第8話

「冒険者組合へようこそ! ご用件をうかがってもよろしいですか?」


 冒険者組合の建物に入ると、すぐに受付に通された。奥の方では武器を持った男たちが騒ぎながら飲んでいるのが見られ、スパルタでの共同食事シュッシティアを思い出す。

 そういえばスパルタでは朝からワインを飲んでいたが、この国に来てから一口も摂取していない。

 喉をワインで潤したい気持ちが大きくなるが、まずは換金しないと話にならない。咳払いをして私は紐で縛った袋を受付に置いた。


「レイスビーストの魔石をいくつか。それとオーガベアの角と胆だ」


「また珍しいものを持ってきましたねー」


 袋の中の品をひとつひとつ確認しながら、受付嬢は驚いたように言った。


「そうなのか」


「そうですよー、山を越えた東の森には群があるんですけどそっちで取れた物はピエタに卸しちゃいますからね」


 ピエタ。先程市場で聞いた名前だ。東にあるということを頭の片隅に置きながら受付嬢に尋ねた。


「ふむ、それでいくらになる?」


「ええーっと、品質も良いですし数もありますからね……こうこうこうして……銀貨10枚でどうでしょう!」


 そろばんアバカスを弾いた受付嬢は、両手を広げながら値段を提示する。

 だが、私はこの国の貨幣がどれほど価値を持っているか知らない。だから、この国の通貨に精通した人材に頼るのが最適である。


「ティアナ、どう思う?」


「銀貨20枚で」


 受付嬢の口角がひきつく。そうとうふっかけたのだろう。


「あははお嬢さん、無理言っちゃいけませんよ。確かに貴重なものですけど在庫がないわけじゃないので。銀貨11枚」


「ちなみにこの魔石を取る時にレオルド様もいたんですよ。商品として信頼できますよね」


「ほ、ほう~レオルド様が……13枚」


「もう一声」


「わかりました! 銀貨15枚。これ以上は上がりませんからね!」


「ありがとうございます! それじゃ宜しくおねがいしますね」


 今日一番の笑顔を見せるティアナのなんと頼もしいことか。


「ねえ、旦那。この女はやめといた方が良いよ。家庭に入ったら絶対尻に敷くね」


「本当の男子を産むのは強い女性だ。私は好ましく思う」


「ち、のろけやがって」


 商談がまとまったようで安心した。正直に言うと金勘定や商売ヘルメスの領分は苦手だ。そもそも、スパルタでは質実剛健を守るために、貨幣は重たい鉄や青銅である。金や銀の貨幣ドラクマはついぞ見ることはなかった。


「はい、銀貨15枚確かにお渡ししましたよっと。さあ、帰った帰った」


「随分な変容だな。まだ用事は終わってないのだが」


「まだ搾るとる気ですか?」


 先程の笑顔はどこえやら。肘を付きジト目で睨みつける受付嬢に、愛想など欠片も感じられない。


「違う、冒険者に登録したい。先程名前がでた騎士レオルドに勧められたんだ」


「登録ですか。レオルド様が推薦したということならば、面倒な身辺調査はいいでしょう。それではこちらの用紙に必要事項を記載してください」


 すぐに背筋が伸び、笑顔を取り戻す切り替えの速さ。仕事ができるのかできないのか、よくわからない女だ。

 それにしても騎士レオルドというのはかなり名の通った人間なのだな。


「文字が書けない場合は代筆も行っています。どうなされますか?」


「問題ない、読み書きは7つの頃から行っている。そうそう忘れんさ」


 私は思わずしたり顔になっていた。木の棒で叩かれながら必死で覚えたのだから、かなり自信はある。


「ヘラクレイオスさん字を書けるんですか!? すごいですね」


奴隷ヘロットでもない限り字は書けるだろう? 言伝では間違いが発生するからな」


 私は渡されたペンを構えると、書類パピルスを見て静止した。


「読めぬ」


 そういえばここは他国だった。言葉は通じるので聞き苦しい言葉を話す人バルバロイではないと思っていたが、文字はそうはいなないのだろう。


「書けるのに読めないってどういうことですか?」


「すまない。私の知る文字とだいぶ形が異なるようだ……やはり代筆を頼めるか」


「?……かしこまりました。それではまずお名前と年齢、出身を」


「ヘラクレイオス、歳は30、スパルタの出身だ」


「ヘラクレイオス、30……なんて?」


「スパルタ出身だ」


「どこですかそこ」


「この国の人間は知らないようだが、ペルポネソス半島の南、ラコニアとメッセニアを領土とする。ヨーロッパからアジア、エチオピアにかけて音を鳴らす最強の国だ」


「あのーお連れさん、この人頭大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫ですよ」


 ティアナの笑顔に一点の曇りもない。私も同意するように腕を組む。


「まぁ聞いたことのない村出身もいるし良いか……それでは使用できる魔法、もしくは戦技を教えてください」


「魔法は使えないな。戦技というのは技のことだろうか? パンクラチオンと拳闘は修めている。それと槍と剣、盾での戦闘が可能だ」


「いえいえ、そういうことでないく……まさかこれも知らない?」


「違うのか……教えてもらえると助かる」


 受付嬢が頭を押さえる。片頭痛でも持っているのだろうか。


「おいおい兄ちゃん! 魔法も戦技も使えないのに冒険者になろうっていうのかよ?」


 横から、頬を赤らめた巨体が話しかけてくる。手には木樽の形をしたコップを持ち、あおっては酒精を帯びた息を吐く。盗賊のような身なりだが彼も冒険者なのだろう。


「ちょっとガルドさん、新人に絡まないでください」


「いいじゃねえか、別にとって食うわけでもねえんだからよ」


 ニヤリと笑った口から鋭い牙が見て取れた。神の怒りでも受けたのだろうか。


「ガルドさんみたいな人に絡まれたら新人では萎縮して……ないですね」


「兄ちゃん肝座ってるなあ……」


「巨大なだけでは驚異とは感じない。お前はもう少し脂肪を落としたほうが良い」


「余計なお世話じゃ」


 さらに喉を鳴らしながら酒を飲むガルド。アルゴス人のような飲みっぷりだ。


「まあいい。でも兄ちゃん魔法が使えねえなら戦技くらい覚えといて損はないぜ」


「そんな簡単に教えて良いものなのか?」


「もちろんただじゃねえよ? こっちも慈善でやってるわけじゃねえんでな」


「ふむ」


 指で円を作るのは貨幣の形を表しているようだ。

 たかりか。しかし戦力が増えることは良いことだ。


「教えてもらおう。いくらだ?」


「銀貨3枚でどうだ」


「ティアナ、どうだろうか?」


 視線を投げると、ティアナは困ったように拳を口に当てていた。


「えーっと……さすがに技の指導料がどれくらいなのかはちょっと」


 受付嬢を見る。心底どうでも良さそうな顔だ。


「私に期待しても駄目ですよ。冒険者同士の契約に口を出さない決まりですので」


 困った。銀貨の価値を知らないのに3枚もほいほいと渡して良いのか。15枚もあれば良いような気もする。

 

 ……良い気がするな。もし後で高すぎるとわかったなら授業料として諦めよう。アテナイでは家庭教師を雇うと聞くし、間違いではないはずだ。


「わかった。銀貨3枚だ」


 手渡しすると男は銀貨を見ながらニンマリと笑う。


「商談成立だ。ここじゃ狭いからな。登録が終わったら外に行くぞ」


「そういうことらしい。登録を済ませたいのだが」


「はいはい。それでは登録料で銀貨2枚を頂戴します」


 銀貨を2枚机に置く。もう3分の1も失ってしまったが、必要経費なので仕方がない。スパルタ人は金に執着しない。


「これで登録完了です。組合証のランクは最低の1となりますのでご了承ください。身分証も兼ねておりますので肌身離さず所持してくださいね」


「了解した」


 紐が通された鉄片に文字が淡く輝いている。首にかけたらそれなりに様になりそうだ。


「依頼は受付横の黒板に張ってあります。受注する場合は受付に持ってきたからにしてください。それでは、良い冒険を」


「そちらも、ヘルメスの加護がありますように」


 

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