第22話

「オリゼ商会第2支部所属、エマ=ランドブリッズだ。依頼されていた軍需品を持ってきた。直ちに開門されたし!」


「了解した、今門を開ける」



 重々しく門が開く。しかし、そこには町特有の活気は見られなかった。

 露店を開く者もおらず、軽装で出歩く者もいない。


 代わりに、鎧を着た兵士だけが右へ左へ忙しなく走り回っている。


 馬車が全て入ると、門はすぐに閉じられ、太いかんぬきが差された。



「よく来てくれた。案内するから、着いてきてくれ」



 先程の衛兵が馬に乗り先導する。

 馬車を遮るものがないのは楽で良いが、あまりの剣呑さに違和感を覚えた。


 戦争中とはいえ、食事をしなければ人は生きれない。兵士ばかり歩いているというのは、ありえるのだろうか。



「海戦と言っていた割に、物々しいな」



 ましてや敵は陸でなく海から攻め込んでいる。ならば兵士が慌ただしく動くのは、湾口沿いの舟屋か兵舎のはずだ。



「黙っときな。下手に深入りしたら面倒だよ」



 エマはたしなめるが、彼女にも焦りが見えた。


 着いたのは城壁の中に築かれた別の壁。城壁より胸壁ひとつ分高くなっており、門から見える内部は守りに優れた石造りの建造物が並んでいる。

 外壁を破られてもなお戦い続けるための絶対防衛線といったところか。


 己の肉体こそ最強の守りと自負するスパルタにとっては不要なものだが、立てこもられたら厄介であることは理解できる。



「待ちな。軍の倉庫はもっと奥の海側だろう?」


「……緊急事態により直接兵舎で荷下ろしをしてもらう。そちらの方が何かと便利だろう」


「あんたたちの便利さなんて知らないね。まさかとは思うけど、あたしたちをふん縛って軍需品を接収するつもりじゃないだろうね」


「そんなことは」


「それじゃあなんで先に教えなかったんだい?」


「それは……」



 衛兵は額に汗を垂らして、しどろもどろになる。



「相変わらず手厳しいなエマ殿」



 衛兵に助け舟を出したのは、髭をはやした痩せぎすの男だった。黒い鎧は重厚さより、彼の便りなさを際立たせ、マントがなびけば空に飛んで行ってしましそうなほどだ。



「ワンズ将軍……ピエタの全指揮権を持つあんたなら説明してくれるんだろうね」


「無論。私の指示だ」


「やっぱりそうかい。それで、この暴挙はなんなんだい?」


「その前に武器をおろしてもらおうか」



 いつの間にか。馬車は武装した兵に囲まれていた。

 護衛が優れているといっても多勢に無勢。全員がスパルタ人と同じ働きをできるわけではないのだ。



「私から言えることは少ないが、これだけ伝えておこう――ピエタはすでに落ちた」


「は?」



 エマは――他の護衛も一同に――唖然とした。



「現在ピエタはオークの海軍都督サザンカ様が支配している」


「なんだって!?」


「事実である。そして、サザンカ様は貴殿らの積荷をご所望だ」



 ワンズ将軍が右手を上げると、衛兵の槍が一斉に突きつけられた。



「あたしらを捕らえようってのかい? 積荷を奪った上に奴隷にでもするつもりか?」


「さて、な。それを決めるのは私ではない」



 将軍はそれだけ言い残すと、気だるそうに帰っていく。

 同時に衛兵の包囲網は狭まり、逃げ出すには難しい状況だ。



「抵抗するなよ。俺たちだって傷つけたくない」


「は、どうだか」



 なお強気なエマに対して暴力を振るうことはなかった。こちらが無抵抗ならば、手荒なことはしないというのは本当のようだ。

 しかし――



「ヘラクレイオス、あんたも動くんじゃないよ」


「……」


「あんたはまだあたしの護衛だ。今動けば、人も荷も無事じゃすまない。わかるね」


「了解した」



 渋々握った拳を収める。

 

 槍を構える兵とは別に縄を持つ者たちが現れ、手際よく腕を縛っていく。単純だがほどけにくい。恐らく漁師たちだ。



「すまねえなぁ」


「謝るくらいだったらやるんじゃないよ」



 申し訳無さそうにする彼らに対し、エマは悪態をつく。

 そして他の護衛に目配せをすると、彼らも無抵抗で腕を縛られた。

 

 落城した都市の民が不自然なほど征服者に尽くしている。

 


「人質か」



 どこかに彼らの家族が囚われ、言いなりになっているのだろう。

 ならば、動くのは確かに今ではない。


 人質を逃せば、敵は減り味方が増える。

 つまり、私を含め他の護衛がこれからするのは救出か。



「それでは着いてこい。快適とは言えんが、旅の疲れくらいはとれるだろう」


「そりゃあいい、酒は出るのかい?」


「……今、この都市の物資は全てサザンカ様のものだ。贅沢を言うな」


「なるほどねぇ。わかったよ、大人しく牢獄飯を食べるさ」


「ふん」



 奴隷のようにひと繋ぎにされた私たちは兵舎の中にある、石と鉄の檻に引っ張られていった。

 




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