第4話 木葉の中学校生活
時間とは意外と早く過ぎて行ってしまうもので、木葉は気付けば中学二年生になっていた。彼女は新しい術を見つけた。家に帰らなければ暴行を受けることはないのなら学校にいられるだけいればいいのだ。朝(大体七時)は誰よりも早く登校し、放課後は誰よりも長く教室に残っていく。普通の中学校ならきっとホームルームが終わったとたんに家に帰されるだろうが彼女の通っていた中学校は新しい学校で、生徒の学力を伸ばすキャンペーンをしていた。その為放課後、勉強していくという名目で残れば十九時まではいさせてもらえた。彼女は校内の教員陣の中で有名になっていた。いつも遅くまで残っていく生徒として。学校方針としては教員のいる学校に残って勉強した方が家での自習よりも学がつくのではないかというものであったが、実際に学校に残って勉強していく生徒というのはごくわずかであった。彼女の在籍する学年は向上心のある生徒が少なく、また勉強を頑張るような生徒はもとより塾に行っているので尚更である。
木葉が毎日放課後の教室に残って勉強やらなんやらしているということは教員なら皆知っていた。彼女が放課後残っている教室には度々教員が様子を見に来た。
「木葉、今日も残ってるんだな。」
職員室でもしばしばこの話題が出る。
そんな日常を送っていたある日、木葉は大切なものを教室の机に置いてきてしまう。彼女は普段から小説をネットに投稿していて、学校に行っても書けるようにノートにも小説のいきさつを書いていた。そのためそのノートは絶対に教室にも家にも忘れなかった。しかし何を考えていたのかその日はうっかり教室の机に置いてきてしまった。彼女は学級に友人がいない。学級の女の子たちは彼女のことをあまりよく思っていない。彼女はいつも暗くじめじめしているからだ。何か気に障るのかもしれない。彼女の存在自体が。だから彼女は自便のものが紛失しないように鍵付きのロッカーに最低限のものを入れて、机の引き出しには何も残していかなかった。彼女の物がそこら辺に放ってあるのを見たら絶対に女の子たちは物隠しをするから。
その日の家では何をされても木葉はノートのことしか頭になかった。ずっと右上の空で、ただただノートが心配でならなかった。いつも通り両親からのきつい教育を受けてから沁みるその傷を癒しながら久しく温かい湯に使っていた。その時、彼女は気付いたのだ。「私が最後に教室を出たのだからノートは明日朝早く誰も来ないうちに回収すれば良いだけではないか。」と。
そうと決まれば木葉は直ぐに風呂をあがり翌日の準備を済ますと眠りについた。
木葉は翌朝そう簡単に目を覚ますことが出来なかった。真夜中二時頃に父親が起きてきて彼女に奉仕しろと言うのだ。彼女は眠たい目をこすりながら奉仕した。そんな眠い状態でのことだったので翌朝彼女は夜にあったことなど一切忘れていた。なので彼女はなぜ朝早くいつものように起きられなかったのか分からなかった。
遅刻ギリギリで教室に恐る恐る入ってくと例のノートは昨夕のままであった。彼女は一気に安心しきった。その日は何事もなくいつも通りの学校生活を過ごした。少しいつもと違ったことと言えば、少しだけ視線を感じた気がしたくらいであった。それ以外は特に何もなかった。彼女に関心のある生徒など殆どいないのだ。彼女は透明人間だ。
そのままいつも通りの放課後の時間を一人きりで静かに過ごす予定だった。木葉の中では。しかしそうさせないという者達が現れた。普段なら教室等には残らずホームルームが終わると同時に帰っていくような女の子達、学級内ヒエラルキーの頂点に君臨する子たちがそれだ。朝から少し感じていた視線は女の子達のものだ。彼女のいる学級は学年の中でも大人しい生徒が集まった学級であった。その女の子達も例外ではない。女の子達は皆はっきりした顔立ちだった。中学生の割には大人っぽく、美人がそろっていた。そのため、女の子たちは学級内のみならず学校全体の生徒からも人気があった。綺麗な顔立ちで性格も良さそうで、頭もいい。
実は二年生になるころには木葉の成績はそんなに悪くはなくなっていた。寧ろ学年でも良い方になっていた。そんなこともあり彼女は忌み嫌われているのと妬みで彼女は過去最高に嫌われていた。彼女を弁護しようとする者はいなかった。みんな彼女のイメージをよく思ってなかった。
頂点の女の子たちは木葉のノートをサラッと取ると鼻で笑った。
「あんたさ、こんなの書いて思い上がってんじゃないわよ。」
「いつも思っていたんだけどさ、じめじめしてて気色悪いのよ。誰とも関わる気ないんだったら学校こないでくれない。」
「そうそう、あんたが来なかったらこっちは気分いいし。」
女の子達は一方的に木葉を罵るとノートをゴミ箱に叩き捨てて出て行った。木葉はいつもにも増して惨めな気持ちになった。まさかあの子達にそんなことを言われるとは考えてもいなかった。女の子達は彼女が一人でペアを組む人がいない時、仲間に入れてくれたりもしていた。彼女はずっと女の子達は味方に近い存在なのだと思っていた。しかし違った。自分が勘違いしていたとしても、裏切られたとしても彼女は最悪の気分だった。絶望の涙に溺れないように彼女は涙をぐっとこらえた。怒りと憎しみにくれないように平常心を保つために踏ん張った。彼女の心はもはや壊れてしまっていた。女の子達が見方でないと知った瞬間彼女の心のガラスは粉々になった。そして彼女の心を覆う厚い膜は以前より増して厚くなった。
木葉は一旦心を落ち着けるとゴミ箱からノートを拾いに行った。ゴミ箱を見ているとまた憤りを感じてきた。冷静にいるのにはあまりにも難しい。彼女が拾い上げたとき、側に長身の男性がたっていることにやっと気づいた。彼女はあまりに動揺していたので廊下を歩く足音が聞こえなかったのだ。
井上先生はいつからそこに立っていたのだろう。もしかして私があまりの衝撃的事実に打ちのめされていたのを目撃したのか。先生は何も言わないよな。私を批判したりなんかしないよな。先生は、先生は・・・。
「あ、えーと、和田さん。」
井上は何が大変な雰囲気を悟ったのか何か話そうとした。しかし、木葉の名前を言ったはいいが何を言ったらいいのか分からなくなってしまった。苦し紛れに「今日も、残っていたんだね。」なんてことを言った。
木葉は「はい。でも、今日はもう帰ります。」と小さな声でぼそぼそ言うと逃げるように走って帰った。手近のサイド鞄だけを持って。彼女は井上にまともな返事をしたら泣いてしまいそうだったので、井上に涙を見せたくなくて逃げた。井上に涙なんか見せたら今まで強がってきたのが全てなくなってしまう。今まで踏ん張ってきた意味がなくなるのが嫌で彼女はひたすら走った。弱い人間だと証明したくなかった。私は弱くなんかない。涙なんか流すものか。彼女はそう、誓っていたのだ。
井上は木葉の身に何があったのか知らなかった。だが、木葉が無理やり平常心を取り繕っていたのは分かった。だから何か彼女の心に寄り添えるようなことをしたかったが、彼女の様子を見るに、本当は何も言わずにその場を誤魔化す方が彼女のためだったのかも知れないと後になって彼は思った。
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