第23話 十四人目②
転移を引いているのでどこかのタイミングで異世界へと吹っ飛んで行く事にはなるのだけど、いつになるかしら。 実家暮らしのネット中毒なので部屋からあんまり出ない事もあって、事故の類には遭遇し辛い環境ね。 少し前まで集中して仕事をこなしていたので懐が多少温かいのもそれに拍車をかけている。
目を覚まして真っ先にやった事がPCの電源を入れる事なんだから極まっているわね。
時刻は昼前。 家族は出かけているのか不在。
雲丹坏 余薗はこれ幸いと冷蔵庫を漁り、棚からカップ麺を取り出して食事を確保。 素早く食べるとさっさと部屋に引っ込んで大好きなゲーム三昧。 しばらくは大して上手くもないゲームのプレイ風景を眺める。
今やっているのは対戦型のカードゲームらしいけど、今日は調子が悪いのか随分と負けが込んでいるわね。
お陰でどんどんイライラしていっているわ。 雲丹坏 余薗は家族が居ないからって台をガンガンと叩いて憤りをぶつけ、クソゲークソゲーと喚き散らし、普段は黙って嫌がらせをするのに珍しくチャットで対戦相手を煽りまくるが鼻で笑われているわね。
家に人が居ないのを良い事にクソがと喚き散らして物に当たり始めた。
どうも今日は虫の居所が悪いのか中々激しいわね。 気分を変える為に財布を引っ掴むと近くのコンビニへと向かう事にしたみたい。 気分がささくれ立った時には買い物で気持ちを紛らわすらしいわ。
ま、切り替えができるんならいいんじゃない?
雲丹坏 余薗はイライラとさっきのゲームでの敗北を脳裏で反芻しているみたいね。
そうこうしている内にコンビニが見えてくるが、雲丹坏 余薗は思わず顔を顰める。
コンビニの入り口付近にガラの悪い学生が数名固まって座り込んでおり、買ったものであろう菓子などの袋が散乱していた。 微妙に邪魔な位置に居たので雲丹坏 余薗は忌々し気に学生を見て邪魔なんだよクソがと内心で吐き捨てるけど――
学生の一人が何だよと凄みながら立ち上がる。
あらあら、無意識みたいだけど口に出していたわよ?
ちょっと来いよと引っ張られる。 雲丹坏 余薗は知らないとか止めろとかモゴモゴと呟いて抵抗するが、その態度が癪に障ったのか学生の一人がはっきり喋れよとその顔面を殴りつけた。
中々良い位置に当たったらしく、雲丹坏 余薗はバランスを崩して転倒。
……あー……こうなったかー。
転倒先にバックして来た車が通過。 タイヤに顔面を踏まれてゴキリと嫌な音が響き雲丹坏 余薗は即死。 周囲の音が徐々に遠ざかって行き――その意識が消失した。
あら? 転生じゃなくて転移のはずなんだけど――あぁ、中身だけが転移するのね。
肉体は死亡したけど、雲丹坏 余薗の根幹たる魂は無傷。 移動しながら魂から抽出したエネルギーで肉体が再構成されて行く。 珍しいけどなくはないケースね。
寿命が有り余っている魂ならこれぐらいの事はできるでしょう。 この辺は転移を引いたから起こった現象かしら? ま、行くべきところへ行くでしょうし、黙って見ていればはっきりする――そろそろみたいね。
再構成された雲丹坏 余薗の意識が覚醒。 気が付けば奇妙な部屋で倒れていたわ。
体は新しく作り直したもので、衣服や所持品はなし。 全裸で倒れている。
突然の出来事に随分と混乱し、必死に落ち着けと自身に言い聞かせているけどかなりきつそうね。
少しの時間を置いて雲丹坏 余薗は落ち着きを取り戻し、周囲を確認した。
窓もない薄暗い部屋で天井から赤いランプが点灯しているので最低限の視界は確保できるけど、見通しは悪いわね。 扉らしきものがあるけどノブの類はなし。 うーん? 見た感じ、自動扉かしら?
魔力駆動か良く分からないエネルギーかは知らないけど感じから文明レベルの高さが窺えるわね。
雲丹坏 余薗の語彙でいうならSFって所ね。 当の本人の感想は潜水艦か何かの一室といった印象みたい。 そうこうしている内に扉が開き、そこに居たのは全身を当人には見慣れない――私からすればガチャで引いたスーツと同系統の技術で作られたものだと分かるそれを身に付けた者達が無言で入って来た。
スーツ達は状況の説明を求める雲丹坏 余薗を無視して取り押さえて床に張り付ける。
動きを封じた後、うなじの辺りに注射器と銃を合体させたような器具を取り出すと何かを注入。
結構な激痛だったようで凄まじい悲鳴が上がる。 こうして雲丹坏 余薗の新生活が幕を開けたわ。
諦めと慣れは知的生命が持つ人生を円滑に進めるコツなのかもしれないわね。
雲丹坏 余薗がこの世界に辿り着いて一か月。 ここがどんな場所で、異世界人に対してどのようなスタンスを取っているのか。 少し時間がかかったけど分かってきたわ。
まず、ここはレムナントと呼ばれる構造体でいわゆるスペースコロニーだ。
宇宙という生物の生存に適さない空間領域に漂っている。 そこだけ切り取れば文明が高度に発達した世界と取れるでしょうけど、この世界はどうしようもなく終わっていた。
確かに宇宙空間で自力で生存できる程の技術力は優れていると言えるわ。
ただ、問題はその宇宙に
そして視線を別の方向へと向けると空間に大きな穴が開いており、形容しがたい何かが渦を巻いている。 あれは世界の外――様々な世界が生まれては滅ぶ、宇宙以上に過酷な空間だ。
この世界が終わっている理由ね。 以前に見た世界でもあったけど、何らかの穴が開けば世界の命とも言える魔力が外へと漏れて寿命が縮む。 ここのように生命体に目視で認識できるレベルの大穴が開いているならそう遠くない内に滅ぶわね。 レアリティがNなのも納得だわ。
ついでに言うなら転生者、転移者に対して慣れた印象なのはこの世界は穴が開いているから異世界から流れて来る者が入り込みやすい。 結果、転移者、転生者が掃いて捨てる程に落ちて来る。
この世界の住民達は異世界人を保護し、労働力として使用する事にしたみたいね。 最初に撃ち込まれたのは極小サイズの翻訳機らしく、意思疎通を可能とする為の措置みたい。
お陰で雲丹坏 余薗は言葉の壁に悩まされずに済み、状況の把握も比較的ではあるけどスムーズに完了したわ。 さて、この世界、凄まじく狭いけどどうやって資源などを得ているのか?
答えは内部に食料を自給自足できるプラントを作っており、金属類は宇宙に漂っている物で賄っているわ。 ただ、それにも限界がある。 限られた空間には限られた資源しかないからだ。
この世界はその問題をどう解決するのか? 答えは世界の外にある。
小型の宇宙船を用いて世界の外縁に赴き、外に漂っている何かを回収。 それを利用する事で生活を向上させているわ。 世界の外――この世界の人間達は外宇宙と呼んでいるそこには様々なものが漂っている。
それを回収できれば何かしら役に立つ事でしょう。 生活を支えるレムナントも元々は外で拾ったものを改造した代物みたい。 当然ながら良い事ばかりではないわ。
世界の外は普通の空間ではない上、一度完全に出てしまうとどうなるのかが全く分からない。
あそこは空間や方向だけでなく、時間の流れも狂っており、一度完全に外に出てしまえば上手く戻る事が出来たとしても数百年経過しているなんて事もザラにある。 時間が過ぎているだけならまだマシで、場合によっては戻っている事もあるのでそこで歴史に干渉すれば自身の今後に酷い悪影響が出かねない。
これは転生者が多く引き寄せられる世界でよくある事なのだけれど、同じ時代の人間が数十年ズレて召喚され、年齢は離れていても呼ばれた時代は全く同じなんてケースも少なくないわ。
肉体にもどんな影響が出るか怪しいし、あの空間に生息できる存在は人間の常軌を逸脱しているのでそういった意味でも危険だった。
……そうでなくてもアレがあるからねぇ……。
生息している存在程度ならまだマシだけど、万が一にもあの空間を泳ぎ回るアレに目を付けられたら終わるわ。 この場合、終わるのは放り出された個人ではなく世界そのものがだけど。
アレに限っては危険すぎるので私も可能な限り接触を避けている。 まさか転生者を介して見ている私の視線に気付くなんて本当に信じられない。
最悪、
以降、アレに近づく、または認識した場合、即座に接続を切る事にしていた。
馬鹿が破滅するのを見るのは好きだけど、私が破滅するのは割に合わないわ。
……話が逸れたわね。
そんなこんなで雲丹坏 余薗は転移して来た貴重な人的資源としてこの世界で有効活用される事となったわ。 この世界は異世界人の扱いに慣れているだけあって、その辺の対応もスムーズだった。
まずは一通りの適性を見て選択肢を与えてその中から希望する職種を選択させる。 当然、危険な仕事は高額な給金が得られ、安全な仕事は逆に低額となる。 最低賃金の仕事でも最低限の衣食住はどうにかなるようね。 ただ、贅沢がしたいなら危険な仕事を選択する必要がある。
雲丹坏 余薗は現実感がないまま、最も高額な仕事を選択。
理由は宛がわれた部屋があまりにも汚かった事と壁が薄くて騒音が酷かった事だったわ。
つまりは良い部屋に住みたいって事ね。 結果、選択したのは世界の外縁での漂流物回収。
要するに外宇宙に漂っている物を回収して売り払う仕事ね。 これは拾った物の価値で給与が決まるので完全にギャンブルだ。 それでも危険手当は高額なので行って帰って来るだけでもそこそこの稼ぎにはなるわ。 雲丹坏 余薗はその辺も見越して、この仕事を選んだみたい。
こんなノロノロ動くだけの愚図に務まるかは怪しかったけど、本人の選択だし良いんじゃない?
決めた後、外縁に向かう為の船に乗る事になったわ。 その際に例のスーツも貰ったみたいだけど、安物だから大きいみたいね。 高級品は体にフィットしてかなり動き易いらしいけど、欲しければ稼ぐしかないわ。 雲丹坏 余薗は選択こそ自分の意思で行いはしたけど、内心では不満と不安だらけみたいね。
いきなり悪化した生活水準に何の保証もない仕事。 異世界に対する期待も一瞬で消え去って、いつまでもグズグズとあの時にコンビニ行かなければよかったとか、絡んで来た不良への呪詛を垂れ流していた。
そんなどうでもいい事に思考を割いているものだから集中できずに研修中は何度も注意されていたわね。 雲丹坏 余薗は特に言い返さずにすいませんと謝る。 余計な事は考えていたけど一応は真面目に研修を受けて居たわ。 下手すれば簡単に死ぬような業務内容だし、周囲も替えが効くと思っているのも理解しているので露骨に使えないと放り出される危険もあると想像できる程度には事態を正確に認識していた。
こいつの性格上、危険を避ける傾向にはあるのだけれどそれだけあの狭くてうるさい部屋が嫌だったようね。 まぁ、グダグダと引き籠っているこいつを眺めるのは退屈そうなので面白そうな行動を取ってくれるなら私としては大歓迎よ。
ともあれ就職した雲丹坏 余薗の新しい生活が始まったわ。
収拾船、回収船と呼ばれる宇宙船に乗って世界の外縁へと向かう。 雲丹坏 余薗の仕事は見習いと言う事もあってあの動きにくいスーツを着ての雑用。 掃除、洗濯、後は食事の配膳などの地味な仕事で、他の連中に怒鳴られながらやっているわ。 こいつの性格上、仕方がないんだけどまぁ、文句の多い事多い事。
前に死んだ経験から声に出さないように気を付けてはいるけど内心ではあちこちに対する呪いの言葉で埋め尽くされている。 まったく、自分の要領の悪さを棚に上げて他人を扱き下ろす事だけは一人前なんだけどそれ以外に関しては半人前以下ね。
雑用しているだけでも周囲の様子は観察できるのでこの船が具体的にどんな事をしているかも見えて来るわ。 この手の船舶には後部に巨大な伸縮可能な棒――というよりは柱ね――が付いており、亀裂部分に可能な限り近づくとそれを伸ばして先端を外に出す。 後は柱に内蔵されている機能を動かして準備は完了。
柱の先端には引き寄せる力を発生させる機能が付いているのでそれで外を漂っている何かを捕まえて引き寄せる。 後は棒を戻してくっ付いている物を回収するのが一連の流れとなる。
世界の外には様々なものが漂っていて、場合によってはこの世界の文明レベルを遥かに超える凄いお宝の場合もあるみたいね。 その辺は持ち帰った後の査定結果次第となるわ。
なんの役にも立たないガラクタの可能性もあるので本当にギャンブルみたいに成果が安定しない。
その上、亀裂の近くは外へと吸い出す力と世界のそれを防ごうとする力によって大気がないにもかかわらず気流のような流れが生まれており、上手に操船しないと下手をすれば外に放り出されてしまう。
過去にも結構な数の船舶が亀裂の向こうに消えて二度と戻らなくなった。
部分的に外に出すだけならどうにでもなるけど、完全に外に出てしまうと方向を見失うので戻る事はまず不可能。 仮に戻れてもさっき触れた通り、同じ時間、同じ場所とは限らない。
ま、裏を返せば何らかの形で内部との繋がりを維持できているのなら戻れる可能性はあるわ。
本当に一つのミスが死に繋がるのけどレムナントという共同体を維持する上で必要不可欠なので、買取とは別で報酬が支払われる。 そんな事もあってレムナント内部での雑用作業よりは遥かに実入りは良い。
――とは言っても船外作業や危険を伴う作業に直接かかわる事にはならないので雲丹坏 余薗の収入はそこまで高くないわ。
そうこうしている内に月日は流れる。
金を溜めつつ船外作業の華やかな部分だけ――具体的には報酬や帰って来た時に浴びる称賛を見て自分も外に出たいと思い始めたようね。 ついでに高級なスーツの格好良さにも憧れているようで、とにかく金への執着が強まっていったわ。 傾向的にはあまり良くないのだけれど、私的には面白い展開ね。
さて、この馬鹿に危険な船外作業が務まるのかしら? 楽しみね。
雑用を始めて約半年。 ようやく念願かなって船外での作業に入れるようになったわ。
例の柱――こっちではアームとか呼ばれているらしいそれの操作は船外でしかできないようね。
船内からでも可能ではあるようだけど、替えの利き辛い貴重な道具なので万が一にも失うような事は避けたいらしく、トラブルに備えて船外で操作し何かあればすぐに対処できるようにしているみたい。
ぶっちゃけた話、作業している人間の命よりアームの価値の方が高いからというのもあるでしょうね。
雲丹坏 余薗はスーツを身に着け、初の船外へ。
作業に入るので船は既に世界の外縁近くだ。 その為、力の流れ――ここでは嵐と呼称されている現象によって上半身が流されそうになるが、雲丹坏 余薗は必死に耐える。
下半身がブレないのはスーツの足裏に仕込まれている機能で、船体にも備わっている引き寄せる力に合わせて吸い付くようになっているみたいね。 だから船体のどこにでも立てるようになっているみたい。
任意でのオンオフができるので船体から離れたい時はその機能を切る事で遠くへ行ける。
ただ、背中にケーブルが付いており、長さに限りがある事もあって行動範囲は制限されているわ。
このケーブルはスーツが内部で空気を精製する為のエネルギー供給源も兼ねているので二重の意味での命綱となっている。 雲丹坏 余薗はこれから俺の栄光への道が始まるのだとか割とどうでもいい事を考えて作業へと入った。 アームがゆっくりと伸びて行き、巨大な亀裂から外へ。
しばらくすると起動音が船内から響く。 基本的にこの作業は釣りに近い。
アームの先端が何かを吸着すれば本体側に伝わり、内部から戻すように指示が入るので操作するだけ。
単純ではあるけど、何が起こるかは分からないので気は抜けない。
ま、変な問題が起こるケースはそこまで多くはないのだけれど――
今回はそうでもなかったようね。 雲丹坏 余薗は突然のトラブルに顔色を変える。
あらあら、初の船外作業なのに災難ねぇ。 引き戻している途中、アームの操作をミスしたらしいわ。
引き寄せる状態から接触状態のものだけを固定して引き戻すのだけれど、その設定を解除しなかったので戻している最中に余計なものを引き寄せてしまったみたい。
周囲を飛び回っている岩か何かが引き戻す際の可動部分に挟まったか何かして止まったようね。
本体は頑丈なのだけれど可動部分は異物が挟まると動作不良を起こすみたい。
操作担当はあんまり慣れていなかったのか慌てた様子でガチャガチャと機器を操作しており、それを見た現場のリーダーが殴りつけていた。 一応、異物を排除する機能はあるみたいだけど、相当変な入り込み方をしたのか駄目だったみたい。 そうなると直接行って排除するしかないわ。
さて、こんな危険な作業、好き好んでやる奴はいない。 そうなると後は役目の押し付け合いだ。
最終的には排除担当が二人に異物を除去する為の工具の予備を持たせる荷物持ちが一人の合計三人で行く事になったわ。 能力に難がある奴を送り込んでも二度手間になるので、ベテラン作業員の二人と荷物持ちに雲丹坏 余薗が選ばれた。 流石に無理ですと声を上げたけど、決定は覆らなかったわ。
誰でもできる荷物持ちだし、万が一死ぬにしても一番どうでもいい雲丹坏 余薗が選ばれるのは当然かもね。 なおも食い下がろうとしていたけどリーダーに睨まれたら黙るしかないわ。
いつも通りにグチグチと内心で文句を言いながら作業の準備に入る。 移動に関しては単純でアームの上を真っ直ぐ歩いて目的地まで行き、作業に入る。 雲丹坏 余薗は作業が終わるまで突っ立っていればいい楽な仕事なのだけれども無事に帰って来られるかしら?
作業員に先導されて雲丹坏 余薗は大きなコンテナボックスを抱えてそれについて行く。
安物のスーツなので動きが遅く、先輩方からさっさと歩けこの愚図とありがたい言葉を頂いていたわ。
雲丹坏 余薗が愚図なのは純然たる事実だけど、スーツのスペックが違うのでこれは仕方ないんじゃないかしら? 作業員達は他人の尻拭いをさせられている現状が面白くないのかグチグチと文句を言いながら目的の場所へと歩く。 足の遅い雲丹坏 余薗を待つ気はないのか、そのまま先に行った作業員達は目的地に辿り着いたのか文句を言いながらも道具を広げている。
雲丹坏 余薗も遅れながらも到着。 そこにはでっかい岩塊――というよりは見た感じ金属かしら?
少し離れた先端にも似たような塊が大量に張り付いていたから一部が欠けて刺さった?
作業員は大きな銃のような物を取り出すと、先端が大きく開き、バチバチとエネルギーが充填される。
これは切断用のエネルギーを発射する装備みたいね。 適当にカットして小さくした後、残りを破砕用のドリルで砕くみたい。 この様子だと簡単に片が付きそうね。
発射。 縦の光が突き刺さっている金属塊を切断しようとして――ドプリと内部に沈み込んで消える。
同時に塊の形状が変化。 液状になって作業員達に襲い掛かったわ。
あぁ、液体金属でできた生命体だったみたいね。 恐らく本体が先端についている塊で釣り上げられたから怒ったか何かしたのかしら? 水溜まりのような形状になりアームの表面を這いまわって作業員に肉薄。
咄嗟に振り払おうとしたけど液体相手には無理ね。 一人があっという間に覆われ、籠った音がして捻り潰された。 あー、アレは即死ね。
残った作業員は緊急事態を伝えながら走る。 ただ、異物の除去という仕事自体は完了したのでアームは起動。 ゆっくりと戻って行くわ。
作業員が横を通り過ぎたタイミングで雲丹坏 余薗もようやく危機を認識したようで、慌てて踵を返そうとしていたけど鈍重な動きであっという間に追いつかれたわ。 液状になった塊の中から腕と刃のようなものが生えて来て斬り裂こうとしている。 雲丹坏 余薗はパニックになりながらも必死に逃げようとするけど、動きだけじゃなくて思考能力の遅いこいつには無理ね。 これは死んだかしらと思った所で、ちょっとした幸運が起こったわ。 狙った訳じゃなかったみたいだけど、足の吸着を切ったお陰で体がアームの表面から一気に離れる。 それにより胴体を切り裂いたであろう一撃を回避。
ただ、離れた事により力の流れに巻き込まれて雲丹坏 余薗は嵐に呑み込まれた小舟みたいにあっちこっちに流されている。 それでも背中にくっついたケーブルがあるから船から離れるような――あ、駄目そうね。 さっきの塊がケーブルを切ったわ。 そうなれば後は早い。
雲丹坏 余薗はあっという間に世界の外へと放り出された。 ケーブルもないのでもう戻る事は不可能ね。 暗闇ですらない良く分からない色合いの空間を漂う雲丹坏 余薗。
こうなった以上は死ぬまでここを漂うか、生息している何かの餌食となるか、情報体に取り込まれるかそれとも――アレに出くわすかだけど……。
ゾクリと雲丹坏 余薗の身体が震える。 状況に対する恐怖はあるでしょう。
でもこれは生物が持つ根源的なそれだ。 その時点で私は悟ってしまった。
アレが来ると。 何かが接近する気配――私は付き合っていられないので即座に接続を切る。
それにより元の空間へと意識が戻り、その直後に雲丹坏 余薗からの反応も消失。
死んだようね。 感想は咄嗟に出てこず、代わりに溜息が出た。
今のはかなり危なかったわね。 主に私が。
あの存在――正確には
分かる事は明確な自我と目的を以ってあの空間を泳ぎ回り、様々な世界を捕食して強大になって行っている事だけ。 その在り様はブラックホールと呼ばれる天体に近い。
私からしてもあんな悍ましい存在が成立している事の理由が分からなかった。
ま、触らなければ無害だし、気を付ければいいだけね。
対象が死亡した事により接続が切れ、静かになった空間で私は一人佇む。
そして待ち続けるのだ。 また波長が合う存在が現れるのを。
次はどんな見世物で私を楽しませてくれるのかしら。 そんな期待に胸を膨らませつつ。
私は次のガチャを引きに来る者を待ち続ける。
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