第19話

「色々言いたいことはあるけどね、まずその娘はなんだい?」


「…………ついてきた」


「子犬じゃないんだよ!」



 戻ってきた私は地べたに座らされていた。

 隣にはザクロと名乗る死霊術師が一緒に座っている。

 一度復活した影響なのか顔色は悪く、冥界の渡守カロンの列から逃げ出してきたと言われても信じるくらいだ。



「大体護衛が勝手に行動するんじゃないよ」


「ちゃんとそこの女戦士に声をかけたが?」



 褐色の女戦士は心なしかしゅんとしていた。



「この娘は昔から声がでないんだよ」



 無言を通していたのはそういった理由だったのか。首に傷が見られないところをみると、生まれついてのものなのだろう。



「魔法で何とかならぬのか」


「回復魔法は先天的な症状を治すことはできない。あくまで元に戻す魔法さ」


「し、死霊術でも生前できなかったことはできない。付け足すと拡張で、できるけど」


「ふむ」



 その点は医療の神アスクレピオスの加護の方が強いのか。かの神は夢の中で盲目の少年を治療するからな。



「偵察はありがたいけどね。あんたがいないといつまでも出発できないんだ」


「それは、申し訳ない」



 軍隊において集団行動こそ基本。足並みを乱すものは兵士として二流だ。

 良かれと行動する――それこそが間違いの元だ。


 この場において指揮官はエマ。

 命令違反は厳罰によって処されなければならない。



「どのような罰則も甘んじて受ける。鞭で叩いてもらっても構わない」


「そんな特殊な趣味はないよ。どうしてもやって欲しいなら娼館にでもいきな」



 この国では娼婦ヘタイラが拷問官を兼ねているのだろうか?



「実際偵察はありがたいことだしね。すれ違うこともできない隘路あいろだ。別の護衛にまかせようと思っていたけど手間が省けたよ」



 まったく、とエマは髪をかきむしりため息を吐いた。



「今回はおとがめなしだ。でも、次やったら問答無用で減俸するから覚悟しておくんだね」


「心得た」



 寛大な処置に感謝する。皮がめくれ上がるくらいは覚悟していたのに、厳罰無しとは。この失態を返上するように残りの道程は励もう。

 


「で、その娘はどうするんだい?」



 エマの指はザクロに向けられていた。

 私は思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。



「どうするとは?」


「そのままの意味さ。連れていく気なのかい」


「そんなつもりは毛頭ないが」



 むしろ永遠に無関係でいたいところだ。



「わ、私はもう身も心も、この方のものだから」


「こんなこと言ってるけど……」


「馬鹿な。スパルタ人は個人的に奴隷へロットを持たない」



 奴隷へロットは全てスパルタの財産であり公共物だ。独占して楽な生活をするなど、スパルタ人の風上にも置けない。



「いや、あんたの奴隷論を聞きたいわけじゃないんだけど……もし連れていくならあんたの分の食料を分けてやんなよ。まだ道程は半分だ、糧食に余裕があるわけじゃないからね」


「それは困る」



 食事は体の基本。いくら優秀な戦士でも、空腹となれば戦力にならない。城攻めも包囲して飢餓を待つことが基本だというのに。


 衝撃を受けていると、二の腕を指で押される。ザクロだ。人とは思えない冷たさに鳥肌が立つ。



「私し、死んでるから、食べなくてもいい、よ」



 はにかんでいるつもりなのだろうが、血色も悪く隈の目立つ顔でやられても、珍しい死に顔程度にしか思えない。



「そもそも着いてきて欲しくないのだが」


「そ、そんな! そうだ戦力になる。わ、私強いよ」



 確かに、虚空から現れる腕によって初見の敵は瞬殺可能であろう。

 集団相手でも、大量の屍体を溢れさせれば、時間稼ぎになる。


 しかし、それは信頼のおける仲間になっていればという前提だ。


 この少女が気まぐれに力を振るえば、ゆっくり進む馬車などひとたまりもない。守る暇もなく、全て谷底に真っ逆さまだ。



「だ、大丈夫。私、裏切らない」


「いきなり命を狙ってきた者に言われてもな」


「あの時は、理想の身体を見つけて、こ、興奮して、それで」



 本来は顔を赤らめるつもりだったのだろうか。頬が赤黒くなり、より醜怪さが増した。蛇頭の女怪ゴルゴーンの方が幾分美しい。



「確かに全てのスパルタ人は大理石で彫ってしかるべきの肉体美であるが」



 だからといって殺して奪い取ろうと考える少女はどうなのだろう。いくら気に入ったとはいえ、ギリシアの神々でもそこまでは……それ以上のことをしているな。



「死霊術は、も、元の人間が強いほど強い不死兵になるから」


「つまり屍体が目的なのだろう? 私が窮地に陥った時、背中から刺される心配をするくらいなら、ここで始末するほうが楽だな」


「こ、殺さないって言ったのに!」


「お前が私と関係を絶ち、1人の少女として生きるならばという前提だ。つきまとうなら別の対処をしなければならない」


「お願い、死霊で復活できるの1回だけなの、次死んだら生き返れない」



 懇願されても嫌なものは嫌だ。



「お前を信頼するのは無理だ。諦めろ」


「わかった、じゃあ私の一番大切なものを貴方にあげる」



 言うやいなや、彼女はローブの胸元を開けた。



「な、何を!」



 驚き、目を背けようとするが、あまりの光景に奪われてしまった。


 それは、青い心臓。脈動せず、2度と血の巡ることのない死者の臓物。

 周囲には幾何学的な模様と、見たことの無い文字が光りながら、ゆっっくりと回転している。


 彼女はその心臓を素手でえぐり、差し出してきた。



「これを、潰せば私は死ぬ。もし裏切りそうなら潰してくれてもいい」



 意味がわからない。死にたくないと言った同じ口で、殺してくれというとは。

 それともそれが、彼女にとっての矜持なのか。どれだけ諭しても引く様子はない。


 もう、考えるのも面倒になってきた。


 私は心臓を掴み取り、魔石を入れている袋に放り込んだ。



「好きにしろ」


「や、やった」



 にへらと笑うザクロ。慣れたせいか、気色悪さまで感じない。



「さあ、そろそろ出発するよ」



 エマの号令で、全員迅速に動き出した。休んでいた分、その動きにも精力が宿っている。妙に疲れているのは私だけだ。



「了解した。行くぞ」


「う、うん!」



 奇妙な同行者を迎え、再びピエタへの移動が始まった。 




 

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