第16話

 「GYAUu!!]


 魔物の断末魔を確認して、槍を引き抜く。


  出発してから5日、道中は滞りなく進んだ。


 燃え上がる魔物が馬車を取り囲んだり、血色の油を流す蛙が襲来したり、首のない馬が暴走してきたが、まあそれくらいだ。

 騎馬民族の地トラキアの馬のほうがまだ歯ごたえがある。


 

 行程も残り半分といったところだが、狭い崖路に入るため一度馬車の点検が入るよという話だ。

 私は良い機会と、引き摺っていた馬の解体を始める。


「強いとは思っていたけどここまでとはね……」


 魔物の腹を割いていると、エマは引きつった顔で私を見やる。

 解体が気持ち悪いならば見なければ良いものを。


狩猟の神アルテミスの加護があっただけだ」


 切れ端をつまみながら、手際よく毛皮を剥ぎ、肉、骨、内臓、魔石を取り分ける。祭壇こそないが焼くことでアルテミスに捧げることにしよう。

 魔物を捧げても良いだろうかと少し迷ったが、気にしないことにした。


「ブルーランタンに、レッドタング、ヘッドレスホース。珍しくない魔物だし、強いわけでもないけど。あんたよく数十匹以上いる魔物を槍だけで倒したね」


「良い槍だった」


「いや、どうみても既製品のどこにでもある槍だよ。盾はかなり値が張ってるみたいだけどね。それでも戦技もなしに投げ槍で10体突き刺すなんて曲芸、どこでおぼえたのさ」


「スパルタ人なら20歳にもなれば誰でもできるが……?」


「なんだその戦闘民族」


 スパルタ教育アゴゲではナイフ一本で熊と狼を狩らねば生きていけないのだから、槍があるだけかなり楽である。

 熊はともかく、狼は群れで行動するため一度に仕留めなければ腹に収まるのはスパルタ人の方だ。


「普通は群れの魔物相手なら魔法の一発でも放つもんなんだけど……見な、あんたのせいで護衛についてる魔術師が半泣きじゃないか」


 べそをかく魔術師のローブは赤黒い。蛙の魔物レッドタングの臓物をまともに浴びたから仕方のないことだ。


「知らぬ。私はお前を守り、敵を殲滅したのだ。文句はあるまい」


「雇っといてなんだけど、とんでもない男だね」


 何が不満なのか。与えられた任務をただ遂行しているだけだと言うのに。

 少し勢いをつけすぎて臓物をぶち撒けて血の海にしてしまったが、そこの魔術師が魔法で全て燃やし尽くしたのだから良いではないか。


「崖路では加減しなよ。血で馬が足を滑らせたらお終いだからね」


「心得ている」


 屍体で足を滑らせ、エーゲ海に落ちるペルシア兵を嫌というほど見てきたからな。


「本当に頼むよ? この馬車一台に積んでる物資は金貨150枚を超える。もし落としたら死ぬまでこき使ってやるからね」


「うむぅ、それは……心得た」


 金銭問題で奴隷に身をやつすなど恥もいいところだ。農場ならともかく、ラウレイオン銀山のような場所では働きたくない。誇りもなく、金のために働くなどまっぴらごめんだ。


「普通に槍で刺して倒してくれれば良いんだよ。もう爆発四散した屍体の処理なんてごめんだからね」


 エマは言い捨てて他の馬車の様子を見に行った。


 ちょうど解体も終わり一息つくが、まだ御者が点検作業を行っており、出発しそうにない。また、護衛たちはまだまだ体力が有り余っている様子だ。

 ならば少し外しても問題あるまい。


「少し良いか?」


「?」


 近くで立っていた褐色肌の女戦士に話しかけると、小首をかしげられた。


「しばらく動きそうにないので贄の奉納ついでに偵察へ行ってくる。狭い道で奇襲をかけられたらことだからな」


 コクリとうなずく女戦士。相変わらずスパルタ人のように無口だ。

 よく動き、よく戦う。歌を歌えないのは難点だが、嫁にするにはこういう女性が良い。

 頭にふとティアナの顔が浮かぶ。何故か後ろ暗いことを考えた罪悪感に襲われ、胸が痛くなる。病気だろうか?


 もし水場があったら体を清めてから横になろう。医療神殿アスクレピオンではそうすると聞いたことがある。贄にはちみつのケーキも焼かねばな。


 そんな栓のないことを考えていると、女戦士は不思議そうにこちらを顔を覗いていた。


「?」


「なんでもない。それではエマに伝えてくれ」


「!!」


 何か言いたそうにしているが、わからん。

 だが、エマが信頼をおいている護衛のようだし大丈夫だろう。


 私は贄の内臓を抱え、1人で崖に向かった。

 

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