第4話

「なんとこの国の呪術師は手から火や雷電を放つのか」


「呪術ではなく魔法と言うんですよ。戦う以外にも傷を治したり、鍵を開けたりできるそうです」


「ゼウスの真似事だけでなく、医療の神アスクレピオス狡知な神ヘルメスの加護も得るとは……よほど信心深いのだな」


 日が落ち、私はティアナの家で世話になっていた。村の外れにあり羊小屋と併設された大きな家だ。その代わり羊の声は騒がしいし、獣臭い。


 獣といえばオーガベアの屍体を運び込んできた時にひと悶着あったが、些細な問題だ。


「ヘラクレイオスさんこそ随分と信心深いじゃないですか。私の知らない神様をポンポンと言葉に交えちゃって。まるで神官長様です」


「以前はここまで信じてはいなかったのだがな。ただ軟弱なアテナイ人が、マラトンにてミノタウロス殺しテセウス大英雄ヘラクレスを見たという。実際彼らはスパルタ抜きで寡兵にてペルシア軍を追い返した。ならば、信仰するべきだと思ったのだ」


 茶色のスープ――シチューというらしい――を口に運びながら、マラトンで戦ったアテナイ兵の顔を思い出す。誰もが誇らしげで自信に満ちていた。普段は陶物を作り、劇を見て、哲学する彼らが一端の戦士の顔をしていた。


「スパルタは世界最強の戦士であるべきだ。強くなれるならば誰よりも神を信奉する」


「度々でてきますけど、アテナイって国の人たち嫌いなんですか?」


「嫌いではない。気に食わぬだけだ」


 手のひら大のパンを咥え、そのまま引きちぎる。スパルタのパンと風味は違うが、酸味もありとても美味い。


「やはりここはエリュシオンではないな。聞いた話と違いすぎる」


「私もここが死後の世界なんて言われた時はびっくりしましたが、違ったようで良かったです」


「無知をさらしてしまい申し訳ない」


「いえいえ、でも不思議な話ですね。戦争で亡くなったはずなのに傷一つなく生き返るなんて」


「この国の魔法では生き返りはしないのか?」


「うーん……大昔、それこそ神様のでるお話ではあるんですけど、現在使える人がいるとは聞いたことないですね」


「魔法と言っても万能ではないのだな」


 ならばペルシアの呪術師に毛が生えた程度のものだ。


「盾と槍があれば制圧可能だ」


「雷を盾で防げるんですか?」


「雷電は槍だな。高いところに落ちる雷電を槍に受けさせ、術士に肉薄すれば問題ない」


「へー! そんな戦い方する人はじめて知りました。やっぱりヘラクレイオスさんはすごいんですね!」


「この国ではどうやって防ぐのだ?」


「騎士様の鎧ならそのままでも弾くそうですよ。冒険者の方は魔法避けのポーションを使うそうです」


「強力な技には対抗策が生まれる。道理だ」


 あのオーガベアとかいう魔物に対しても適切な対処法があったのだろう。この国の技術をより知る必要ができた。

 

 スパルタは世界最強の兵士でなければならない。無知により敗北を喫するなどあってはならないのだから。


「それにしても夜分遅くまで申し訳ない」


「お気になさらずに。命の恩人であるということを差し置いて、知らないことを知るって好きなんです。好奇心旺盛というか」


「それで様々なことを知っているのか」


「羊飼いをやってると日中話せる人が誰もいませんから……たまに出会ったら質問攻めしちゃうんです」


「ほう、私にギリシアの神々の話をさせたら長いぞ」


「ふふ、覚悟しておきます」


 その後は空が白み始めるまで情報交換をした。

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