第28話

「一体何が起きている!」



 サザンカは目を見張る。

 

 オークの兵士の毛皮鎧は、魔法防御能力を持つオーガベアから作られている。さらに万全を期すために、新兵器である魔力阻害剤を実戦導入した。

 だというのに、たった一撃。

 たった一撃で壊滅的な被害を受けている。



「被害はどうなっている!」


「は! 目視では数100名が消滅。1000人以上の死傷者をだしております」


「馬鹿な。奴らは魔法を使えないはず……いや、使えたとしても毛皮鎧を貫けるわけなど」



 爪を噛み、必死に脳を働かせるサザンカだが、敵の攻撃が何かさっぱり見当がつかない。魔力阻害が効かず、魔力防御を突き破る攻撃など悪夢でしか無い。

 

 直ちに対策を考えなければならないが、戦場の激流はそんな暇を与えてくれない。



「伝令! 爆発直前に現れた屍体の壁が動き出しました。同時に戦死した同胞もアンデッドとして味方を攻撃しております」


「アンデッドになるには早すぎる。死霊術か? いや、死んだばかりは怨念が残り操れないと聞く。では、なぜ」


「さらにアンデッドは、炎上したまましがみついてくるようで被害が急速に拡大しております!」


「火に弱いアンデッドがそんなことをするか! 前線が混乱しているのだろう。冷静に斬り伏せて押し返せ」


「それが……アンデッドは複数の屍体が合体し、強力な魔物に転じているようで、数人がかかりでも手こずる様子。その間に後ろから襲われて、焼死する兵もおります。また、決死の突撃で活路を開いた者もおりますが、投擲槍にて狙撃され前進できません」



 なんという体たらく。そう断じるのは簡単であるが、自分は指揮官である。失態は全て自分の責任だ。


 サザンカは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。


 敵の数、攻撃手段、作戦は全て不明。味方は混乱状態であり、戦闘継続は困難極まる。

 

 しかし、おめおめと退却することはできない。

 オーク海軍都督サザンカ。オーク王から直接叙勲されたあの日から、退却の文字は辞書から消し去った。


 

「兵に道を開けさせろ」


「おお、では!」


「俺が行く。小狡い作戦を考える人間がいるようだが、斧で頭を割られればそれもできなくなるだろう」


 

 斧を担ぎ、黄金輝く毛皮鎧を揺らす。巨獣のごとき身は戦場の空気に喜び、ぴくぴくと筋肉を震わせた。

 サザンカが今にも戦場に駆け出さんとする。



「いや、その必要はないな」



 その時であった。

 聞き覚えのある声が聞こえたと思ったら、唐突に脇腹に痛みが走る。

 

 見ると、短剣がずぶりと刺さっていた。深く、深く、つかしか見えないほどに。


 下手人はすぐ横で膝をついている。冴えない髭面のただの人間。先日、目の前で泣きながら都市の民の命乞いをした弱者。



「ワンズ、貴様いつの間に」 



 ワンズ将軍は尻もちをつくように座る。苦しそうに息を吐くと、汗で濡れた髪をかき分けて語りだした。



「機が来たら刺そうとは思っていたが、ここまで早く訪れるとは。商会を都市に招いて正解だった」


「何を、言っている」



 傷は浅い。どれだけ鋭利な刃物であろうと、短剣程度ならオークの分厚い筋肉に挟まれ止まる。

 だが、汗が止まらない。戦場で味わったことのなかった、骨まで痺れる寒気が、全身を支配している。



「オリゼ商会の毒だ。効くだろう?」


「武器の、所持は確認したはず。まさか!」


「さすがに腹の中まで探るほど、オークは勤勉でないようだな」


 

 呼びつけた時、やけに無言だとは思ったが、ナイフを呑んでいたとは。サザンカは笑う。こんな馬鹿みたいな手に騙された自分に。

 こんなどうしようもない自分の最期に。



「ゴミムシがぁ!!!」



 斧は、ワンズ将軍を脳天から真一文字に両断した。

 

 腹立ち紛れの一撃だったが、気が晴れることはない。何しろ、殺した相手は笑っていた。いつか叫んでいた女の名前を、ささやくように言って満足そうに死にやがった。



「くそ、くそ! ふざけるな、俺が。俺様がこんなところで」


 

 短剣を抜いても、怖気は止まらない。めまいに吐き気、動悸もおかしい。

 

 これを喉奥にしまっておくなど、正気の沙汰ではない。

 立つだけでやっと、歩くことすらままならぬ。脳が揺らされたように思考がおぼつかない。


 だが、それでもサザンカはオークの将である。


 斧を突き立て、背筋を伸ばす。

 残虐に、暴虐を尽くすオークだからこそ戦場の誉れを重視する。毒で倒れ、あぶくを吹いて倒れるなどあってはならない。



「……全軍に告げろ。ここを死地と定める。各々好きに戦い、果てろ」


「ふむ。その潔さは共感できるな」



 返ってくる声は、伝令のものでも供回りのものとも違う。



「誰だ」


 

 誰何すいかの声は、自分のものとは思えないほど弱々しい。

 対して相手の声は張り、精力に満ち溢れている。



「私はヘラクレイオス。スパルタのヘラクレイオスだ」



 スパルタ。聞かぬ地名だ。もしくは種族かもしれないが、いずれにしろわからない。

 

 だが、わかることは有る。

 

 彼が、俺のおわりだ。



「ヘラクレイオス、爆発に火計、アンデッドの大軍は全てお前の仕業か」


「そうだ」


「……そうか」



 サザンカは斧を持ち上げる。


 彼の胸中には、悔しさと憎らしさ以上に安堵があった。

 どれだけ弱ろうと、死の淵であろうと、戦士が死ぬ時は武器を持たねばならない。オークの誇りにかけて、それだけは譲れなかった。


 敵は奇策を用いたといえオークの精鋭部隊を打ち破ったのだ。

 死神として、これほど相応しい者がいるだろうか。


 

「オーク海軍都督サザンカ。俺の首が欲しければ、殺して奪い取れ!」


「元よりそのつもりだ」



 その後は勝負にすらならなかった。

 ヘラクレイオスの槍は過たず心臓を貫き、すかさず放った二撃目で首を落とした。


 地面を転がるサザンカは首は、満足げに微笑んでいた。


 


 

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