賊が投降して悪いようにならないわけがないだろ! ふざけんな」


 

 わかっているならば、山賊などやめれば良いのに。魔法や戦技といった個人が強力な戦力を持つこの国において、山賊は割にあわないように見える。



「本当だ。現在ピエタは人手不足、温情はでるだろう」



 受付嬢の受け売りだ。

 怪物ケトスのように害悪な山賊を生かすなど、正気とは思えなかったが、労働力が不足しているは事実である。

 この国の軽犯罪者は、魔法がかけられた枷をつけられて強制労働に従事するらしい。山賊は軽犯罪とはいえないが、情勢が情勢だけにそういう措置もあり得るとの事だ。



「だってよ、兄貴。金もなくなったしそろそろ真面目に働いた方がいいんじゃねえか?」


「だーってろ! 敵の言うことを簡単に信じるんじゃねえ。ほいほいついていって縛り首になったら目も当てられねえだろ!」


「それもそうだな、さすが兄貴だ」


 

 どうやら交渉は失敗のようだ。

 山賊たちが各々錆びた武器を取り出す。前見た時よりさらに見窄らしくなっている。やはり賊としての才能はない。


 私は槍を構え、ザクロが杖を構えるが盗賊たちの顔には余裕があった。とても1度成す術もなくやられた奴らがする顔じゃない。



「へへ、甘い言葉で俺たち騙そうとするくらいだ。どうせ大した戦力もないんだろう? そこの女が前にやった手品だって回数制限とかタネがあるに違いねえ」


「なるほど! どうりで強力な攻撃だったわけだ」


「い、いや、あの」



 ザクロの死霊術に回数制限はないし、オークの屍体を回収したことで戦力は増強されているわけだが、彼らには知る由もない。



「さらに俺の支配の腕輪があれば、あんなやつら屁でもねえ」



 そう言いながら、山賊の兄貴分が貧相な腕につけられた、陶製の腕輪を見せつけてくる。文字だか模様だか分からないが、施された意匠に魔術的な雰囲気があるのは確かだ。



「目を合わせて、命令すれば俺の言うことに抗えはしねえ! へへ、身ぐるみ全部剥いてやる」


「なるほど」



 私は一歩で彼の懐に詰め寄り、鳩尾みぞおちに拳を叩き込んだ。



「――――!」


「自ら手を明かす必要はあったのか?」

 


腹を殴られ、脚をばたつかせながら悶絶する兄貴分は、もはやしばらく立てそうにない。



「兄貴! てめえ、よくも兄貴を!」



 飛びかかってくる2人の頭をそれぞれ掴み、仲良く互いの額にぶつけてやった。2人はその場で火花を散らすように目をチカチカさせる。

 

 本当によく今まで山賊で食っていけたな。



「ど、どうする?」


「縄で縛って運んでも良いが、魔物狩りと薬草採取があると思うと面倒だな」


「こ、殺したら私、都市までつれていけるよ」


「それは連れて行くという判断で良いのか?」



 どう考えても連行でなく、屍体の輸送だ。退治が目的なので問題ないが、人手不足を理由にこれ以上面倒を押し付けられるのも馬鹿らしい。



「せっかくだからこの男の言う支配の腕輪とやらを試してみようではないか」


「目を合わせて、め、命令するって言ってたね」



 山賊の腕輪を強奪し腕にはめる。細い腕にはめられていたから手首でなければ入らないと思ったが、随分としっくりくる。



「じ、自動調節? すごい」


「そうなのか?」


「う、うん。古の、エルフが空に住んでいた時の魔法ど、道具の仕様。他にも頑丈だったり、ま、魔力がいらなかったりする」


「ほう」



 魔力がいらないというのは良い。この国で当たり前のようにある魔力とは相性が悪く、今まで使えた試しがないが、この腕輪であれば魔法が使えるわけか。



「「「くけっ!」」」



 倒れている3人の顔を無理やりこちらに向ける。少し首から異音が聞こえたが、気にしない。



「立ち上がれ」



 私が言葉を発すると、3人の盗賊は勢いよく立つ。まるで最近アテナイでやられ始めた劇場の演者を吊るすクレーンデウス・エクス・マキナの動きだ。



「その場でスクワット」


「「「ふっ! ふっ! ふっ!」」」



 今だ泡を吹いている人間と、目を回している人間が鍛錬をしている姿は実に奇妙だ。

 しかし、能力はかなり恐ろしい。

 本人の意志に関係なく、身体を動かすことができるとは、まるで神の御業だ。使い方を間違えれば、狂気の神ディオニュソスの領域に足を踏み入れてしまう。

 狂気は神話においてありふれた悲劇の原因である。それゆえに扱うのは忌避感を覚えた。



「べ、便利だね」


「確かに便利ではあるが、危険だ」



 私は腕輪を外し、彼らの洗脳を解こうとする。しかし、腕輪はがっちりと筋肉を締め付けて離さない。どれだけ指に力を込めようと、小指1つ分ズレもしない。



「なんだこれは!」


「こ、古代の魔法道具には使ったら、は、外せなくなるものもある」


「それを早く言え!」



 握ろうが、叩こうが一向に外れそうにない。頑丈とは言っていたがいくらなんでも硬すぎだろう。気分は壺に閉じ込められた戦神アレスである。なんで見た目は陶器なのに、ここまで丈夫なのだ。



「あ、あの」


「なんだ、取り込み中だ」


「お願いですから、スクワットを止めていただけないでしょうか!!」



 顔を向けると、かろうじて意識を取り戻した山賊が、青い顔で嘆願している。兄貴分に至ってはハデスに踏み込んだ土気色になっていた。


 やはり、この魔法道具はとてつもなく危険だ。



 

 

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