第27話
「う、ごめん、私動けなくて、な、何もできなかった」
「気にするな。魔法が使えないのならば仕方のないことだろう」
壁の外に出すやいなや起き上がって謝罪するザクロ。やはり魔力を阻害する薬の効力は都市内に限られるらしい。
「それに今から存分に働いてもらうからな」
「が、がんばる」
彼女はにへらと笑い、
「ではこれを」
「これは……魔力増幅剤? どこから?」
「エマが懐に入れていたのでくすねた」
頑なに売ろうとしないので
「屍体を2000ほど操って欲しい。それをもってオーク6000を打ち破る」
「2000で6000を? む、無理じゃないかな。だって、その兵負け、て死んだ人のでしょ? 生前できなかったことは生き返らせてもで、できないよ。そ、それに魔力を阻害する薬が掛かったら、私みたいに止まっちゃう」
「私も正面から戦えるとは思っていない」
「じゃ、じゃあどうする、の?」
「心配するな。考えはある」
こと戦争においては、スパルタ人の知略に勝るものはいない。
一方、オーク陣営はピエタでの火災を見て、迅速に戦支度をしていた。
「監視連中め、勝利に溺れて飲みすぎたか」
巨大なオークが腰掛けていた。
オーク海軍都督サザンカ。身の丈は他のオークの倍に近く、天幕に頭がつきそうな程だが、それ以上に横幅がある。
だが、
猪を巨大化させ、そのまま直立させたら彼のような成りになるのだろう。
装備は他のオークと同じく、獣の革と骨を用いた禍々しいものだが、所々に黄金があしらわれていることが高官としての証だ。
「サザンカ様! 全軍準備が整いました。いつでも出陣できます」
「ご苦労。魔力阻害剤はもたせたか?」
「はい。擲弾兵には爆薬と同量持たせております」
「よし、では行くか」
重量感のある腰を上げた。上官の頭に天幕が当たらぬように伝令が杖で布をお仕上げていた。
滑稽ですらある光景だが、それを笑える者は誰もいない。
小さき人間ならばなおさらだ。
「貴様にとっては幸か不幸かわからんな、ワンズ将軍」
「……」
傍らで膝をつき、頭を垂れるワンズ将軍は何も語らず不動を貫いた。
「この期に及んで無言とは、躾のなっていない。妻と娘を処刑すると言った時は耳障りなほど泣いていたのにな」
挑発も不発。彼は何も語らず、口をつぐむ。
「まあよい、制圧が終わったら次は人質を処刑しよう。まだ息子が残っていたな。異論はないだろう?」
しばらく見つめても俯くばかり。
つまらんな、とワンズ将軍の顔に唾を吐きかける。そして、サザンカは飾り付けてあった巨大な斧を担ぐと、のしのしと天幕の外へと歩いてった。
出入り口の布幕をめくると、外には完全武装した勇猛なるオーク兵6000。乱れもなく整列する姿は、彼らの練度を示している。
サザンカの口に獰猛な笑みが宿る。
「出陣だ! 助けてやった命を自ら捨てようとする人間どもに、オークの恐ろしさを刻み込んでやれ!」
大音声の咆哮がオークたちを滾らせた。
狂喜乱舞。武器を打ち付け、思い思いに叫ぶ。
ワンズ将軍は最後まで一言も喋らなかった。
オークの進撃は恐怖によって心を折る。
打ち鳴らされる大太鼓は人の皮。奇っ怪な音色の笛は人の骨。
揃った足並みは大地を揺らし、揺れる松明は天を焦がす。
地獄から這い出てきたような軍勢。
誰もが怯え、糞尿を垂らし逃げ惑う。
死の具現がそこにある。
「進め、進め! 今度は遠慮することはない。人質がいても反抗すると言うのならば殺して、煮込んで、喰らってやれ」
獣の残虐性と、軍の規律。相反する2つを備えたオークの軍は、人間にとって理解不能なものであろう。
しかし、それを理解するものが唯1人ここにいる。
「なんだあいつ、1人か?」
「包帯まみれじゃねえか。敗残兵だ」
その男は轟々と燃える焚き木に挟まれて、扇状地の丘の上で腕組みをして立っていた。
武器を持たず、代わりに周囲に槍を何本も突き立てている。いずれも業物なのか、火の明かりにキラキラと輝いていた。
「何のつもりか知らんが踏み潰せ! 我らオークの進撃を1人で止めようなど不遜な輩、1秒足りとも生かしておけぬわ!」
オークたちが舌なめずりをする。
開戦の合図にもってこいだ。男を切り刻んで壁の中に首を放り投げた時の反応を想像して、ゾクゾクと身体を震わす。
規律の時間はお終い。一糸乱れぬ動きを見せていた軍勢は先端から崩れ始め、やがて狂騒に至る。
6000の獣の群れが、1人の男に襲いかかった。
勝負にすらならない。刹那に行われる蹂躙だと全てのオークがそう考えていた。
「ザクロ、今だ!」
突然立ちはだかる、肉の壁。全て屍体、ピエタを守るために散った兵士たちだ。耳をつんざく怨嗟の声を上げ、何百、何千と積み重なり、またたく間に見上げるほどの高さとなる。
しかし、その程度で動じるオークではない。常日頃魔法を使う種族と戦闘する彼らにとって、想定内の範囲だ。
「擲弾兵、魔力阻害剤用意!」
オークの中でも一層筋骨隆々の兵士たちが、小瓶を握る。
そして、すぐさま全力投球。
最前線の兵を抜き、壁にぶつける膂力は凄まじいものだ。
瓶が割れ、薬が撒き散らされると、屍体の壁はもろく崩れ去った。
「うお! 小癪な真似を」
異常なほど舞い上げる土埃と、屍体の濁流に進路が阻まれ、さすがのオークの足も止まった。
「あの男は罠だ! 伏兵に注意しろ!」
オークの先駆けが警戒を促し、後ろの兵たちもそれに従う。しかし待てども横っ腹から奇襲を仕掛ける伏兵など現れず、前方に配置されたオークの兵は大いに混乱した。
もしや、屍体ははったりかと再び丘の上に目をやると、そこには先程両腕を組んでいた男が槍を持ち投擲の構えをしていた。
槍にはまるで導火線のように長い毛織物が巻き付けられている。
「今日は火計に頼りきりだな。
穂先を燃やす槍が弓なりに投げられた。
ピエタ名産の毛織物は風を受けて広がり、足を止めたオークたちの頭上に天幕をかける。
わけもわからず上を見ていたオークの1人が、自分の持つ松明が明るくなる瞬間を見た。
「あ――」
火、粉、密閉空間、引火。
走馬灯のように知識が巡るが、時はすでに遅い。
粉塵爆発がオークの軍勢を半壊させた。
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