第2話 こじらせ女子中学生:木葉
中学生になった木葉には友人がいなかった。彼女はもとより暗い性格になっており、人を遠ざけるものがあった。それは暗い性格のほかに身なりの整っていない持ち物や彼女の髪型(彼女の髪の毛はいつもぼさぼさだった)、低い身長や表情のない顔がそれである。恐らく中学二年生の現在までに彼女の笑顔を見かけた生徒や教員は一人もいないことであろう。
そんな木葉でも人間の感情があり、中学二年生の少女な訳であるからして彼女にも想い人がいた。彼女の一年生の時の副担任で今年度の担任でもある井上隆教諭である。彼は教員二年目の二十四歳の男性だ。中学校の社会科と英語科の教員免許を持っており、彼女の学年の生徒には社会を教授し一つ下の学年には英語を教授していた。趣味は絵画鑑賞と映画鑑賞である。好きな絵のジャンルは中世のヨーロッパ、映画のジャンルは戦争ものである。好きな食べ物はもつ鍋で嫌いな食べ物はピーマンの肉詰め。落ち着きのある性格で、誰にでも優しい。間違ったことは「間違っている」と言えるような人である。
木葉が井上に恋をしたのは一年生の時の夏休み補修の時だ。彼女の通っていた中学校は成績の悪い生徒は夏休み中(八月一日から十三日までと十八日から学校が始まる直前の金曜日まで)、成績向上と課題終了のために学校へ登校しなければならなかった。しかしそんなものを律義に守って遊びを我慢して学校に来るような生徒は学力下級層にはほとんどいない。この学校で成績が悪い生徒にはもとの能力以外にも何らかの理由があるのだ。事実、学力下級層の中には少しでも机に向かう時間があれば通常の成績を保てるような生徒もいた。だが、勉強などという文字のない生徒たちがこの層の大半を占めているため、夏休み補修に来るのはその中のたったの数人のみなのである。木葉は律義に学校に登校してくる生徒の一人であった。彼女の学年は例年にも増して落ちぶれており、補修に来ていたのは彼女のみであった。彼女は全ての教科で最下位を取っていた。なので五教科全ての補修に参加することになっていた。しかし全ての教科の教員がみんな暇な訳ではない。特に彼女の学年は教員のほとんどが運動部の顧問を務めており、夏休み中仕事が開いている教員は井上しかいなかった。彼女は夏休みの子の補修で初めて井上とまともに話をした。彼女からした井上のそれまでの印象はほとんどなかった。どんな人なのかよくわからなかったというのが正直なところである。彼女の夏休み中の補修監督は全て井上が務めることになっており、彼女は夏休み中井上と二人きりで教室で過ごしたのだ。驚いたことに井上は広い教室の一角しか使わなかった。黒板があるのにもかかわらず、あえて黒板は使わずに彼女の机に隣の机をくっつけてその机から彼女の進行状況を監督していた。彼女の手は頻繁に止まるので井上はその度に優しく教えていく。顔が近いのなんので、彼女は集中できなかった。しかし、井上の集中監督のお陰で夏休み明けの彼女の成績は格段に上がった。井上はその間に「いつも一人だけど、何か嫌なこととか相談したいこととかあったら何でも話して大丈夫だからね。僕がいくらでも話聞くから。」と言っていた。そんなことも言われたこともあり、夏休み以降彼女は井上にお熱なのである。
だが暗い性格でネガティヴ気質な木葉は自分なんかが井上に話しかけるのは実に悍ましく愚かなことだと考えていた。なので、彼女は学級でいくら嫌なことがあったとしても井上に相談することが出来なかった。そうでなくても、彼女はとてもプライドが高く、自分が学級内でとても弱い立場で、そして毎日自分の部屋の奥で涙を流しているだなんて知られたくなかった。井上に自分が弱い人間だと思われたくなかった。だから彼女は井上には何も話さなかった。たとえどんなにつらいことがあろうとも。
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