第21話 十三人目

 なんというか咲いて散った花火のような人生だったわね。

 山の頂に登ってそのまま落下したかのような死に様には笑いを禁じえなかったわ。

 どんなに凄い力を持たせても馬鹿には性能を引き出せないから宝の持ち腐れね。


 私――星と運命の女神ズヴィオーズは暇を持て余しつつ、いつものようにのんびりと空間を漂っていた。

 流石にSSRを引いたのは驚いたけど、裏を返せばそれ以外は順当な結果だったわね。

 暇潰しにしては楽しめたのまあまあだったわ。

 

 次はまだかしらと考えていると不意に引っ張られる感覚。

 来た来た来た! さぁ、女神の導きの時間よ!




 さーて今回はどんな馬鹿が来るのかしらと見て見ると――何かキョロキョロしている女がいたわ。

 接続した事により情報を参照。 えーっと? 素久崎すくざき 笑俚枯えりか

 二十七歳。 主婦。 家族構成は旦那と子供が一人。 小学校に通い出したので、面倒が減ったと家でゴロゴロしているわ。


 旦那がそれなりに高収入で金持ちなので家事は雇った家政婦が行っている。 お陰で家事をやる必要がなく、貰った小遣いで遊び回っているわ。

 流石に昼間から遊び歩くのは不味いと考えているのか、週に数回だけ遠出して知り合いと会わないようにしているようね。 何というか典型的な顔だけで男を釣って結婚まで漕ぎ着けたってタイプかしら?


 その為、子育ても最低限。 面倒事は全部家政婦に押し付けていたわ。

 要するにやりたい事だけやって気楽に過ごしているみたいね。 面倒事は誰かに押し付け、出来なければ逃げ出す。 清々しい程に分かり易い女ね。


 素久崎 笑俚枯はいきなりの事態に驚いていたようだったけど私が説明すると落ち着きを取り戻したわ。

 ガチャの話を聞いて最初は興味を持っていたようだけど寿命の話をすると一気にテンションが落ちた所を見て、私も一気に萎えたわ。


 何人も見て来たのでこういう反応をする奴が何をするのかは大体分かるのよね。

 素久崎 笑俚枯は面倒事と損をする事を何よりも毛嫌いするので、ガチャは引きたいけど寿命を支払う事は意地でもしたくないみたい。


 ――結果、どうなるか?


 無料分だけ引いて帰るのだ。 私からすれば冷やかし以外の何物でもない上、何の旨味もないクソね。

 案の定、素久崎 笑俚枯は無料分だけでいいですと言って来た。

 あぁ、ハイハイ。 さっさと引きなさいな。


 SR:異界転移権


 あら珍しい。 異世界・・・じゃなく異界なのね。

 素久崎 笑俚枯は良く分からなかったのか説明を求めて来たので、簡単にだけど聞かれた事に答える。

 異世界ではなく異界。 似ているけど意味合いはかなり違う。


 異界は素久崎 笑俚枯のいる世界と何らかの形で隣接している世界の事ね。

 完成度・・・が高い世界だと割と存在しているのだけど、迷い込む人間は少ないが定期的に現れる。 外から見れば異世界召喚と変わらないのでどちらも神隠しや失踪と認識されるわ。


 ただ、こちらの場合は隣接しているので探せば必ず帰る方法がある。

 運が良ければ不思議体験をしたで終わるけどそうじゃなかったら、もうちょっと引いた方がいいかもしれないわね? どうせ最後まで説明したとしても自分の損になりそうな話は頭から拒否するのでいうだけ無駄。 取りあえず引かないならさっさと帰って欲しいので聞かれた事にだけ答えるに留めた。


 素久崎 笑俚枯は帰れるといったポジティブな情報だけ信じて分かりましたと切り上げる事に同意。


 「では、私はこれで。 貴方に良き運命が訪れん事を」


 いつもの社交辞令を告げて素久崎 笑俚枯の意識を後にした。


 


 ガチャを一切引かないクソみたいな客だったけど意識の接続はできるので精々暇潰しになりなさいな。

 素久崎 笑俚枯の意識が覚醒する。 一応、毎朝は旦那の出勤と子供の登校は見送る事にしているようだ。

 ちなみに朝食は誰でもできる簡素なものを用意。 子供がいるので切られる事はないだろうが、機嫌は取っておかないと小遣いを減らされるかもしれないと思っているのでこの辺は欠かせないようね。


 旦那は軽く済ませて早々に出勤。 子供は朝食を下品に食い散らかした後、無駄に大きな足音を立てて登校。 旦那はともかく馬鹿そうなガキねぇ。 今までに来た連中を彷彿とさせるわ。

 寿命が大量に余ってそうだし母親じゃなくてこっちに来てほしかったわね。


 しばらくすると家政婦がやってきて一通りの家事を済ませ、昼食の用意と夕食の下ごしらえ、家の清掃を済ませるとさっさと帰って行った。

 昼食を済ませてゴロゴロしていた素久崎 笑俚枯だったが、不意にかかって来た電話に顔を顰める。


 面倒な相手からの電話だったからだ。 本来なら電話線を引っこ抜いて無視したい所なのだが、旦那の仕事関係の連絡も入るのでそんな真似はできない。

 そして応答するまで何度もかけてくるので出ざるを得ないのだ。 素久崎 笑俚枯は嫌々ながらに電話に出る。 相手は息子の同級生の母親だ。


 内容は自分の子供がおたくの子供に虐められているのでどうにかして欲しいとの事。

 素久崎 笑俚枯は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした後、当人同士で解決するべき事であって親が出しゃばる事じゃない。 ウチの子供は素直ないい子だといつもの返事をして電話を切る。


 面倒臭いから連絡してくるなと内心で思いながら受話器を叩きつけるように戻すと自室へと引っ込む。

 実際、素久崎 笑俚枯は息子がやっている事を割と正確に把握していた。

 何故なら夕食の席になると息子は自慢げこれっぽっちも面白くない戦果報告をするので、まぁやってるだろうなとは思っていたのだ。


 旦那は帰宅が遅く、息子と二人きりの食事の席で毎日のように「構ってやっている同級生」の話をするので内心ではかなりうんざりしていた。 だが、認めてしまうと説教という面倒な作業を行わなければならないので、やりたくない。

 下手に触ると場合によっては大事になり、旦那に監督責任を追及されるかもしれないので更に面倒だった。 旦那は世間体を非常に気にするようで、悪目立ちするような事を嫌がる。

 

 結果、ウチの子はいい子ですと言って適当に流しているのだ。

 臭いものには蓋と言わんばかりにスルー。 当人の言い分としては自分がやっている訳ではないので、勝手にやっていれば?という事でしょうね。

 

 学年が変わればクラスも変わる。 そうなれば息子は別のターゲットを見つけるだろう。

 そうすればうるさい電話も来なくなる。 素久崎 笑俚枯はそう考えて今日も無視し続けたわ。

 

 ――が、素久崎 笑俚枯の息子は当人が思っている以上に加減を知らなかったようね。


 ある日に息子曰く、構ってやっている同級生が自殺したわ。

 ご丁寧に遺書を残して学校で見せつけるようにやらかしたそうなので、ごまかす事も出来なかった。

 学校側も虐めはなかったと言い訳をしようとしたが、担任教師の内部告発で事は完全に露呈。


 素久崎 笑俚枯の息子はあっという間にネットに晒されて一躍有名人となったわ。

 注目されたがってたみたいだし良かったじゃない。

 そうなると問題は素久崎 笑俚枯の生活になるわ。 世間体を気にする旦那はその事実を知って烈火の如く怒り狂った後、息子を顔が変わるレベルまで殴りつけて同級生の両親に土下座させた。


 息子は黙っていればいいものをちょっとふざけただけなんですと言い訳を始めた件は傑作だったわ。

 同級生の父親が冷めた目で「じゃあ俺もふざけるわ」と言って殺しかねない勢いで殴り始めるんだからちょっと笑っちゃったじゃない。 母親なんて包丁握りしめていたわ。

 その翌日、息子が転んで大怪我・・・・・・をして入院となったので家の中は静かになったけど、家の外はそうでもなかったわ。


 お話を聞かせてくださいといった申し込み客が後から後から湧いて来るのだ。

 素久崎 笑俚枯は旦那の怒りの矛先が自分に向く前に逃げ出す事を決意。

 深夜に荷物を纏めて車で出発。 行先は実家のある隣の県。


 ほとぼりが冷めるまでは適当な事を言って隠れておくかと車を走らせたのだった。



 

 素久崎 笑俚枯は面倒事を避けたい一心なのか、目立つ道は避けて普段は通らない山道へ向かう。

 尾行を警戒する程度には知恵があったようね。 車は曲がりくねった山道を進む。

 バックミラーを小まめに確認してついて来ている車両が居ないか確認。


 しばらく走った所で大丈夫と判断したのか僅かに警戒を緩めたわ。

 

 ――それがいけなかったのかしら?


 不意に素久崎 笑俚枯を強烈な違和感が襲う。 まるで水の中に飛び込み、水面という境界を越えて水中に入ったかのような奇妙な感覚。 あら、思ったより早かったわね。

 正直、このまま息子の話を聞きたい野次馬との追いかけっこを見ていたいような気もしたけど、そろそろ本番かしら?


 その証拠に周囲の様子が一変していた。 素久崎 笑俚枯も変化に気が付いてブレーキを踏んで停車。

 車から降りて周囲を窺う。 まず最初に気が付いた変化は足元だ。

 アスファルトで舗装された道路から未舗装の荒れた山道に。 道の脇にあったはずのガードレールも消え失せている。 地形自体は変わっていないけど、雰囲気はまるで別物ね。


 気付いていないかもしれないけど虫の声もしなくなっているわ。

 素久崎 笑俚枯は不安になったのか持っていたスマートフォンを取り出して連絡を取ろうとするけど、当然圏外。 これはどうしようもないわね。


 驚いてはいたけど、立っていてもどうにもならないと判断したのか車に戻ろうとした瞬間だった。

 いくつかの風切音と共に棒状の何かが大量に飛んで来て次々と車に命中。

 内一本がタイヤに当たって穴を開ける。 あらあら車はもう駄目ね。


 見た感じ、刺さっている棒は――材質は鉄か何かかしら? 装飾部分に複数の輪のような物が連なっている。 錫杖という修験者が持ち歩いている杖ね。

 素久崎 笑俚枯が飛んで来たであろう方向へ視線を向けるとしゃりしゃりと錫が成るような音が無数に響く。 闇から滲み出るようにそいつらが現れたわ。


 やや人間離れした巨躯に修験者が身に付ける独特の衣装。 そして最も特徴的なのは真っ赤な顔に長く伸びた鼻。 どう見ても人間じゃないわね。

 確か天狗てんぐだったかしら? この国に伝わる架空の生物――妖怪の一種ね。


 あー、これは駄目っぽいわね。 運が良ければ早い段階で出られるけど、これは無理そう。

 素久崎 笑俚枯がいる場所はさっきまでいた場所とは異なる場所――異界だ。

 異界と異世界の違いは独立しているか否かにある。 異世界はそれが別の世界の一つとしてその存在を確立しているけど、異界はそうではない。 本体である世界から分岐――というより余剰部分が形を成したといった表現が近い。 その為、境界が緩く、条件が揃えば簡単に引っ張り込まれる。


 樹木などに例えるなら枝に実った果実と言った所かしら?

 世界としては確立しておらず維持も本体から養分を吸い上げる事で賄っているわ。

 次にあの天狗ね。 何であんな生き物がいるのかと言うと、この場所の脆弱性に由来しているわ。

 

 世界としての最低限の体を成してはいるけど、所詮は張り付いているだけのおまけみたいな代物。

 全体的に脆いわ。 さて、脆いとどうなるのか? 答えは世界の外の影響を強く受けるね。

 そうなると発生する生き物は世界の外に漂っており、近い位置で広く知られている情報存在が実体化するのだ。


 つまりこの近辺では天狗が何らかの形で信仰されており、知名度が非常に高い。

 その為、この異界は天狗の巣となった訳ね。

 偶に友好的な妖怪も存在し、出口まで送ってくれるケースもあるらしいけど、天狗は非友好的らしく素久崎 笑俚枯を殺す気満々に見えるわ。


 素久崎 笑俚枯は悲鳴を上げて必死に逃げ出すが、無駄に高級なハイヒールなんて履いているものだからスピードが出ない。 無理して走った結果、ヒールが折れて転倒。

 それが幸いしたのか飛んで来た錫杖に貫かれることはなかった。 ただ、躱した代償はそれなりに高かったみたいね。 山の斜面から転がり落ちたからだ。


 あちこちをぶつけながらも大きな怪我もなく下まで落ちた素久崎 笑俚枯は木々が乱立した場所に飛び込む。 とにかく天狗を視界から消し去りたいみたいね。

 悲鳴を上げながら逃げない所を見ると最低限の冷静さは持っているのかしら?


 折れたヒールを脱ぎ捨てて素足で走る。 その様子を見て私は小さく溜息を吐いた。

 

 ……ここまでかしら?


 長年の運動不足が祟ったのか素久崎 笑俚枯の足は非常に遅い。

 対する天狗は飛行が可能なので早々に追いつかれた。 木々の上から見下ろしている気配。

 あー、これはもう駄目ね。

 

 「な、何でよ! 何なのよこれ――」


 言葉は最後まで形にならなかった。

 後頭部から入って顔面から飛び出した衝撃に思考が停止。 体が崩れ落ちるが貫いた錫杖が地面に突き刺さって倒れる事すら許されない。 一瞬遅れて無数の衝撃が全身を襲う。


 ドスドスと全身に錫杖が突き刺さり――そのまま意識が消滅。

 対象の死亡により、私は元の空間に戻っていた。

 

 ……うーん。 あんまり盛り上がらなかったわねぇ。


 異界に取り込まれて、これからという所で早々に脱落と非常に弱い落ちだった。

 まぁ、あの様子だとどう頑張っても消されて終わりだったわね。 あそこまで狂暴な生き物がいる異界はそう多くないのだけど、ぶっちぎりの外れだったわねぇ!


 まったく、ガチャを引かないからこうなるのよ! 死んで当然の馬鹿だったわね!

 それでも暇潰しにはなったからいいか。


 静かになった空間で私は一人佇む。

 そして待ち続けるのだ。 また波長が合う存在が現れるのを。

 次はどんな見世物で私を楽しませてくれるのかしら。 そんな期待に胸を膨らませつつ。


 私は次のガチャを引きに来る者を待ち続ける。

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