第34話

 司祭にはかなり微妙な顔をされたが、ピエタ家が普段多額の寄付を行っていたおかげで難を逃れた。


 だが、ただでさえ他の怪我人がいない病室に残るのは気まずいので、そそくさと外に出た。退却ではない、転進である。

 気怠さは必要な犠牲だと諦めよう。


 気持ちを切り替えて冒険者組合を探そうとしたが、目星もつけないで行動すると迷う危険がある。幸いと言ってよいのか、現在は葬儀を行うために人が出歩いているため、質問する相手には困らない。


 私は黒い服に身を包む集団に近づき、話しかけた。



「すまない、道を教えてほしいのだが」


「すみません、今はそんな気にならなくて」


「では、そちらのご婦人」


「申し訳有りません。そっとしてくださいませんでしょうか」


「うむぅ」



 誰に話しかけても意気消沈しており、まともに会話ができない。


 死者を蘇らせるなどという冒涜をしておいてなんだが、確かに葬儀は人生でもっとも大切な儀式である。正しく冥府の神ハデスの下に送るのはギリシア人にとって義務だ。戦死者であればなおのこと、香水で身を清め、最愛の者の髪とともに焼かれる権利がある。


 とはいえ、これでは埒が明かない。



「あの、もし」


「貴女は?」



 突然話しかけられて振り向くと、そこには黒い服に身を包んだ女性が立っていた。極端に露出が少なく、顔すらも見えない。かろうじて鈴を鳴らしたような声だけが女性と判断する材料になっていた。



「ああ! やはりあなたは昨晩助けてくださった方ですね!」


「いかにも。そういう貴女は倉庫にいた人質か」


「はい、おかげさまで無事に家に帰ることができました」


「それは良かった」



 少なからず喜びを感じる。自分の成したことが無駄にならず、誰かの一助になることはこれほど心を温かくするものなのか。

 あの時、見捨てなくてよかった。



「何かお礼をと思って探していたのです」


「礼はいらん。自らのためにやっただけだ」


「まあ! まるで吟遊詩人の歌う英雄様のようなことを仰るのですね」


「そんなつもりは……そうだ、礼と言うなら道を教えて欲しい」


「道ですか? どちらまで」


「冒険者組合を探している」


「その立派な服で冒険者組合に?」



 またしてもこの服のせいで勘違いが起きている。いっそのこと脱いでしまおうか。



「いや、この服は借りただけだ。私は今はただの冒険者だ」


「ふふ、まるでいずれ英雄になるような言い回しですね」


「うむ」


 

 スパルタと堂々と名乗るために、今は冒険者という仮の姿をしていると伝えたかったのだが。こんな時はアテナイ人がうらやましくなるな。



「冒険者組合は町の西門近くにあります。ここからまっすぐ行けば、兵舎がありますので、そこを右に曲がってください。しばらく行くと、頭一つ高い木造の屋敷が見えると思いますが、そこが冒険者組合です」


「まっすぐ行って、右だな。ありがとう、助かった」


「いえ、この程度助けていただいたことに比べれば」


「助けに程度など関係あるまい」



 恩には恩で返すのがスパルタの流儀だ。

 かの大英雄ヘラクレスも、協力者には最大限の敬意を示した。12の功業の1つ、人食いのデイオメデス雄馬の捕獲では、アプデロス少年がヘラクレスに協力をしたが、少年は馬に食われてしまった。彼の死を悼んだヘラクレスは彼のために街を1つ築く。


 神の試練だったとはいえ、馬の捕獲に対して街1つとはかなり気前がいい。私もヘラクレスの血を引くスパルタ人としてそういう男になりたいものだ。


 今回は私が先に恩を売った形になるが、だからと言って傲慢に褒美をよこせなど恥知らずができるはずもない。それができるなら、ユーリッド少年から街1つもらっている。

 

 などと考えていると、彼女が動きを止めているのに気づいた。顔が隠れているのでわからないが、関心したのか、驚愕したのか。少なくとも悪感情を発した風ではない。



「本当にありがとうございました。あなたにエルフの加護がありますように」


 

 彼女は一礼をして去っていく。

 エルフの加護か。ザクロから受ける加護は勘弁願いたい。



「さて、行くか」



 神の加護はギリシアのものだけで十分。道がわかったのは旅人の神ヘルメスの祝福だろう。本当にあの神には頭が下がるな。あとでかの神のために蜂蜜のケーキでも焼こう。

 私はまだ本調子でない身体に鞭を打ち、冒険者組合に向かった。




 冒険者組合はエアリスと同様立派な外観であった。

 意気揚々と扉を開けるが、受付嬢の明るい返事はない。



「誰もいないのか?」



 考えてみれば冒険者は肉体的、技術的に恵まれた戦力。オークとの戦争に駆り出されないわけがない。そして敗戦していたとなれば、残っているものなどいないのは道理。

 諦めて帰ろうとした時、受付の奥から少し枯れた声がした。



「見てわかんないかい、貴族様? 今は冒険者組合は開店休業中だよ」



 赤ら顔の女性が、ゆらゆら揺れながら出てきた。エアリスと同じ受付嬢であると思うが、その顔はやさぐれ、とても客商売する雰囲気ではない。



「開店してるのに、休業とは」


「当然さ。冒険者が誰もいないんじゃ、依頼を受けても達成できない。あんたにどんな問題が起きたか知らないけどね、今じゃ金貨積まれても受注できないよ」


「いや、私は」


「言わなくてもわかる。どうせオークに荒らされた町の修復とかだろう? そういう雑務は後にしてくれ」


 

 言うべきことは終わったとばかりに、樽の酒をあおる受付嬢。仕事がなくて暇してるとはいえなんという体たらく。


 これでは話をしても無駄そうだな。



「ではまた後日来るとしよう」


「そうして――待って、あんたその首飾り。もしかして冒険者?」


 

 ギラリ、と受付嬢の目が光った。獲物を見つけた獣の目だ。嫌な予感がする。



「……そうだが」


「冒険者組合へようこそ! 現在依頼はよりどりみどりとなっております! 最低ランクの冒険者でも一財産稼げますよ! というか依頼が滞り過ぎて、依頼主への違約金で破産しそうなの、助けて!」


 

 案の定、厄介事が飛び込んでくる。

 おお、運の神テュケーよ。私にもう少し幸運を与えたまえ。

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