第23話

 武器と防具が没収され、私たちは檻の中で繫がれた。

 5人ずつひとまとめというのは不用心だと思うが、人質をとっている手前、収容する場も少ないのだろう。


 私は腕をさすりながらエマに訊ねた。



「さて、まず何から始める?」


「当然のように縄を引きちぎって檻を壊すんじゃないよ」


「衛兵も行ったし、看守もいない。ならば早いほうがいいだろう」



 どのような監獄だろうと、スパルタ人を捕らえられるわけがない。どうしても閉じ込めたいならば迷宮ラビリンスでも持ってこなければ。

 

 ……それだとアテナイ人テセウスに倒されてしまうな。



「もうちょっと捕まったふりをして情報を得るとか――済んだことを言ってもしょうがないね」



 エマもどこからかナイフを取り出して縄を解いていた。

 器用な女だ。



「全くとんだ災難だよ。商品は持っていかれるわ、金は手に入らないわ、おまけにこんな湿気ったところに閉じ込められるわ」


「だが、生きている」


「命あっての物種、ね。確かに反省するのはいつでもできる。切り替えていこうか」



 商人にしておくにはもったいないくらい肝の据わっている。ペルシャ軍が来るといつまでも怯えていたフォキス人に見習わせたいくらいだ。



「さあさあ、もう捕まってるふりは終わりだよ。あんたたちも早く拘束を解きな」


「あの、エマ様そのこと何ですが……」



 護衛の女魔術師がもがきながら具申した。私がぶちまけた魔物の血によってカピカピになったローブを着ている者だ。あまりにひどい状態だったため、防具として扱われなかったのだろう。さすがに可哀そうに思った。



「なんだい、歯切れが悪いね。はっきりと言いな」


。魔力がなく、戦技も魔法も発動できません」


「なんだって?」



 エマは歪んだ鉄格子から顔を出し、他の牢に入った護衛を覗くが、全員ただの縄を解けないでいた。あの女戦士でさえ必死に暴れている。


 死霊術によって体を動かしていたザクロに至っては、神の血イコルが抜かれた青銅の巨人タロスのように突っ伏している。ピエタに入ってから静かだと思ったが、ザクロは魔法が使えないからしゃべることすらできなかったのか。完全にただの屍体だなあれは。



「魔力がない……それが速攻を可能にした理由かい」


「ありえることなのか?」



 エマは額に手を当てて考えるそぶりをする。



「少なくとも都市で魔力がないっていうのは聞いたことないね。ましてやピエタくらいでかい都市になると魔力なしで生活するのは不可能だ」


「枯渇したのでは?」



 魔力が燃料のようなものならば、大勢が使い続ければなくなりそうなものである。



「魔力が枯渇した土地は、近寄る生き物から魔力を奪って干からびさせちまう。あたしらが生きてるってことはその線はないねえ」


「つまり、オークが何らかの方法で魔力を使用できなくしたと」


「その線が濃厚だね。大魔術か兵器か。正体は不明だけど見つけてなきゃ話にならないね。魔力が使えないってなればあたしらは大きく動けないし……頼めるかい?」


「元よりそのつもりだ」


「戦士としてのあんたは認めてるけど、諜報なんてできるのかい?」


「無論だ」



 18の折にナイフ1本で奴隷ヘロットを暗殺したこともある。誰のも気づかれずに殺すなら、スパルタ人の右に出るものはいない。



「念の為に言っておくけど、人間の兵士は殺しちゃいけないからね」


「……」


「殺す気だったのかい……」


 

 情報を得た後に殺すのは、効率が良いと思うのだが言わぬが花だろう。



「兵も人質は助けたいはずだ。オークの眼の届かないところなら情報を漏らすはずだよ」


「なるほど。捕獲して、人目のつかぬところまで拉致すれば良いのだな」


「言い方」



 エマはがりがりと頭をかく。長旅で虱でも付いたのだろう。



「……いいんだけどね。頼んだよ、こっちはこっちで準備をしておく」


「了解した。それではな」



 外はすでに夜の帳が下りていた。月もなく、明かりは焚かれる松明のみ。

 人に厳しく、獣に優しいエレボスニュクスの時間だ。


 息を潜め、建物の影に隠れたスパルタ人は、獣より恐ろしい。



「うー、今日は冷えるな。こういう時は魔力光より火の方がいいなあ」



 不用心にも、1人の兵が焚き火台で暖を取り始めた。周りに他の兵の気配はない。



「……ああ、なんでこんなことになったんだ。母さんもエリカも大丈夫かな」



 後ろから音もなく忍び寄る。

 瞬きの間すら必要ない。引きちぎった縄の1本でもあれば、人は容易に落ちる。



「な! え――」 



 すばやく首を締めて気絶させると、そのまま物陰に引きずっていく。

 逃げられないように縄で柱に縛り付け、胸を手のひらで押して覚醒させると、尋問の始まりだ。


「かはっ! な、なんだお前は!」


「黙れ」


 ぴたりと、首元に刃を当てる。

 兵士が携えていた剣は、闇夜であってもギラギラと殺意をみなぎらせていた。



「最初に言っておく。大声を上げたら殺す、指を動かしたら殺す。貴様の選択肢は私の質問に答えるだけだ。理解したか?」


「――――――」


「よし、お互いのためにそれが賢明だ。まずは人質はどこにいる」


「……東の倉庫だ」



 なるほど、倉庫ではなく兵舎に連れ込んだのはそのためか。



「次の質問だ。オークはどこにいる」


「都市中央の貴族屋敷」


「そうか。もし嘘を吐いているとわかったら貴様を殺しに戻ってくる。大人しくここで待っているんだな」


「待ってくれ。俺の家族も囚われてるんだ、一緒に連れて行ってくれ」



 兵士が小声だが必死に訴えかけてきた。

 全身に纏った薄い鉄の鎧は、防御面で心強いが、音を立てそうだ。

 何よりあっさりと落とされたこの男が役立つとは思えない。



「足手まといだ」


「オークに従ってないってことはあんたピエタの人間じゃないだろう? 俺なら裏道も案内できる!」


「ふむ……」


 この男がどれだけ隠密行動が取れるかは不明だが、裏道とやらを使えるならば、悪くない手だ。

 

「良いだろう」



 裏切ったら首を刎ねよう。



「なんか寒気が……やっぱり今日は冷えるな」


「無駄口を叩くな。行くぞ」


「お、おう!」



 頼りない仲間を加え、オークに支配された都市の夜を駆け抜けていく。

 

 

 

 



 

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