第24話
「ここが倉庫だ」
兵卒の案内のもと、ピエタの倉庫群に辿り着いた。同じ作りの巨大な石造りの建物が並び、高い丸太の柵で囲まれている。
入り口には武器を構えた2人の大男。
冒険者のような革鎧だが、より野性味が強く、獣の頭蓋骨や肋骨を所々にあしらっている。手には無骨な薙刀を持ち、腰には斧を下げている。
顔は確かに鼻の穴が上向きの豚面だが、にじみ出る凶暴性は猪のそれと同じだ。
「あれがオークか」
「ああ、魔法も戦技も使えないけど力だけはとんでもねえんだ」
「ふむ」
松明で照らされた革鎧と筋肉にはいくつもの傷跡、武器にはどれだけ研ごうと拭えない血痕が残っている。また、金属鎧でないとはいえ微動だにせず直立しつづける体幹は並の鍛え方ではない。隠しきれない歴戦の強者の気配が漂っている。
入り口で仲間を呼ばれては侵入すら困難だが、同時に2人倒すのは難しそうだ。
「中から攻めた方がよさそうだ。抜け道はあるか?」
「攻め込まれた時に何ヶ所か打ち破られたはずだ。ついてきてくれ」
建物の影に隠れて倉庫群を回り込む。オークはあくびを噛み殺しており、気付いた様子はない。
「ここだ……ってさすがにふさがれてるか」
「いや、応急措置にすぎない。力業でいけるだろう」
打ち破られた箇所は真新しい丸太が刺さっているが、固定が甘く、ぐらついている。丸太に指をかけて引っ張ると、狭いが道は開けた。
幸い近くで巡回するオークはいない。
「倉庫にはそれぞれオークが警備しているけど、作戦とかあるのか?」
「ない」
「ないの!?」
彼はハッと口をおさえるが、すでに遅い。
「なんだぁ、ネズミでも忍び込んだか?」
「楯突いたらどうなるかまだ教え足りなかったか」
「次は誰を見せしめにする? 将軍の家族は息子しか残ってねえしな」
「誰でもいいだろ。まず忍び込んだ奴をミンチにしてから考えようぜ」
ぞろぞろと、オークが寄ってくる。
全員鍛え上げられた肉体をしており、ペルシアの
「貴様、家族を助けたいと言っていたな」
「そうだけど、今はそれどころじゃ」
「それどころだ。良いか、私はオーク相手に大立ち回りをする。お前は人質を解放しろ」
「無理だ。そんなことできっこない!」
「そうか」
家族を助けたい思いはあれど、そのために必死になることは拒絶する。
戦士ではない。戦えないならば、逃げに徹させることが温情だ。
「では、お前が陽動だ」
「え?」
男の背中を押して、オークの目の前にさらけ出す。
「…………」
「…………」
彼とオークの間に沈黙が訪れる。侵入者が間抜けにもつんのめって現れたなら、そんな反応になるだろう。
「いい度胸じゃねえええかああああ!!!」
「いやあああああああああ!!!」
逃げ足だけはアキレスのような男だ。
4人のオークは彼を追っていったが、騒ぎになれば人質に手をかけるだろう。そうなれば、ピエタの兵士も加わり脱出は困難になる。
雇い主に頼まれた手前、それはまずい。
考えていると、所々で煌々と燃え上がる松明が目に入る。魔力の光より弱々しいが、慣れしたしんだ落ち着く明かりだ。
「そうか、火」
倉庫を燃やしてしまえば、単純な数の優位を消し、あわよくば人質も逃げおおせることができる。良い案だ。
掲げられた松明を手に取り、辺りを見回す。すると倉庫の横に、おあつらえ向きな穀物の袋が山と積まれていた。人質を閉じ込めるために外に出したのだろう。
「まるで
冴えわたっているこの瞬間を神に感謝しながら、私は躊躇なく火を点けた。
保存用に程よく乾燥した穀物は、あっさりと燃え上がる。
それどころか、海からの
想像より炎上したので、少し驚いている。石造りといっても随所に木材が使われており燃えやすいのか。
「これは、人質も逃げられないのでは?」
炎は轟々と音を立てている。
……ワインを零したあとに後悔しても遅い。こうなったら、初志を貫徹するしかない。
あまりの火の広がりにオークたちも慌ただしくなってきた。
「誰だ火を点けた馬鹿は!」
「早く消せ! 水かけろ水!」
「駄目だ勢いが強すぎる! 人質を出せ!」
なるほど。人質の有効性を知っているから、オークが救助活動を行うのか。
すぐさま倉庫は開け放たれて、縄でつながれた人がぞろぞろと出てくる。さすが軍人といったところか、乱暴ではあるが消火と避難を手際よく行っている。
まあ、隙だらけであるのに変わりはない。
忍び寄り、人質を引っ張るオークの首をかき切った。
「え?」
訳も分からず死んだ仲間を見ているオーク。呆けて開いた口内に剣を突き刺して黙らせる。
唾液と血でどろりと汚れた剣を抜き、消火するのにも手一杯のオークの背中に投げると過たず心臓を貫いた。
「ふん」
倒れるオークの腰に提げられた斧を取り、騒ぎに気付いたオークに投げる。頂点から
都合4人のオークを倒し、人質となったピエタの市民を見ると彼らの眼には怯えが宿っていた。オークの言いなりとなり狭い倉庫に閉じ込めれたなら仕方ないことである。
「助けに来た。今倉庫の裏には抜け道があるからそこから逃げろ」
「あ、ありがとうございます?」
混乱からか、言葉がおぼつかないようだ。縄を斧で断ち、行け、と背中を押すと彼らはすぐに走り去っていった。
「さて、まだいるだろうな」
今ので100人くらいは逃がしたが、その程度で都市の兵全員を従わせるほどの拘束力はないだろう。
他の倉庫にも囚われていると考えるのは妥当だ。火が完全に回る前に助け出さなければいけない。こうして考えている間にも、炎は勢いを増している。
「そこまでだ、ネズミ。こいつが目に入んねえのか?」
前から響く声に反応すると、新たに現れたオークが人質の首に刃を当てていた。
全員身なりは良いが、年端もいかない少年少女である。貴族か商人の子供だろう。
「てめえが一歩でも動いたらこいつらを殺す! それが嫌なら絶対動くんじゃねえぞ!」
がなり立てるオークの周りには、他にも同じように人質に手をかけたオークが数名いる。また、それとは別に両手で薙刀を持つオークが十数名おり、じりじりと距離を詰めてくる。
「リンチだ! 無抵抗なまま死ね」
「生憎だが、スパルタ人に無抵抗の文字はない」
燃え盛る倉庫の柱を、斧で勢いよく叩き切断する。
崩れる石と倒れる建材は、灼熱を纏って十数名のオークを飲み込んだ。
「そんな、馬鹿な」
「驚きで刃を止めるなど、随分優しいところもあるじゃないか」
立ち上る炎の幕から飛び出し、拾った薙刀で一閃。
少年少女とオークの身長差のおかげで、人質を傷つけずにオークの首だけを綺麗に刎ねることができた。
怖かったのだろう。泣き出す子供も多い。
抜け道へ走らせようと思ったが、そこへ行く道は今さっき自分でふさいでしまった。子供を逃がすには進むしかない。
「他に人質はいるか?」
子供に話しかけるが、体を震わせるだけで会話にならない。
自分で探すしかないのか……そう落胆していると、どこからともなく情けない叫び声が聞こえてきた。
「た、助けてくれえ!」
拉致してその後おとりにした兵士だ。
追いかけているオークが2人になっているところを見ると、彼も何かしら頑張ったようだ。
逃げ込んできた彼が、私とすれ違う。
オークを押し付けられた形になるが、敢闘に免じて許そう。
走ってくるオークに対して持っていた薙刀を真横に振るう。
それだけで、森を駆ける騎兵が枝にぶつかり落馬するように、2人のオークは吹っ飛んだ。
「よい陽動だった」
「ふざけんなよ! あんた無茶苦茶しやがって」
殺されかけたとは思えないくらいの元気だ。これならばまだ働けるだろう。
「この子供たちを安全に逃がしてやってくれ、私は他の人質を解放する」
「え、あんたほんとにやってくれたのか!」
「スパルタ人に二言はない」
そもそも無口な人間が多いからな。
「先に100人ほど逃がした。あと、どれほどいる?」
「人質になった町の人は1000人くらいだ」
「……そんなにか」
まだ5分の1ほどしか救出していないという事実に、すさまじい徒労感を感じる。自国民や神々の座すギリシアのためならばともかく、なぜ見ず知らずの国民を頑張って助けているのだろう。
いっそこのまま、とまで考えたところでかぶりを振る。
二言はないと言った手前、引き返せない。
スパルタ人はクレタ人のような嘘つきではない。
「でも、なんやかんやあって俺も600人くらい逃がしてるから、子供を逃がせばあと200人か」
もしかして、この男意外に優秀なのでは?
「無理と言っていた割にやるではないか」
「必死に逃げてただけなんだけどね……」
「
「へへ、そうかなあ……テュケーって誰?」
行き当たりばったりだったが、幸先が良い。この調子で残りの人質も解放しよう。
だが、そう甘くもないのがテュケーの厳しいところだ。
「派手にやってくれたな」
「もう人質なんて関係ねえ、俺の力でぶっ殺してやる」
「殺す、殺す、殺ォス!」
彼らも軍隊。ただやられているわけがない。
オーク百数十人が、武器を構えて舌なめずりをしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます